千早
一人暮らしを始めて早や三年。家と大学とバイト先を往復するだけの日々が続いていた。
何の刺激も無い平凡な日常。同じような日々の繰り返し。
退屈を感じてもいたが、それが日常なのだと割り切っていた。
今日もそんな一日が終わると思っていた。
……あ、まだいる。
バイトからの帰り道、公園の傍を通ると、朝にも見た少年がまだいたのだ。今朝見た時と同じ体勢。ブランコに座ってぼんやりしている。
制服を着ている訳でもないので正確なところは分からないが、年は中学生くらい。
夜九時。深夜というほど遅くはない。普通なら気にも留めない。
しかし、もしや朝からずっとここにいたのではと思うと、やはり気になってしまう。
「……あ」
目がバッチリと合ってしまった。
慌てて目を逸らし、公園から立ち去ろうとする。
私には関係ない。だって、私は彼の知り合いでもなんでもないんだから。気にならないことはないけど、私には関係ない。一瞬目が合って、何故か彼が嬉しそうな顔をしたようにも思えたけど、そんな訳ない。全く自意識過剰もいいところだ。
「待って! 置いていかないで!」
突然の叫び声にビックリして思わず振り返ってしまう。
さっきの少年が私の方へ向かって走って来ていた。
追われているのならば、条件反射的に逃げるべきだろう。咄嗟に走り出そうとしたが、少年が素早く私の腕を掴んでそれを阻止する。
「えっ、ちょっと何⁉ は、離して!」
「嫌だ‼」
見知らぬ少年に突然腕を掴まれた理由が分からない。
怖くなり、必死に逃げようとする私に、少年はすがりつくように言った。
「お願い! 僕から逃げないで!」
少年の目には涙が溜まっていた。
何故泣かれたのも分からなかったが、これでは私の方が悪いみたいではないか。
「何で泣いてるの⁉ と、とにかく何があったのか話してみて」
何とか少年をなだめ、公園のベンチに座らせる。
「……一緒にいたい」
「誰と」
「千歳と」
「わ、私の名前、何で⁉」
新手のストーカーか⁉
「ご、ごめん、でも知ってるんだ」
仕方ないので家に連れて帰ることにした。
ストーカーだったら家に連れて帰る訳にはいかないが、不思議とストーカーっぽさは感じなかった。
「とりあえず、ご飯にしようか」
「うん」
「何か苦手なものとかある?」
「千歳が食べてるのと同じものでいいよ」
「じゃあ、今日はカレーで」
カレーを作っている時、クンクンと臭いを嗅いで「楽しみだなあ」と言っている。
「君、そういえば名前は?」
「……千早だよ」
「千早……」
それは私にとって、とても馴染みの深い名前だった。
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