11~20
人形の夢
「ねえ、あのリンゴとって」少女は甘えた声を出してねだる。指さす先の赤い実をもぎ取れば、一緒に食べましょうと誘われる。「私にそのような機能はついておりません」「いやよ、絶対一緒に食べるの」「お嬢様はそんな我儘言いませんでしたよ」少女のうなじのボタンを押す。人形はがくりと身を崩した。
乙女の愛
ねえ貴方、私のこと好きでしょう?いいのよ、分かってるから。ふふ、大丈夫。私にとっても、貴方は特別な存在。貴方が用意した部屋で、いつも幸せに眠れるの。あら、私のこと撫でたいの?しょうがないわね、せっかく綺麗にしたのに。いいわ、貴方だから許すのよ。本当に、特別なんだから。「にゃおん」
愛足らぬゆえの不具
欲しい、もっと欲しい。ゆらゆらと揺れたまま私はひょこひょこと歩く。欲しい、もっと欲しい。やじろべえのように片足で、私は揺れる。「ねえ、私を愛してくれる?」男は笑う。「君を愛したところで、君の欠けた部分は無くなるのだろう」そんな君はいらないよ。ああ愛おしい、忌まわしい。私は揺れる。
そして海は広く深く
「海は嫌いよ」潮風が彼女の髪を乱す。「涙も海水も、塩辛いんですもの」彼女の耳で真珠が光る。「泣くのが嫌いよ。自分が弱く感じるの」その視線は水平線を望む。「弱い自分が悔しくて悔しくて」「君の」彼女の声を遮る。「そういうものが海に帰って」海は少し深くなる。そう言えば彼女は少し笑った。
なにもない、どこにもない
ついてくる、誰かが私についてくる。ちらちらと目の端に白い布が見える。振り向けば誰もいない。けれどいる、私の目には映らない。小さい頃、一瞬だけ見た姿は全身を白いシーツで覆った、ハロウィンの仮装のような姿。私が成長するにつれてそれも大きくなっていく。憑いている、誰かが私に憑いている。
眠れぬ夜の日常
夢を見ました。ええそうです、夢です。夜ベッドに入って、眠ったときに見るあの夢です。いつも同じ夢を見るんです。小さな頃から、何度も何度も見ている夢です。夢の中で私は貴方になります。貴方ですよ、間違いありません。私は眠ると同時に貴方として目が覚めるのです。だって、貴方もそうでしょう?
遠く遠く夢の果て
塔の建設から三百年、天にはまだとどかない。上を見れば澄んだ空に白い雲が浮かんでいた。塔の建設から七百年、天にはまだとどかない。白い雲が目の前に広がっている。塔の建設から五千年、天にはまだとどかない。下を見れば小さな球体が塔の根元に見える。塔の建設から三万年、天にはまだとどかない。
白の境界
私の手が彼女の首元に伸びる。彼女の細く白い首とその境界が曖昧な白いブラウスの中で、真っ赤なリボンが私を呼ぶ。手が届いた。ゆっくりと、彼女に手を伸ばしたときのように引く。リボンはするするとほどけて、彼女はより白くなる。「おや、プレゼントなんか出てこないよ」彼女はそう笑うだけだった。
せめて涙をひとしずく
死んだ友人の夢を見た。光に満ちた世界に彼は佇む。呼び戻そうと声を張り上げるのに、彼は笑っている。「僕は君にお別れを言いに来たんだ」どれだけ手をのばしても、何かが彼と僕を阻む。「父にも母にも言えなかったけど」さようなら。そう言って彼は世界に溶けていく。彼が泣いているのを初めてみた。
声響く日々の明日
消毒液の匂い、心電図の音、様々な管が彼の体から生えている。「来たよ」そう言えば近くのモニターに彼の声が映る。“おはよう、今日はどんなプレゼント?”私は黙って彼の唇にぬいぐるみを当てた。“ふわふわしてる。気持ちいい”もうそのあたりしか感覚がないと言っていた。別れの日が近づいている。
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