イェロー・クロス
COTOKITI
第1話 ロード・セイボー
公暦1986年11月17日。
その日はこの国、ディジール共和国の運命を決する日だった。
首都ラナドーアとその周辺地域で起きた計画的且つ大規模な軍事クーデター。
度重なる経済危機、閣僚の汚職、周辺国との関係悪化を招いた現民主政権を見限った軍人達は嘗ての王政への復古を目標として掲げこの日に引き金を引いた。
やがてクーデターは王政派の反政府軍と民主派の政府軍の内戦へと発展し、国内全土を戦火に巻き込んだ。
大きな動きがあったのはラナドーアとその周辺地域が王立軍を名乗る反政府軍に制圧されてから2週間ほどが経った1986年12月30日。
国境近くまで追いやられた政府軍が大規模な陽動作戦を敢行した。
陽動部隊の目標はディジール南方にある山岳地帯、ノマン。
ノマンはその地形の険しさもあり戦略的価値は余りなかったものの、数十年前に起きた戦争で激戦区となり、奇跡的な勝利を収めた事で「勇士の地」とも呼ばれ戦勝記念像も建てられている程の場所だ。
政治的な価値は大いにあった。
だから王立軍も陽動に気が付けなかった。
ノマンと首都圏はテルネア川という大河に隔たれており、ノマン周辺で船無しに川を渡る手段はアスマディク大橋というたった一つの橋のみ。
しかも作戦開始日は豪雨により川の水量と流速が上がり、小型ボートどころか
それ故、ノマン襲撃の報せを受けた王立軍は必然的にアスマディク大橋を使って援軍を送った。
ノマンで陽動部隊と王立軍の増援が交戦を開始してからすぐにそれは起こった。
アスマディク大橋が爆音と共に崩壊したのだ。
政府軍工作部隊の仕掛けた爆薬によって。
彼等の目的は、敵部隊をノマンへ誘引しその後唯一の渡河手段であるアスマディク大橋を破壊する事により完全に孤立させる事だった。
結果的にそれは大成功を収め、王立軍は今回の作戦でただでさえ少ない戦力の多くを失い防衛線にも大きな穴が開いた。
1987年の春には政府軍による一大反攻作戦が開始され、戦力不足状態にあった王立軍はその勢力圏を大きく後退させる事になった。
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《1987年6月9日 アウリマ市近郊》
鉄臭く、狭苦しい棺桶のような場所で彼は目覚めた。
普通なら不快感しか感じないであろうそこは、彼にとっては我が家にも等しい安心感を与える場所。
快適さなど度外視された固い座席の上で目を覚ました彼は、狭い車内で出来る精一杯のストレッチをしていると外から複数の人の声を聴いた。
「やぁあっと夜が開けたか……」
溜息に次いで欠伸をしながら座席をよじ登り、頭上のキューポラを開けた。
キューポラから半身を乗り出した彼を照らす夜明けの陽射し。
ただ一晩過ごしただけだったが、ここにいる全員が待ち侘びた朝日だった。
「あっ!少尉起きた!」
「もう朝ご飯出来てますよー!」
聞き慣れた部下達の声を聞き、車両から飛び降りて声の方へと向かう。
「なんだお前ら、全員生きてたのか」
木陰にたむろしていた2人の部下の元へ歩み寄る。
「酷いですね、あの夜戦の時我々がいなかったらジグア少尉も今頃棺桶の中で火葬されてましたよ!」
「いやーすまんな、さっきちょっと嫌な夢を見たもんで」
「どんな夢です?」
「ナルカ曹長が装薬火災でじっくりこんがりローストされる夢」
「ちょっ!不吉な事言わんで下さいよ!!」
「ブフフッ!ロースト……ローストって……!」
文句を言うイルリア・ナルカ曹長とその隣で吹き出すアカティ・イェマ曹長。
こんな他愛も無い会話が、彼ら3人の理想の日常であった。
「少尉、MRE三種類ありますけど何にします?」
「そうだな……じゃあミートパスタで」
「いつもそればっかですね少尉……」
「だってチョコパウンドケーキ入ってるのこのメニューしか無えんだもん」
だが、そんな日常を奪うのが、戦場の常だ。
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《ヘクトー01よりCP!!敵機甲小隊及び機械化歩兵中隊が進出!!既に交戦中!!》
《敵の攻撃ヘリによる攻撃苛烈!!身動きが取れない!!》
《機甲対空中隊は何をしている!?》
《後退だ!!後退しろ!!》
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