101~110
かち合う視線、選択
「ならば死ぬべきだったのだ」ぎょろりとその見開かれた両目が私を射る。「救いが欲しいと泣いて地に伏せ縋るくらいなら死ぬべきだったのだ、お前は」そんな、そんなのは、あんまりではないか。涙が頬を伝う。「泣くな。泣くくらいなら死ね。お前が」立ちあがるなら別だが。その目はまだ私を見ていた。
揺れる尾
夜の室内、窓越しの街灯に照らされた水槽で輝く銀の鱗。ぷくぷくとフィルターから湧く泡の一粒一粒がゆらゆらと上へ昇り水面で弾ける。くるり、くるり。尾が揺らめいて水槽の中で踊る。「なあ、お前たちは幸せかい」問いに返す言葉を彼らは持たない。目を閉じる。瞼の裏で銀が舞う。美しい世界だった。
雪、桜、君の声
ちらり、ちらりと舞う雪片。触れれば消えてしまう、かなしきもの。はらり、はらりと散る桜花。新たに命を繋ぐための犠牲、かなしきもの。ゆらり、ゆらりと踊る君。触れること叶わぬ君の、命を繋ぐ君の、囁くようなその声、かなしきもの。君に背を向ける。君の言葉に耳を塞ぐ。私は君を、愛していたよ。
きえるいのちひとつ、めぐるいのちひとつ
日が昇るのが見える。指先から陽光に照らされるがその熱を感じることはない。私はこれから何に生まれるのだろう。山々に響く遠ぼえを持つ狼だろうか。あそこで蜘蛛の糸に囚われた羽虫だろうか。あの草に震える朝露だろうか。また、人として、生まれることが、出来たなら。もう一度、あの人を愛したい。
雲散歩
雲を連れて歩く。比喩ではない。赤いリードの先で、私と同じ目線に浮かぶ真っ白な雲。あの日、私の愛犬が死んだ日、リードをずっと握ってベランダに出ていた。泣いて、泣いて、泣き疲れて。目が覚めたらこの小さな雲がリードに繋がっていた。今日も歩く。雲を連れて歩く。たまに雨を降らし、虹を作る。
天翔ける流星に乗って
君を見守る星座になりたかった。夜空に輝く21の一等星を巻き込んで、大空のすべてから君を見守り続けたかった。君の為だけの空になりたかった。けどもう終わりだ、すべてが崩れていく。あの真昼の灼火にすべて焼かれ消えていく。僕は落ちる、地に落ちる。せめてこの一瞬だけでも、君の目に残りたい。
時よ止まれ、いまのまま
ずっと前に壊れた腕時計を、何となくつけたままにしていた。今どき時間なんてものはいつでもスマホで確認できる。けれどつい習慣で、いつ壊れたかも思いだせないそれをつけていた。何となく、怖かったのかもしれない。時計を買い替えるより、ずっと前から変わらない何かが、欲しかったのかもしれない。
眠れぬ夜の夢
寝がえりを繰り返す。手足をどこにおいてもしっくりこず、眼球は瞼の裏を右往左往していた。目を開ければカーテンの隙間から街灯の明かりが見えた。その光の中を、影が列をなして動いている。緑色と橙色の猫が交互に並び、後ろ足で立って歩いている。眠ることすらできないのに、夢ばかり見る夜だった。
非不可逆的心情に対する冒涜
「貴方の心、氷のように冷たいのね」「それを知っていながらなぜまた触れようとするのか、理解しかねる」「氷が融けたら水になるでしょう、それがぬるくなって、また別の何かに触れれば熱を持つこともあるわ。私、心が変わっていくのを見るのが好きなの」「君は優しい人に近づかないでくれ。頼むから」
冷える手の熱
ぴちぴちぴち。バケツの中で水が跳ねる。大雨、雨宿り、逃げ惑う通行人。ぴちぴちぴち。バケツから溢れた水が地と混ざる。手の内で暴れる金魚を思いだす。どうにもならない大きな力に押さえられる、小さな存在。あの日、雨に打たれて濡れた彼女の赤いスカートを思いだす。ぴちぴちぴち。雨は止まない。
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