八
「葬儀は手順を聞いた限り普通だったし、
「……そうですか」
「ついでに、道士が閉じ込められてそうなところも探してみた。でも空き家にも民家にもいる気配は無かったな。そもそも建物自体が少ないし、地下室でもないと隠せるような場所は無い」
そうは言うが、洛風は何か心当たりがあるのか機嫌が良い。少し考えたが分からず、
「じゃあどこに閉じ込められてるんでしょう」
「単なる推測だけどさ、井戸の中に閉じ込められてるんじゃねえかな」
「井戸? でも水は……あ」
洛風の言いたいことが分かり、軽く目を見張る。彼は得意げに笑った。
「ここって井戸の水が干上がるって言ってただろ? 四郎がわざわざ廃村まで水汲みに来たのって、それだけじゃなくて井戸の中に人を閉じ込めてるからじゃないか?」
確かに可能性はある。なんとなく負けた気分で頷いた。
「確認できますかね」
「夜になるまで待つしかないかもな。昼間から井戸覗いてたらさすがに怪しまれると思う」
「そうですね。井戸の場所は分かりますか?」
「それは探すしかない。いくつか見つけたけど、全部は分からなかったから」
「
ほんの思いつきだったが、洛風は大袈裟に顔をしかめた。
「道長、あの餓鬼と話したのか」
「ええ。君は子どもが嫌いなんですか」
「嫌いっていうか……どうすればいいのか分かんないから」
子ども相手にたじろぐ洛風を想像すると面白かった。小さく笑うと彼は顔を背ける。
「じゃあ私が訊いてきますね」
「一人で行くのか? 危ないだろ」
「……私は子どもじゃないです。あと、君は小梅から怖がられているのでダメです。ついてこないでください」
不服なような安堵したような微妙な表情で洛風は頷いた。
「分かったけど、すぐ戻って来いよ。昨日変な奴がいたんだろ」
昨日部屋に入ってこようとした者の正体は結局分からないままだった。洛風はちょうど入れ違いで見ていないらしい。足音は聞こえていたが、追い掛けるより先に夜静が部屋で倒れていないか心配だったのだという。そこまで簡単には倒れない――はずだ。
「こんな村もう出ようよ」
ぶつぶつ文句を言う洛風を睨んだ。
「せっかく道士がいるかもしれないのにそんなことできません。怖いなら君だけ帰ればいいのに」
「あのなあ……俺は別にどうでもいいんだよ。道長がうっかりしてるから怖いんだって」
「私は慎重です。昼間から人を襲うような真似もさすがにしないでしょうし」
それに何かあるとしても少し猶予はあるはずだ。四郎たちは三日後だと言っていた。それが何を示しているのかは分からないが、それまではとりあえず今のまま逗留させてくれるような気がする。
洛風は納得した様子は無いが、ろくに眠っていないせいで頭が働かないようだ。彼はややあって呟く。
「いいけど、何かあったら俺のこと呼べよ。聞こえるから……」
そのまま膝を抱えて眠ってしまった。落ちていた彼の外衣を掛けてやる。寝顔は年相応に見えると思った。いつもの軽薄な笑みが消えると、あどけない。
大人げなかったかもしれない。文清は虫が苦手で見るたび泣きそうになっていた。結局あれはどうやって解呪したのだろう。
ふと些末なことを思い出すたびに、心の底に雪のように後悔が積もっていく。普通は時間が経てば溶けて消えるのに、夜静の心は冷え切っているから積もったままだ。
「――道長?」
幼い声に我に返った。廊下の向こうから小梅が駆けてくる。
「どこか行くの?」
裾を引っ張られ、夜静は慎重に屈んで視線を合わせた。
「ちょうど良かった。小梅に訊きたいことがあったんです」
「あたし?」
丸い目を瞬いている。頷き、言葉を選んで問う。
「あの……ここは井戸がよく干上がってしまうと聞いたんです。私は水乞いの護符を持っているので、井戸の場所を教えてくれませんか。貼れば効果があるので」
小梅はしばらく困ったように顔をしかめた。迷うように視線を彷徨わせ、躊躇いがちに口を開く。
「あのね、干上がるのは今の時期だけなの。それに今は……井戸に近づいちゃダメって言われてて」
「どうしてです?」
知らないふりをして訊く。小梅は小さな手で居心地悪そうに裾を弄っていた。
「うーん……すごく大事な儀式があるんだって。あたしもよく知らないんだけど、神様を作る大事な――」
「小梅?」
背後から物静かな声が聞こえた。小梅はぱっと笑みを浮かべ、夜静の背後を見上げる。
「母さん!」
――いつの間に。
咄嗟に振り返ろうとしたが、足がひどく痛んだ。骨ごとぐずぐずに溶けているようで、目が回りそうなほど痛い。思わず床に手をついた。
「道士様、大丈夫ですか」
背中にひんやりとした手が添えられた。
「だ――じょう、ぶで――」
一言発するたびに涙が滲む。視界がぼやけて揺れている。洛風を呼んでほしいと言いたかったが、言葉になったか分からなかった。
「道士様」
頭を締め付けるような鈍痛がして、鼻の奥に鉄臭い匂いが広がる。温かい液体が流れ、床の上にぽつぽつと血の染みができていく。
「小梅、あっちに行ってなさい」
「え、でも……」
「行きなさい」
ややあって、軽い足音が遠のいていった。なぜ小梅を遠ざけたのだろう。どうして洛風を呼んでくれないのだろう。頭が働かない。左足が、燃えているようだ。
「――ごめんなさい」
耳元で声がした。
その後すぐに、衝撃が身体を揺らす。頭の中が振動して、身体の感覚が急速に消えた。
痛みは無かった。
***
冷え切った身体の中、額だけが温かかった。
「――おい、何か言え。話せるか? 耳聞こえるか?」
温かさに縋って目を開く。衣服は湿って肌に張りつき、縄で手足が縛られていた。背中に岩壁が当たって骨が痛む。周りは暗く、どこかで水音が鳴っていた。
何度か瞬きすると、目尻から涙が零れる。明瞭になった視界、薄闇に目を凝らすと目の前に誰かがいるのが分かった。相手は夜静が目を開けたと分かると、額に触れていた手を離す。
「やあ、道友。お互い災難だね」
快活な声が岩壁で反響する。殴られた後頭部の傷がじくりと痛んで思わず呻いた。
正面に、夜静と同じ道士が胡坐をかいて座っていた。意思の強そうな切れ長の双眸が夜静を見据えている。少年のように見えたが、やけに尊大な態度だった。
「……貴方は……」
「お前と同じ、囚われの道士。ちなみにここ、井戸の底な。よじ登るのは無理だ。私が何回か試してるから」
上を見上げると、細く日が射し込んでいる隙間が見えた。井戸の底だと分かった途端に、水の腐臭が鼻を突く。下に溜まった水はぬるぬる滑って気持ち悪かった。
「……」
何も言えず、背後の岩壁に凭れた。じっとりと触れたところから濡れていく。不快感はあったが、それより先に虚脱感に襲われた。
黙ったままの夜静を見て、少年は面白そうに唇を吊り上げる。
「なんでこんな村に来たんだよ? 驚いてないあたり、怪しいって分かってたんだろ」
「……言う必要ありますか? そもそも誰ですか、貴方」
「あ? 名乗ってなかったっけ。私は……えー、
「――え」
夜静は顔を強張らせた。目の前の道士をまじまじと見つめる。相手はまた面白そうに目を細めた。
「ああ、何が言いたいかよく分かる。――女だよ、私」
そう言って彼女は、けたけたと声を立てて笑った。
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