その霊玉リンユー真人は、三日後に死人を蘇らせる術を行うという。

「楚氏義荘で行うって、色んなところで触れ回ってるんだ」

 悪びれなく洛風ルオフォンはそう言った。ということは、彼以外にも知る人はたくさんいたというわけだ。騙されたと思ったが、今さら追い返すこともできずに諦めた。

「楚氏というのは?」

「柳州侯だよ。最近質の悪い風邪が流行って、子どもが次々死んだんだ。柳州侯の娘も死んで、その子を生き返らせようってこと」


 二人は酒楼を出て河のそばを歩いていた。屋台をひやかし、気ままに歩く洛風に最初は戸惑ったが、その楽しそうな様子を見るうちに警戒心も少し緩んだ。訊けばまだ十八だというから、夜静イェジンよりちょうど十も年下だったのだ。

 機嫌よく屋台で買った飴を舐めていた洛風は説明を続けた。

「義荘は東にある。やるのは夜中らしいけど、見物客は多いだろうな。その術の最中に捕まえるか? 人が多過ぎると難しそうだけど」

「そうですね。術は失敗すると思うので、終わった後でも構わないんです。でも……今から義荘を見に行けるでしょうか」

「うーん。番人がいるだろうけど、まあなんとかなるだろ」

 洛風は軽く請け負う。「なんとかなる」という言葉に少し不穏さを感じたが受け流した。


「……貴方はいつまで付いてくるんですか? もう霊玉真人に用は無いのでは?」

 義荘の方へと足を向けると、洛風は当然のように付いてくる。彼は愉快そうに夜静を見つめた。

「道長は一人で義荘に忍び込めるのか?」

「……ええ」

 あまり気が進まないが、できなくはない。だが洛風は、その逡巡を見抜いたように言った。

「無茶するなよ。番人は結構気性が荒いぞ。その身体じゃ危ない」

「でも、貴方に頼るわけには……」

「なんで? 別にいいだろ。俺は面白そうだから付いていきたいだけなんだし」

 ふざけた理由だが、彼が言うと説得力があるから不思議だ。危ないのだと言っても聞かないだろう。それに、どちらかというと危ないのは夜静の方だった。

「はあ……怪我しても知りませんからね」

「道長こそ転ぶなよ」

「も、もう転びません」

 片足が不自由な状態に慣れていないせいだ。心の中で言い訳しつつ、二人は共に東へ向かった。


 日が暮れるのを待ってから、二人は義荘が見えるところまで辿り着いた。義荘は遺体の仮置き場であり、中の祠堂には楚氏一族の位牌が祀られている。大門には番人が二人いた。それ以外にも、何人かが番人に話しかけては追い返されている。

「あれは?」

「三日後のことについて訊いてるんだろ。なぜか知らないけど、見物人を集めるように宣伝してるんだ。いつもは隠れてるのに妙なんだよな」

「大勢に見られても良いことなど無いでしょうに」

「それを言うなら、柳州侯に近づいたのだって変だ。霊玉真人は江湖郎中だってのが人気だったのに、今回は柳州侯から莫大な謝礼を貰ってやるらしいからな」

「何か金のいる理由ができたとか?」

「だったらわざわざこんなことしなくても貸してくれるやつは大勢いるよ。大枚払ってでも病を治したいっていう富豪もたくさんいるんだしさ。死人を蘇らせる必要なんてない」

「……その通りです」

 洛風の言うことは間違っていない。ではなぜ、霊玉真人はこんな真似をするのだろう。


 釈然としなかったが、考えても埒が明かない。とりあえず義荘を調べようと思ったのを察したのか、洛風が屈託なく笑う。

「道長、ここで待ってて。なんとかしてくるよ」

「え?」

 止める間もなく、洛風は走り出した。

 足音が全くしない。それはほんの一呼吸の間で、気づいた頃には番人は地に伏していた。

 茫然と目を瞬く。正直、何が起こったのか全く分からなかった。洛風は飄然と立っていたが、夜静と目が合うと得意げに笑う。

「驚いたのか?」

 軽やかな足取りで近づいてくる。まだ茫然としている夜静の目を覗きこみ、彼は言った。

「気絶させただけだよ。人が来ないうちに行こう。道長、歩けるか?」

「あ……歩けますよ。ありがとう、行きましょう」

 差し出された手を無視して杖にすがって歩く。洛風は肩をすくめたが何も言わず、黙って後ろをついてきた。


 義荘の大門を開くと、棺が並んでいるのが見えた。まだ新しいものがいくつある。義荘だからなのか、外の気温よりも数度か低いように思えた。死人だけが眠っている空間はひどく静かで、空気は重く沈んでいる。

 洛風が低く囁くように言った。

「あの風邪は幼い子どもと老人がよく死んだんだ。いくつかあるのは、娘以外にも死んだからだって。家令の老人とか、訪ねてきてた遠縁の子が感染うつされたらしい」

 よくあることだと洛風は素っ気なく続ける。それには何も言わず、夜静は祠堂の方を指差した。

「一応線香を上げましょう。荒らしてしまうので」

「行儀が良いんだな」

「棺の蓋を開けるのは貴方ですよ」

 その言葉に洛風は驚いたように目を見張り、ついで可笑しそうに言った。

「人使い荒いな。祟られたら嫌だし上げとくよ」


 線香を上げた二人は、早速新しい棺の蓋を開けた。重たい石棺の蓋も、洛風は軽々と一人で開ける。夜静一人だけならできなかっただろう。彼について来てもらって良かったと、初めてそう思った。

 一つ目は老人、二つ目は少年で、三つ目にようやく楚氏の娘らしい遺体があった。腐敗が少し進んでいるが、まだ原型は留めている。年は十くらいだろう。

 棺の内側には朱で書いたような不思議な模様が描かれていて、洛風は首を傾げた。

「これが術ってやつ?」

「何かの術ですが、蘇りとは関係ないです。これは……」

 眉をひそめ、夜静は棺を覗き込む。丁寧に模様のように描かれた呪文を読んでいたが、不意に鼻先に濃い異臭が掠めた。それは腐臭とは違う、線香を何本も焚いて煮詰めたような強烈な臭いだった。

「――気をつけてください、これは」


 振り返る。だがそこに立っていたのは洛風ではなく、死んだはずの部下――文清ウェンチンだった。

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