追憶・鎌倉時代の陰陽師

 時は鎌倉。

 政情は北条氏の手の中にあった。


 その日は生憎、雷雨だった。

 ゴロゴロドシャーン。

「ひっ、俺、雷超苦手なんだよね。広元ちゃん、どうしよ、陣中に落ちてきちゃった」

 執権・北条義時(ほうじょうよしとき)が側近・大江広元(おおえのひろもと)に泣きついた。

「陣中への落雷は吉兆と言うべきです。かつて文治5年(1189年)に今は亡き頼朝様が奥州征伐の際、陣中に雷が落ちた吉例があります。それでも不安だとおっしゃるなら、気休めに占いでもさせましょうかね」


 さっそく陰陽師の安倍親職(あべ ちかもと。晴明5代目の子孫。10のうち7当たれば神とされる占いを7,8当てる才能を持つ。賀茂氏と対立していた)、安倍泰貞(やすさだ)、安倍宣賢(のぶかた)に占わせた。

「最吉です」

最吉、読んで字の如く最もよい結果であった。

「わー、何か良いこと起こるかな、ねっ、広元っちゃん」

「ええ、そうなるといいですね」



 1216年、密教験者の忠快に除災の修法を行わせることを決め、陰陽師の安倍親職と安倍泰貞に適切な日を選ばせたところ、7月中のうち3日選んだ。ところが、忠快が異を唱えた。それを陰陽師の誤りとして大江広元は出仕停止の処分をした。

「広元様も酷いよなあ。俺達より、よく分からん密教験者を信用するなんて」

「お偉い様なんて、皆そんなもんだ」

「まあ家で静かにしてるこったな」

「お前はいいよな、宣賢。ちょうど占いの当番じゃなくて」

「まあ、これも運ってもんだ」


この三人組は3代将軍・源実朝近侍でもあった。

1219年、源実朝暗殺を阻止できなかったとして陰陽師を解雇された。

「解雇されちまったし、これからどうするかね」

「まあ金はそんなに困ってないし、隠居でいいんじゃね」

「これを機に京へ帰るか」

「おっ、それいいな。俺も帰る」

「俺も」


 京へ帰った三人は慎ましく暮らした。

 ある日のこと。

「なあ、化け狐の噂って知ってるか?」

「化け狐?」

「ただの化け狐じゃないぜ。平安時代から生きてて陰陽寮にも勤めてたらしい」

「へえ」

「あの安倍晴明の右腕だったとか」

「そりゃあ、すげえな」

「何でも、化野の方に屋敷があるとか」

「行ってみるか」

「行こう」


 三人は籠に乗り、化野へ向かった。


 着いた先には質素な屋敷があった。

 縁側に金色の髪をした青年が座って茶を飲んでいる。

「あれが化け狐の化野白夜か」


「誰だ」

「げっ、見つかった!」

 三人は仕方なく白夜の前に姿を現した。

「どうも、すみません」

「貴様ら、何者だ」

「実は俺達も陰陽師の端くれでして」

「元々は鎌倉にいたんですけど、解雇されちまいまして、今は京で隠居中です」

「そうか。何の用だ」

「いや、用ってほどでもないんですが」

「ただ伝説の陰陽師を見てみたいって思いで、ここまで来ちゃいました」

「伝説か」

 白夜が自嘲したように笑う。

「何かすごい術とかがあれば教えてほしいくらいで」

「できたら弟子になりたいくらいで」

「弟子は取らん。放っておいてくれ」


 三人は屋敷の中にも入れずに、すごすごと帰って行った。


 鎌倉時代、安倍氏は不遇だった。

安倍氏嫡流の再興が実現するのは足利将軍家に信任された安倍有世の登場まで待つことなる。

そして義満の頃、かの有名な土御門と名乗るようになる。



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