第8話 地獄の特訓


 それからの毎日は、すべてが地獄だった。


 特訓は毎日行われた。

 店長曰く、私の最初の目標は身体強化を使えるようになることであり、そのために魔力制御の特訓をやらされている。


 とりあえず、初日になんとか魔力を感じ取るところまではできた。

 その後は、仕事をしつつ、隙間時間に特訓をさせられている。


 今は魔力操作の訓練だ。

 私の目の前には、茶色の魔石と呼ばれているものがあった。土属性の魔石であり、私の適正属性は土らしいので、その魔石を使っている。


 机に10センチ大の魔石を置き、左右から手をかざして、「ふんぬ~」とする。


 魔石は全然動いてくれない。

 力を込めても込めても、動いてくれる様子はない。


 そういう場合は、手を少し近づけて、「ふんぬ~」とする。

 するとカタカタカタと魔石が揺れ動いた。


 その状態で、ゆっくりと両手を右に持っていく。

 すると、魔石も追うように転がっていく。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 これで半分。

 そこから、同様に手を逆方向に動かして、元の位置に戻す。

 これで1セット。

 魔法の訓練と言っても、やっていることは筋トレみたいなものだ。馬鹿みたいにつらい。


 毎朝、起きればまず特訓。今やったような魔力特訓を行う。

 仕事をして、その途中で必ず店長さんがやってきて、私に特訓をつける。そのときは、負け残りトーナメントでやったような模擬戦が中心だ。何度も何度も吹き飛ばされ、全身が痛くなる。

 そして、仕事が終わった後も、魔力特訓を行う。


 筋肉痛や、魔力版の筋肉痛である魔力痛、そして店長との模擬戦で全身にあざができる。


 辛かった。

 痛かった。

 そして何よりつらかった。


 けれど、私は思う。

 この世界で生きていく上で、力は絶対にあった方がいい。

 平和な日本とは違うんだ。


 それに、新しいことが少しずつできるようになるのは、少し面白いと思える部分もあった。魔法という未知のものを学べるのは、単純に興味があった。


 だから、すごくつらいけど、これは自分のためになっているんだ!


 ……という思い込み。

 許されるなら本当は今すぐにやめたかった。

 でも、自分の中の気持ちを増幅させて、つらくてもやる価値があると思い込まないと、とてもじゃないけど持たなかった。


 そうして人生で最も長い一週間が終わった。





 休日となった。

 私にとっての2度目の負け残りトーナメントが始まる。


「あの! 私、頑張ったんです!」


 私は銀髪の美少女に話しかけていた。

 彼女は前と同じように、ちびっ子女神像を抱えていた。


「……何でしょう?」


「私はいなくなりません! だから仲良くしたくって……お名前、教えてもらっていいですか? 私はランプって言います! あ、でもここだとピンフちゃんって呼ばれてますけど……」


「ふん、たった一週間耐えただけでいい気にならないでくださいます? どうせ、あなたもすぐにいなくなるんですから」


 彼女はそう言って、背を向ける。

 どうやら、いなくならない証明には、一週間じゃ足りなかったらしい。


 なら、もう一週間?

 それとも、一ヵ月?

 この地獄の特訓を?

 ……無理だ。

 あともう一週間すら耐えられるとは思えない……仮に一週間を耐えられたとしても、一ヵ月は絶対無理。


 けれど、それは地獄の特訓が続くと仮定した場合の話。

 別に私が特訓を受けるとは限らない。

 そう、地獄の特訓はこの負け残りトーナメントの優勝者のみ、なのだから!


 私はギリギリ間に合った。

 一週間の修行の結果、私は一応なんとか身体強化を使えるようになったのだ! 強化倍率も持久力もゴミみたいなものかもしれないけど、私は使えるようになったんだ!


 初戦。

 私は可能性を信じていた。


 対戦相手の男と対峙する。

 私は木刀を構える。


 はじめ、の合図。


 その直後、私は身体強化を行った。

 体に力がみなぎる!

 これなら、いけるっ!


 足に慎重に力を込める。

 今までの感覚で力を込めても、前には進めない。かなり前のめりに力をかけるようなイメージで踏み込むのが正しい力のかけ方だ。


 ものすごいスピードで突っ込む私。

 同時に、そんなスピードの中でも、十分に状況を認識できている自覚がある。


 身体強化で強化されるのは筋肉だけではない。

 人間の体すべてが強化される。

 筋肉も骨も神経も。目も脳にも強化は行き届く。


 住んでいる世界が今までの自分とはまるで別だということを理解する。


「すごい、使えるようになったんですね」


 対戦相手の男は、突っ込んでくる私を見ても動じた様子はなかった。


「はぁあああっ!」


 私は木刀に力を込めて、男に向けてぶん回す!

 技術? 剣術? そんなものはない。

 ただ、力でぶん回すだけだ!



――いけるっ!!


 そう思った直後だった。


 世界の色が変わった。

 そう錯覚するほどの変化が起きた。


 一体、何が!?


 と思うと同時、男から膨大な魔力が放出されていることを理解した。


――これは……ただの身体強化?


 そう、それはただ圧倒的に強力な、身体強化だった。

 やっているのはそれだけだ。

 でもそれだけだからこそ、自分と相手の力の差をまじまじと感じ取ることができた。


――格が違う。


 そう思いながらも、私は勢いのまま木刀を相手に叩きつけた!


 木刀は顔面に吸い込まれ――そして、木刀は真っ二つに折れてしまった。


「え?」


 直後、男の体がブレる。

 同時に、私の視界がぐちゃぐちゃになった。


ダン!!


「かはっ!」


 私は背中に強い衝撃を受け、その後やっと投げ飛ばされたのだと理解した。


「武器強化……武器に魔力を纏わせるのは、まだできないようですね」


 対戦相手の男は、跡すらついていない頬を全く痛がる素振りもなく、上から見下ろしてそう言ったのだった。


「敗者、平和ピンフ!」





 2戦目。


 1戦目と同じように初手で突っ込むが……


「ウィンドウォール」


 と目の前に風の壁が現れた。

 が、そんなの関係ない! 風なんて所詮、気体。質量はほぼゼロだ。なら、身体強化で得られた速度のまま突っ切れば、私が勝つのは道理!


 しかし――



「――うわ!」


 嘘でしょ!?

 私は風の壁にぶつかって、跳ね返されてしまった。


 そして地面を無様に転がった。


「敗者、平和ピンフ!」




 3戦目。


「……えい! えい! ……とりゃ!」


 相手に攻撃する意思はないらしく、私だけが攻撃し続けた。


 相手はそのすべてを紙一重で躱していく。

 私の剣は、元の世界では考えられないほどの速度を出しているはず……なのに、まるで、当たる気がしない。

 相手は余裕だらけで、まるでドヤ顔で見せつけるように、紙一重でギリギリで躱している。最小限の動きで、躱され続ける。それがどれだけの技量に裏打ちされているのか分からなかった。


「……あれ?」


 突然、糸が切れたように、倒れてしまった私。


「グワハハハ! 平和ピンフちゃんは持久力不足だな!」


 店長さんの声が聞こえる。

 そっか、魔力が足りなくなったんだ。地面にうつ伏せで倒れたまま、そのことを理解する。


「敗者、平和ピンフ!」





 4戦目。


 なんとか立ち上がれるほどに回復はしたが、魔力の回復は間に合わなかった。頼みの綱の身体強化が使えなかった。


 そうである以上、負けるしかない。


「敗者、平和ピンフ!」





 気付いたら5戦目になっていた。

 決勝戦である。


 まずい。

 ここで勝たなければ、また地獄の特訓を受ける羽目になってしまう。


 それだけは……それだけはなんとしてでも回避しなくちゃいけなかった。


 身体強化は、使えそう。

 ならば!


 私は開始の合図とともに、しかし動かないまま、しかし身体強化をして、集中する。


――さっきまでの相手と同じことをすればいい!


 私の作戦はシンプルだった。

 さっきまでの試合は、よくよく考えると最初っから私の方から攻めていた。

 だから、この試合は逆にする。


 そして、相手は今までの私と同じように、開始とともに突っ込んできた。


――回避して、カウンターだ! 大丈夫、体の動きは見えている!


 私はカウンターを合わせるために、相手の動きを注視する。

 剣が動いた瞬間、回避しつつカウンターだ!


 剣が動いた瞬間……


 相手の木刀に集中する。

 一瞬、ブレたような気がした。


「ぎゃっ!?」


 次の瞬間、木刀が私の体に叩きこまれていた。


 いだい。

 そう思いながら宙を舞い、地面にどさっと落ちた。


「優勝、平和ピンフ!」


 ……始めてやることがうまくいくはずがなかった。

 相手の本気の木刀は、凄まじい速度だった。


 負けるべくして負けた。

 終わって、冷静に思い返すと気付く。決勝戦の相手とですら、隔絶した力の差があるということに。





 もう諦めようかと思っていた。

 無理だ。

 なんとか一週間続けてみたが、トーナメントでは全く勝てる気がしない。一週間前の私は、何も分からず負けていた。でも今は、みんなの力の一端が分かる。だからこそ、私とみんなとの間にありえないほどの力の差があることに気付いていた。


 私が負け残りトーナメントで1勝でもできる日はいつなのだろうか。

 このままやっても、ずっと先の話に思える。


 地下牢に来ていた。


「助けてフラリン、助けてよぉ……」


 私は泣いていた。

 Bランク魔物フラッフィ・マザーの前で泣いていた。

 私は彼女(?)のことをフラリンと呼んでいる。


 フラリンは、檻の中なら触手を2本伸ばし、私を包み込んでくれる。

 ふわふわでいつもあったかい。


 フラリンは私の頭を撫でてくれる。


「味方はフラリンだけだよ……」


 私は追い詰められていた。

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その勇者、未だ光魔法を使ったことなし! ~地球に帰ることは諦めて、異世界の片田舎でひっそり暮らそうと思います~ 短編書く像 @tanpenzou

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