いただきます

「はい、お夕飯ができているわよ」

 風呂とトイレから戻った二人を厨房から出てきた弥生が出迎える。

 雨月が茶の間まで案内すると、ちゃぶ台の上には既に飯が並んでいた。白夜が腕を組んで待っていて、「早くしろ」と促す。弥生もその隣に座り、翼も雨月に倣い、4人で食卓を囲む。翼の両隣には弥生と雨月が、正面には白夜がいる形になった。

 普通に人間が食べるような夕食であった。肉じゃがと白飯、汁物が並んでいた。

「皆揃ったわね。翼、手を合わせて」

 隣の弥生に倣って胸の前で手を合わせる。

「そうそう。ご飯を食べる前の挨拶をするの」

「あいさつ」

「この野菜を作った人、ご飯を作った人にありがとうの意味を込めて」

「「「いただきます」」」

 弥生は先生のように元気よく、雨月は少し恥ずかしそうに、白夜は「こんなことまで一々教えねばならんのか面倒臭い」というように、三者三葉の言い方だった。

「……いただきます」 

 翼も三人と同じように言ってみたが、この先どうすればよいのか分からない。兎の時は与えられた餌にそのまま口をつけてガツガツ食べていたが、恐らく違うのだろう。

「お箸を使って食べるのよ。持ち方、教えるわね」

 弥生は親指や人差し指など手自体の説明から始めている。その間に白夜と雨月はさっさと食べ始めていた。練習していく最中でも料理は冷めていくので、時々教える手を止めて弥生が食べさせてやったりもしていた。汁物の啜り方も上手く出来ず、こぼした時は弥生が呪を唱えて綺麗にしてやったりした。

 白夜は食べ終えると自室に戻っていったが、雨月は見兼ねて教えるのを手伝っていた。

「翼、これは覚えてるんじゃない?」

 雨月が指差す橙色の食べ物を箸で取ってみる。箸で挟めるようにはなったが、まだ口に持っていくまでに落としてしまうので、とりあえず顔を皿に近付けて食べるようにした。

 橙色の食べ物を口に入れ、噛んで飲み込む。

「……しってる」

「人参って言うんだよ」

「にんじん」

 味覚と共に記憶が蘇る。

 自分はこれが、人参が好きだったのだ。大量に皿に入れられている茶色い小粒、あれはそこまで好きではなかった。良い香りのする草は好きだ。そして、人参は大好きだ。あれが皿に入っているだけで、飛び上がるほど嬉しかった。もっとくれとせがんだ。

 せがんだ、誰に……?

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