翼の過去
「つまりは、あの子が翼の元飼い主の、のりかさんってことなんだよね」
「うん、そう。間違える訳ないよ」
翼は少し落ち着いたようだ。
「で、君は?」
雨月は、のりかと一緒にいた青年に問いかける。
「俺は、今はカイトと名乗っています」
「何か複雑そうですね」
「ああ、何て言ったらいいか……、俺は元猫だったんです」
「そうか、翼と一緒だね」
「僕は兎」
「俺は彼女に救われたんだ。彼女にとってはただの気まぐれだったかもしれない。でも俺にとっては忘れられなくて、最期に思い出したのも彼女のことだった。……彼女に飽きられるまではずっと傍にいるつもりだ」
「何で、何で……?」
雨月は隣に座る翼の雰囲気の変化を感じ取った。
「どうして僕じゃなくて、お前なんだよっ!」
カイトに掴みかかろうとする翼を雨月は必死に取り押さえる。
「離せよっ!」
「翼、落ち着いて」
翼の力がどんどん強くなっていく。普通に抑えるだけでは持たないかもしれない。
「仕方ないか、翼、ごめんっ」
雨月は呪を唱えて、翼の鳩尾に手刀を入れた。うめき声を上がり、よろけた身体を支えながら雨月はカイトに一枚の札を渡す。
「これ、持ってて。もしかしたら、また話を聞きに来るかもしれないから」
「あ、ああ」
唖然としながらも札を受け取り、カイトは雨月と気絶して抱えられている翼を見送ることしか出来なかった。
「ああ、僕は捨てられたんだ……」
最初の記憶は狭い檻の中。
周りには他の兎、他の動物。
毎日、色んな人間がやって来て僕を見ていく。
隣の兎が連れられて行った。
「君も早く家族が見つかるといいね」
僕の世話をしてくれるお姉さんは優しかった。
ある日、彼女がやってきた。
「かわいい! パパ、この子がいい!」
まあるい目の小さなかわいい女の子。
僕も、のりかとそのお父さんに連れられていった。
「幸せになってね」
お姉さんは見送ってくれた。
僕、幸せになるよ。
「ええ、兎買って来ちゃったの⁉」
お母さんは最初、僕を見て怒っていた。
この家に来て長い時間が経った気がする。
いつの間にか、お父さんがいなくなっていた。
どこに行ったのかな。
のりかは大きくなって、毎日同じような服を着て学校に行くようになった。
最近、家の中が元気ない気がする。
お母さんものりかも喧嘩ばかりしている。
最近、トイレあまり替えてくれないね。
おやつもなくなった。
そういえば最近、のりか話してくれないね。
忙しいのかな。
寂しいよ。
家の中が片付けられていく。
ぬいぐるみもクッションも段ボールに入れられた。
「お母さん、これも全部捨てちゃっていいよね」
僕も段ボールに入れられた。
「ごめんね。外で自由になってね」
お母さん、どうしたの?
「どうか、良い人に拾われて、幸せになってね」
泣かないで、お母さん。
追いかけても、お母さんは車に乗って行ってしまった。
知ってる匂いが消えていく。
知らない場所、知らない臭い。
どうすればいいのか。
お腹が空いた。
ご飯はまだ?
お腹が空いたよ、ねえ。
ご飯……。
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