初めての風呂

「じゃあ行くよ。風呂場はこっち」

 童子から青年になったので、声色が変わっている。

 翼は雨月に案内されるまま、風呂場に連れて行かれる。風呂場は「ゆ」と書かれた暖簾があり、脱衣所の中も温泉宿のような造りになっていた。

「はい、ばんざいして」

 雨月は手慣れた手付きで帯を解き、衣を脱がしていく。

「服の脱ぎ方、着方も、早めに覚えてよ。いつまでも世話するのめんどくさいから」

「うん」

 翼が頷くと、雨月は腕まくりをして浴槽の側まで連れて行った。風呂は檜風呂で、温泉宿よろしくシャワーやシャンプーなども完備されていた。浴槽内の湯はかけ流し式で、常に新しい湯が注がれている。

 初めて見る光景に翼は、ぽかんとして立っている。

「ああ、そうか、兎って犬猫みたいに風呂は入らないか」

 雨月は翼を風呂椅子に座らせる。目の前には鏡があり、そこには己の姿が映っている。

「!!??」

 翼は鏡に手を付いて、驚きの声を上げた。

「ああ、鏡を見るのも初めてだったね」

「かがみ」

「そう。今そこに映ってるのが、翼だよ。人間になってるでしょ、耳と尻尾以外は」

「にんげん……」

「耳と尻尾あると洗いづらいから、一旦しまうね」

 雨月が翼の耳に手を当て、小さく呪を唱えると、兎の耳と尻尾は消えていた。

「ない」

 翼が不安そうな目で雨月を見る。

「大丈夫。少ししまっただけ」

「だいじょうぶ?」

「うん、大丈夫」

「わかった」

「じゃあ、身体から洗っていきますか」

 雨月は石鹸をタオルにこすりつけ泡立て、タオルで翼の背中の垢などを落としてやった。

「ほら、自分でもやってみて。前側とか、人にやってもらうの恥ずかしいでしょ」

 翼は不思議な匂いのする布切れを、雨月がやったように自分の身体に当てて、汚れなどを落としていく。

「これが人間の身体の洗い方。今まではペロペロ舐めて綺麗にしてたけど、人間の姿では決してやらないこと。もし他の人に見られたら変態だと思われるからね」

「うん。へんたい」

「まあ、何となく分かってはいるっぽいから、いいか」

 次に、雨月はシャンプーハットを何処からか取り出し、翼の頭に被せる。翼は不思議そうに頭の上に載せられた輪っかを触る。

「じっとしてて。目も瞑った方がいいよ」

「わかった」

 翼は手を下ろして膝の上に置き、目をぎゅっと瞑った。

「じゃあ、髪の毛洗うから。最初のうちはその帽子を被ってた方がいいよ」

 雨月はシャンプーをワンプッシュ手に取り、翼の頭の上で泡立てる。ついでにヘッドマッサージのようなものもしてやると、翼が気持ちよさそうな表情になる。

「これも自分でもやってみて」

「うん」

「そう、わしゃわしゃと」

「わしゃわしゃ」

 お湯で泡を洗い流し、一通りの動作が終わったところで、ああ、そうだ、と雨月が思い出したように言う。

「翼、これ見て」

 翼が言われた方を向くと、雨月が何かを指差し、物の名前を教え始めた。

「これがシャンプー。さっき髪の毛をわしゃわしゃと洗ったやつ」

「しゃんぷー」

「これが石鹸。このタオルにこすって泡立てて、身体を洗うやつ」

「せっけん」

 以前、ボディーソープやリンスを試しに置いてみたことがあったが、白夜が間違えて使って悲惨なことになって以来、シャンプーと石鹸のみ据え置き、他はそれぞれが持ち込み、持ち帰るようになったのだ。弥生は泡洗顔や美容グッズなども持ち込んでいる。

「じゃあ、身体も洗い終わった所で、湯舟に浸かりますか」

「うん」

 雨月は手を湯の中に入れて温度を確かめる。

「うん、良い湯加減。……翼にはまだ熱いかもしれないから、ゆっくり入って」

 雨月は自分でもゆっくり足から入り、翼にも湯船に浸かるように促す。

 翼は恐る恐る、湯につま先を入れていく。ゆっくりゆっくり肩まで浸かっていった。

「あったかい」

「これがお風呂。一日の疲れを癒す場所」

「おふろ」

 二人はしばらく無言で湯に浸かっていた。

「白夜さんはさ、あんな風に偉そうにしてるけど、本当は優しいから」

「びゃくや、やさしい」

 翼は火照った顔で、むずむずとしていた。彼の様子に気付いた雨月が苦そうな顔をして、すぐに呪を唱えた。

「トイレの仕方も教えようか」

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