第7話 負け残りトーナメント


 仕事が終われば、泥のように眠る。

 朝起きると、筋肉痛で体中が痛かったが、踏ん張って仕事をする。


 私は主に魔物の世話を任されていて、凶悪な魔物にも少し慣れた。


 楽しみと言えば、食事くらい? あと、フラッフィ・マザーをもふもふするとか。あー、あと睡眠だね、うん。

 お風呂? お風呂なんてものはないです。桶にお湯を入れてもらって、それで体を拭いたりするだけ。もちろん、何も楽しくはない。


 仕事が終われば、風呂に入り、ご飯を食べる。お腹いっぱいになるまで食べる。

 そして、30分くらいするとすごく眠くなるので、そのままベッドイン。ベッドの品質は……異世界基準なら十分なものなのかもしれないが、日本出身の私基準では少し物足りない感じがする。

 でも、疲れが限界の私は、ベッドインすればすぐに寝れてしまう。

 そして、次目覚めるのは、9時間後くらい? そのくらいは寝ている気がする。もしかしたら10時間以上かもしれない。そこから、二度寝をキメるので、実際はもっと寝ている。スマホもないし、やることもないし、仕事の疲れで気力もないので、プライベートな時間がすべて睡眠に消えるのは仕方のないことだと思う。


 確かに、環境は良い。

 ヨーゼフさんの言う通り、異世界にしては破格の環境なのかもしれない。

 けれど疲れすぎて、限界生活を送っていた。


 そんな日々を過ごし、ついに休日がやってきた。

 ちなみに、悲しきかな。休みは週に1度ある闘技場が休みの日だけである。しかも……


「お前ら! 楽しい楽しい負け残りトーナメントの時間だぞ!」


 と店長さんが言って来たので何が始まるんだと思ったが、どうやらこの職場では毎週休みの日に『負け残りトーナメント』なるものを開催するらしい……どんなブラック企業だよ。


 従業員は全員参加らしく、闘技場には30人くらいの人がいる。


 そして、見事に若い男ばかりだ。

 女性は私の他には1人だけ。同い年くらいかな? 銀髪の美少女、遠目からでも分かる美少女が1人だけいた。


 彼女は抱きかかえるように石像らしきものを持っている。なんだろうあれ。

 ちなみに、武器は木刀を使うらしいので、武器という線ではないはずだ……


 近づいてみると、何かが分かった。


「女神像? すごい精巧だね」


 私がそう言うと、彼女は驚いたようにこっちを見た。


 その石像は、白い空間で出会ったちびっ子女神の像だった。

 これだけ精密に作られていれば、色がなくとも間違えるはずがない。


「あなた、最近入ったばかりの新人でしょう?」


「あ、うん」


「わたくしに取り入ろうという魂胆かしら?」


「え? いや、別にそういうわけじゃ……」


「わたくしのことを調べて、一番刺さる言葉を用意した努力だけは認めてあげましょう」


 一番刺さる言葉を用意した努力?

 何を言っているの?


「よ、よく分からないけど……同年代の女の子どころか、女の子自体私たちしかいないっぽいし、せっかくなら仲良くしたいって思って」


「ふ~ん」


「ふーんって……」


「けれど、どうせすぐいなくなるんでしょう? わたくし、すぐいなくなる人と仲良くすることはしませんわ」


 銀髪の美少女の顔は、とても悲しそうだった。


「それに、嘘つきも嫌いです」


「嘘なんて……なにも」


 私がそう言うと、彼女の目が鋭く光った。


 怒り? 恨み?

 その目に込められた感情は分からなかったが、マイナスのそれであることは明白だった。


「……なんか、ごめん……またね」


 唯一の同性の子だし、できれば仲良くしたかったけど、今回はうまくいかなかったらしい。


 私は彼女から去る。

 『どうせすぐいなくなるんでしょう?』

 その言葉が脳裏に残っていた。


 なら、答えは単純だ!

 私がいなくならないことを証明すればいい。そして、彼女にもう一度話しかけよう!


 私は心の中でそう決めたのだった。





「ごめんね、ランプちゃん。本当は負けてあげたいけど、そういうことやると、強制参加させられちゃうから」


 初戦の相手はヨーゼフさんだった。


「強制参加? なんのこと?」


「ははっ、すぐに分かるよ」


 私と相手は闘技場で対峙する。

 互いに木刀を構えている。


 はじめ、の合図。


 私はどうすればいいか分からず、その場に立ち尽くす。


「ランプちゃん、悪く思わないでね」


 ヨーゼフさんはそう言うと――消えた。


 比喩でもなんでもなく、一瞬姿がぶれたと思ったら消えていた。


 本当に、視界からいなくなっていた。


「え?」


 辺りを見ると、私の後ろにヨーゼフさんは立っていた。木刀は私の首へと突き付けられている。

 50過ぎの白髪交じりのヨーゼフさんは申し訳なさそうな表情を浮かべている。


 ……何が起きたの?


「敗者、平和ピンフ!」


 店長のジャッジ。

 負けた方が言われるのは違和感があるが、負け残りトーナメントだからか。


 私は、初戦を負け進んだのであった。





 2戦目。


「ま、負けました!」


 開始と同時に私は宣言するが――


「いきなり降参は認めてないんだ! 戦って負けなさい!」


 と店長に言われてしまう。


 仕方ないので私は木刀を持って、相手へと駆ける。

 勝てる気がしないが、走っていく。


 そして、木刀を相手に向かって振り下ろす!


 ……が、相手は私にも十分見えるくらいの最小限の動きで紙一重で躱し、すれ違いざまに、足をかけてきた。


「ぐえっ」


 私は何もできず、地面にダイブしてしまった。


「敗者、平和ピンフ!」





 3戦目。


「ウォーターバインド」


 開始早々、魔法を使われた。

 どこからか水の輪が出てきて、私の体をミノムシのように縛り上げた。


 そして何にもできずに地面を転がるのだった。


 「敗者、平和ピンフ!」





 4戦目は嫌な奴だった。


 相手は攻撃する気はないらしく、仕方ないので私から攻めた。攻め続けた。


 木刀を一生懸命に振ったが、相手はあくびをしながら、木刀を合わせ続ける。


「負けました! 負けました!」


 そう何度も言っているのに、店長は私の負けを認めてくれなかった。


 そして100合くらいやったんじゃないかというときに、やっと解放された。


「敗者、平和ピンフ!」





 5戦目。


 開始早々、相手の木刀が私の腹に直撃し、吹き飛ばされた。


 痛かった。

 思えば、今までは私に傷はなかった。

 初めて直接ダメージを負ってしまった。


「優勝、平和ピンフ!」





 分かっていたことだが、私は負けに負けた。

 5連敗。

 そして、負け残りトーナメント優勝した。


平和ピンフちゃん、優勝おめでとう!」


 目に大きな傷のある店長さんが、見たこともないような笑顔でそう言ってきた。


「あ、ありがとうございます?」


「ガハハハハハハ! 優勝景品は、『店長特製、俺の考えた最強の特訓』だ! 泣いて喜べ!」


「ははは、ありがとうございます~」



 昼ご飯を食べた後、特訓となった。

 服装はメイド服のまま。実はこれ、店長が考案した戦闘にも使える服らしく、今も着させられている。ちなみに、もう一人の銀髪美少女はメイド服を着てくれないそうで……


「メイド服は平和ピンフちゃんだけだから! これは気合が入るなぁ!」


「はぁ……」


「メイド服の女の子が実はめっちゃ強いって、なんかこう心に来るものがあるよな!」


「さいですか」


 誰もいない闘技場。

 今日は初めての休日なはずだった。

 なのになぜ私はヤクザ顔のおっさんと一緒にいるのだろう?


 太陽は一番高いところにあって、カンカンとした日差しが照り付けてくる。


平和ピンフちゃんはダメダメだが、一番ダメなところは一切魔力を使おうとしないところだ!」


「は、はい!」


「今までどうやって生きてきたか疑問に思うくらいだな!」


「そ、それは……」


 今までは魔力のない世界で生きてきたし。


「まあいい。まずできるようにならないといけないのは、身体強化だ! これができないと、人権がないっていうレベルだぞ!? とある地域では成人までにある程度の身体強化ができなければ、奴隷として売り飛ばすという風習があるくらいの技術だ!」


 まじかぁ。

 私、人権ないのか……


 確かに今までの面接でも、そうなんじゃないかと察していたところもあったけど。


「まあ、俺の特訓について来れば、すぐに使えるようになる!」


「お願いします! 店長さん!」


 店長さんが教えてくれるなら、願ったり叶ったりだ。


 そして、これが地獄の始まりでもあったのだ。

 私の特訓の日々という名の地獄が始まってしまったのだった。



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