犬神の呪法

「こんにちは~」

 化野邸に梅村まゆりが配達にやってきた。

 頼んであった榊などを渡すと、毎度のように縁側に座り少し話をしていく。

「まゆりちゃん、今日もありがとう。羊羹食べていく?」

 弥生が台所から羊羹を乗せた盆を持ってくる。

「わあ、ありがとうございます~」

 まゆりは羊羹を食べながら「そういえば」と、こんな話をした。


 友達の兄の嫁の様子が変なのだそうだ。

 最初は慣れない土地に引っ越して来た不安からかと思われたが、どうもそうではないらしい。

 突然、吠えたり、口から泡を吹いたり、犬のするような仕草をするそうだ。


「ね、これ白夜さん案件じゃないですかね?」

「犬のような仕草ね。……それって犬神憑きじゃないかしら」

「犬神家? スケキヨ?」

「いえ、そっちではなくて、そういう妖怪がいるのよ。恐らく、そのお嫁さんは犬神に憑かれてしまったのね。まあ実際に見てみないと断定は出来ないけれど。……白夜様、どうしますか?」

 弥生は部屋でくつろいでいる白夜に問いかけた。

「とりあえず、お前一人で様子見をしてこい」

「承知いたしました」


 土曜日、弥生と翼は、まゆりの案内で、その犬神憑きの嫁がいる家に向かった。

 まゆりは弥生達を最初「優秀な心理カウンセラー」だと紹介した。

「よろしくお願いします」

 その嫁の名は「三好 咲(みよし さく)」といった。

 犬神の発作が起こっていない時の彼女は大人しいものだった。

 発作が起こっている時の記憶はないらしく、後から聞いた自分の狼藉を憂い、眠れない日々を過ごしているとのこと。

 発作は一日に一度ペースで時間はランダムに起きる。

 そのため弥生と翼は泊まり込みも覚悟していた。


 事が起こったのは、まゆりが帰って数時間経った逢魔が時のことだった。

 咲が何の前触れもなく、吠えだした。

「ワォーン、ワォーン!」

「わわっ、これが犬神⁉」

 この時、弥生と翼には、咲の背後の黒色のオーラが見えていた。

「そうね。……咲さん、落ち着いて下さい!」

 弥生が咲を抱き留め、耳元で呪を唱えると、咲は正気を取り戻した。

「わ、私は……?」

「とりあえずは大丈夫です。抑えましたから」

 黒色のオーラも消えていた。

 落ち着いた咲を椅子に座らせて、テーブルの向かいに座り、弥生は話しだした。

「咲さん、あなたの家族で同じような発作を起こした人はいますか?」

「ええっと……」

 咲は遠い昔の記憶を辿る。

「そういえば、私の父が新婚の頃、母の癇癪が酷かったみたいなことを言っていたような気がします」

「一度、咲さんの実家にお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「……ええ」


「咲さんの家系は元々、犬神憑きでした」

 次の日、咲の実家から帰って来た弥生は白夜に結果を伝える。

「恐らく、犬神の呪法がなされているかと」

「犬神のジュホー?」

「犬神の呪法は、飢えた犬を頭だけ出して地中に埋め、餓死しそうな頃に食べ物を目の前に置き、犬が食べようと首を伸ばしたところを刀で斬り落とすものだ」

「ひどいね」

「ああ、忌むべき呪法だ」

「何で、そんなことするんだろう」

「犬神憑きは金持ちになると言われている。人間は欲深い」


 次の日、白夜、弥生、翼は咲の実家を訪れた。

 今回は、しっかりと陰陽師という身分を明かし、家の者には事情を話して祈祷をする旨を伝えた。最初は驚いていたが何とか事情を分かってもらえた。

「こちらです」

 弥生は家の裏手にある蔵に案内した。

 白夜達には蔵から発せられる禍々しいオーラが見えていた。

 そのオーラの源泉を探ると、酒が入っていそうな大きなかめに辿り着いた。

 そのかめには、お札が貼られており、禍々しいものを封じているように見えた。

 白夜と翼は、そのかめを蔵から運び出して、それを囲むように祭壇を作った。

「開けるぞ」

 白夜が札を剥がし、中を改めると、そこには犬の首が入っていた。禍々しいオーラは、そこから発せられていた。

 白夜は首を祭壇の上に祀り、祈祷を始めた。

 魂鎮めの祈祷である。

 呪を唱え始めると首が目を覚まし、吠え始めた。

「う~、ワンワン」

 首は白夜の周りを回り、激しく動いている。

 白夜は一通りの呪を唱え終えると、首に向き直って言った。

「人間の勝手な欲望に巻き込んで、すまなかった」

「くぅ~ん」

 犬神の首は吠えるのを止め、眠りについた。

「もし来世、生まれ変わる時は、どうか健やかに」

 白夜が犬神の額に手を置くと、首から炎が噴き出し、灰になって霧散した。

 呪いを断ち切り、犬神の魂は黄泉へと送られた。

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