気まぐれシェフの140字パスタ
猫塚 喜弥斗
1~10
誰が探偵を殺したか
「少し先の話だが今日この館で殺人が起きる」探偵は語る。「そして犯人が誰を殺そうとしているのか僕は知っている」柔らかなチェアから立ち上がり、部屋を出ようとする。「待ってください、犯人をとめようと思わないのですか?」探偵は立ち止まり、ゆっくりと振り返る。「この事件に探偵はいりません」
女学院の姫
「君たちは姫の存在を信じるかい」どの香水にもない芳香を放つ高等生は己に膝をつく少女たちに問う。「お姉さまも含めこの学院にいらっしゃる先輩たちこそ、そうなのではありませんか?」赤く頬を染め、慕い憂う瞳で見つめられ、高等生は笑う。「私は見たことがないね」君らの方が、よっぽど姫らしい。
秘密味の珈琲
一度知れば戻れない。コーヒーに溶けた砂糖のように、知らなかった頃には戻れない。いつまでも隠れることは出来ない。たとえどんな些細な秘密だったとしても、知られた者は恐怖を抱え込む。恐怖から抜け出すためには殺すしかない。カップを傾けて、クロスに広がる黒の海を見るまで、奴らに安心はない。
いずれ死にもどる
眠れ、眠りにつけ。夢を見るのだ。良い夢だけではないだろう。恐怖から目を背けることもあるだろう。だがそこから始まるのだ。記憶をたどり、深く潜りこむ。自分でも知らない過去を掘り起こすのだ。過ぎ去りしものから自分の原点を探し出す。お前は昔なんだった。人か、獣か、虫や草か。夢を見るのだ。
雪とけぬ影
影を持たぬ人などいるのだろうか。つねに明るく振舞うあの人にも、理知的で公正なあの人にも、影が差すのだろうか。明るい日のもとに濃い影が残るように。山の中とけぬ雪のように。周囲の明るさに、私の影は濃くなる一方だった。雪が降る。冷たい雪が降る。私の雪はとけぬまま、影の奥底で眠っている。
いつか聞こえる
腕の中でだんだんと冷たくなっていく体を必死に支える。「先生、まだ私は、教わっていないことが、たくさんあります」涙が次々落ちていく。「大丈夫」先生は私の頬に手をのばす。「いつか、星の囁きが」君にも聞こえるだろう。そして彼は死んだ。魂は昇る。瞬く星々の一つに、彼の心は留まるのだろう。
愛は薔薇より赤く
「私の心臓を君にあげよう」彼は真っ白な心臓を取り出す。「その心臓が赤く、赤く、染まったときに」手の内でそれは一定のリズムで動いている。「君の元へ戻ると約束しよう」そして彼は去った。私は彼の心臓を柔らかな絹で包んでガラスの小箱に入れる。何度あけても変わらぬそれ。今日も白、明日も白。
だれも知らない
「ねえ知ってる?」ひそひそ、くすくす。放課後の教室で小さな囁きが幾重にも重なり響く。「もちろん」「知らない訳ないだろう?」ひそひそ、くすくす。「あいつ、魔女なんだってさ」「本人は知ってるの?」「あいつの頭は空っぽさ」ひそひそ、くすくす。「聞こえてるわ」その一言は囁きの渦に消えた。
いつか星をめざして
日が落ちて間もない薄明かりの中、輝く金星を見あげる。昨日、友人は空へのぼって行った。いや、帰ったというのが正しいだろう。宇宙船に乗って僕の町に降りてきた奇妙な友人。いずれ彼が旅立つ日が来ると思っていた。僕も連れて欲しかった。いつか必ず、君に会いに行こう。たとえそれが百万年後でも。
夏恋しは君の香よ
今日も空が青い。じわじわと蝉の声が響く。木陰にベンチがあり、それに腰掛ける。「暑いねえほんと」何の気なしに独り言つ。なんだか溶けてしまいそうな日だ。本当に、溶ければいいのに。家も道も木も草も、全部全部全部。「みーんな死んじまったもんなあ」地球最後の男はそう言ってまた立ちあがった。
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