91~100 チョコレート

甘いささやき

「貴方、まるでチョコレートね」夕暮れの校門。突然、背後から声がかけられる。「綺麗な色。私、その色好きなの」毎日校庭を走り続ける私の肌は日に染まっている。「ねえ、私の部屋に来て。一緒にチョコレートを食べましょう」その甘い声が頭に響き、私の脳までチョコのように蕩けてしまいそうだった。


溶けぬ真実

「お前、見てたろ」この男は何を言っているんだろう。「見てたんだよ、妹が死ぬとこ、犯人の顔も」チョコレートを一口齧る。甘い。私は目が見えないのよ。後ろから押されて、頭を打って。「知ってる。でも見たはずだ。見たくないから忘れたんだ」うるさい、うるさい、うるさい。チョコレートを齧った。


苦い過去、甘い未来

沼の底を行くような人生だった。歩けども行く果てにはなにもなく、深い泥が私に縋りつく。そんな私を掬いあげたのが彼女だった。泥濘に沈む私の手をとり、濁り水の底から空へと私の目を開かせた。甘い声はチョコレート、その瞳は銀河のごとく輝いて、手を引く腕は力に満ちていた。私は彼女に救われた。


君が一番

「チョコレート、おいしい?」「んまい」もごもごと口の中で溶けるそれを咀嚼する。甘ったるさがに広がり、喉を焼きながら飲み込まれていく。「きっと君はチョコならなんでもいいんだろうね」そんなことない。お前だから一番なんだよ。俺はひたすらに溶かして固めただけのチョコレートを咀嚼し続けた。


その唯一の愛を私に

チョコを一口、彼女の口に入れる。それが彼女の起床条件だった。なぜ機械にチョコレートをだって?彼女は機械なんかじゃない。ヒトのように呼吸し、ヒトのように脈を打ち、ヒトのように喜び、悲しみ、愛す。私の大切な娘、たった一人の私の希望。「おはようございます」微笑む彼女は今日も完璧だった。


元気と勇気

身も心もずたぼろで、立ちあがる力もなく、ただ悲しみだけが湧いていた。「チョコレートを食べなさい、元気が出る」そう言って彼が差しだす板チョコを受け取った。ありがとうございます。声にならない声で伝えれば、彼は優しく頭を撫でてくれた。「まだ立てますか」はい。チョコは確かに元気をくれた。


あんたは幸せになりなさい

大丈夫なんて言わないでよ。そんな言葉聞きたくないわ。泣きなさいよ、なんで泣かないのよ。分からないでしょう。言ってくれないと分からないのよ、そういう性格なの知ってるでしょう。あんたが幸せにならないと私まで幸せになれないじゃない。あんたは馬鹿みたいにチョコ食べて、笑ってればいいのよ。


永久とわの誘惑

「貴方も一緒に、永遠を生きましょう」甘い言葉だ、耳が腐り落ちそうなほど。目の前の腐肉喰いは笑っている。「素晴らしいわよ、朝も夜も夏も冬も共に生きられる。私と一緒になれば、みんなで笑って暮らせるの」どろどろに濁ったチョコレートのような瞳で見られること自体、この身が汚されそうだった。


菓子こころ

とろとろと混ざる生クリームとチョコレートを型に収め、粗熱をとり冷やす。今度は生地だ。材料を均一に混ぜ型に流し、冷えたガナッシュを入れ、余熱していたオーブンで焼く。今日は食べてくれるかな、鼻で笑って突き返されるかも、でももしかしたら。人の心が、菓子のようにわかりやすければいいのに。


白と黒。黒と白。

冷たい窓の内側、渦を描くホットチョコの入った温かなマグカップを両手にとり、雪が降るのを見つめる。白い。白、白、白。夜のカーテンが降りて黒の背景の中、白がどんどん積もっていく。手元に目をやる。黒い。黒、黒、黒。白いマグカップの中、黒がとろとろ踊っている。私はそれを一息に飲み干した。


※覚書


https://kakuyomu.jp/users/kiyato/news/16817330655017112380

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