第2話 アイデンティファイド、689

《1987年6月18日 ムアカ市近郊》


身長の低い草で満たされた平原。


ムアカ市とアウリマ市の間を横切る街道から30m程離れた位置を一台のMBT主力戦車と一台のIFV歩兵戦闘車が走り抜けていく。



「交戦報告のあったムアカはもうすぐだが……そこにいた小隊とはまだ無線が繋がらん……」


車載無線機の受信機のスピーカーに耳を当てながら、ジグアは呟く。


ムアカはシドルス州を構成する市の一つであり、このすぐ先にあるアウリマ市は首都に最も近いラビーニア州への攻撃の中継基地としても良い立地だ。


《逃げ遅れて袋の鼠と化した、と考えるのが妥当か》


IFVの車長が無線で落ち着いた口調で言う。


ジグアも遺憾ながらそれに納得した。


「間も無く指定された要撃ポイントに到着するぞ。敵が気まぐれでもなければここから横っ腹を狙える」


ジグア達の要撃ポイントはムアカ市とアウリマ市を繋ぐ道路から約700m程離れた場所にある。


そこからアウリマ市へ向かおうとする敵部隊を叩く、というのが今回の任務だ。


幸い、首都圏西方のアウリマ市周辺に展開した機甲対空部隊のお陰で政府軍の偵察機は近付けておらずこちらの位置も割れていない。


代わりに反対方向の東方は度重なる空爆で悲惨な有様との事だが。


残る警戒することと言えば一つ。


《後は突然ケツにATGM対戦車誘導弾をブチ込まれないことを祈らねえとな》


「陸軍コマンド部隊の対戦車兵狩りは上手くいってるのかね……頭数は明らかにこっちの方が負けてるし」


《まあ、対戦車ロケット位ならアンタの装甲とで耐えられるだろうさ》


「……全く、ついこの前まで後方での警戒任務だったってのに、今じゃ最前線だ……勘弁して欲しいぜ」


VA-76B2『ファーマルフス』


ジグア達が命を預ける棺桶の名前だ。


公暦1976年に採用されたVA-76の近代化改修モデルであり、本国初のハードキルアクティブ防護システムAPS、『タウピル-1』及びレーザー警報装置を搭載している。


その他にも各種光学機器も更新され、索敵性能も向上している。


前型のB1以前ではサーマルイメージャーの解像度の低さが指摘されていた為、そこは優先的に更新された。


武装は50口径125mm滑腔砲に7.62mm同軸機銃。

砲塔上部には14.5mm重機関銃。


因みにIFVの方はVC-73B1『デトニカ』。


戦力不足の為、ジグア達のファーマルフスに随伴歩兵を付けられず代わりに寄越された歩兵戦闘車。


35mm機関砲と7.62mm同軸機銃、FD78M『マッティカー』レーザー誘導式対戦車誘導弾を装備する本車両の任務は言わずもがな機動力を活かした偵察や歩兵、軽装甲車両などの優先的排除である。


「要撃ポイントに到着、射点を確保し待機する」


指定された要撃ポイントの周辺で車両を停めるのにちょうどいい場所を探し、直ぐに退却できるように車体の向きを自軍陣地側に向けて停めた。


「これぐらいの丘なら多少は道路とその周りも見渡せるな」


《後は奴さんの動き次第か》


==========




それから2日経った深夜、なかなか敵部隊が現れない中、ジグアが仮眠を取ろうとしていた時だった。


「敵部隊に動きあり!!」


《来やがったか!!》


車長席のモニターに映し出されるサーマルイメージャーの映像には、道路から30mほど離れた位置を3両のIFV、4両のAPC装甲兵員輸送車と思われる白い熱源が4台走っていた。


標的の位置を把握したジグアは即座に砲手のイルリアに命令を下す。


「砲手!HEATヒート装填!目標最前列の敵IFV!」


「標的視認!13時方向、距離689!」


ジグアの命令に合わせてイルリアは砲手席の正面にある自動装填装置の操作盤を操作する。


弾種のダイヤルをHEATにセットし、装填開始のボタンを押すと車体下部にあるドラム式自動装填装置が動き出した。


凡そ6秒ほどで装填は完了し、砲閉鎖機が閉じた。


「装填完了!!」


「…撃てェッ!!!」


イルリアは砲手席の夜間照準器のモニターを注視し、右手でレバーを操作し砲塔を動かす。


モニター上の十字線が先頭のIFVと重なった。


「発射ッッ!!!」


真夜中の森に、一発の砲声が鳴り響いた。

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イェロー・クロス COTOKITI @COTOKITI

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