第6話 異世界のお仕事


 薄暗い部屋で二人の男女が話していた。


「理論上最強の勇者ってどんな存在だと思う?」


 男が問うと、女は軽く笑った。


「簡単よ。まず、今まで魔法、魔力そういったものに全く触れてこなかった人間を勇者にするでしょ? そうすれば肉体スペックは最強。あとは、修行でもさせてればいいんじゃない?」


「はは! 道理だ。しかし勇者は勇者であるが故、光魔法に頼ってしまう。だが、光魔法の力はいくら鍛錬しても、伸びしろは少ない」


 男は言った。

 女は笑う。


「なら、光魔法を使わず、修行すればいいのよ。そうすれば最強よ」


「道理だ」


 だが、実際には、光魔法の誘惑を断って修行できる勇者など皆無に等しい――男は内心そう思った。





 目が覚めると知らない天井だった。


 異世界生活2日目。

 無事、朝を迎えられた。

 とりあえず寝込みを襲われるようなことはなかったということで、そこは一安心かな?


 あてがわれた部屋は案外悪くない部屋だった。

 そこそこのベッドと小さなテーブルと椅子が置かれた一人部屋だった。

 タブレットの常識によると、剣術道場で私の狙っていた待遇よりも、むしろ良いくらいのものに思える。


 ベッドから起きて、服を着る。

 日本の制服ではなく、店長から支給されたものだ。


 それは……メイド服だった。

 しかも、日本でよくあったようなコスプレ用の見せることを考えたデザインな気がする。


 ウエストがしっかり巻かれ、ボディラインがしっかり出てしまっている。

 唯一の救いはスカート丈が膝くらいまであることぐらいか……


「よし!」


 綺麗な姿見の前で、服装をチェック。

 初めてのお仕事頑張ろう!





 仕事を教えてくれるのは50くらいのおじさんだった。


「君が新人君かい?」


「は、はい。ランプって言います」


「ランプちゃんね、この職場は女の子がほとんどいないから、嬉しいよ。あ、僕はヨーゼフだ。気軽にヨーゼフと呼んでほしい。いつでも助けになるから」


「あ、ありがとうございます」


 店長は怖そうな人だったけど、ヨーゼフさんは優しそうで良かった。


「この職場はすごくいい環境なんだ。毎週休日があるし、一日の労働時間も街の仕事に比べればだいぶ短い。給金だって悪くない」


「へー」


「それにランプちゃんは住み込みってことは、もう自分の部屋はもらったのかい?」


「は、はい」


「なら気付いただろう? 部屋の良さに」


「思った以上にいい部屋だと思いました!」


「そうだろう? 貴族に使える使用人レベルの部屋だ。それに毎日の食事だって、なかなかのものをお腹いっぱいに食べることができる。毎日風呂に入ることもできる。素晴らしいだろう」


「本当にそうですね! ここで働けて良かったと思います!」


「そうだろうそうだろう」


 ヨーゼフさんは、ニコニコと嬉しそうに頷いている。


 あれ?


「でも、よく考えたら、ここって万年人手不足って言っていたような……」


「……」


「あの……」


 見上げると、さっきまでニコニコとしていたはずの顔が無表情になっていた。


「ヨーゼフさん?」


「あー、ごめんね。そう言えば、ランプちゃんは、強いの?」


「強いって……麻雀ですか?」


「違う違う、腕っぷしだよ。戦った時に強いか弱いか」


「……弱いと思います」


 剣を運べずに驚かれて不合格になるくらいには弱い。


「そっかぁ、それならちょっと苦労するかもね」


「え?」


「あ、でも安心して。別に命の危険のあるようなことじゃないからさ」


「それってどういう――」


 私はそう聞こうと思ったが、ヨーゼフさんは、先で鉄格子の扉を開けた。


「――さあ、雑談はこのくらいにして、仕事の説明をしようか」



「ランプちゃんに覚えてもらいたいのは、まずこれだ」


 連れてこられたのは地下にある薄暗いところだった。

 ちなみに、メイド服は速攻で着替えさせられた。最初の仕事はそれ専用の仕事着でやるらしい。この服、なんか臭いんですが……


 ここはおそらく地下牢という奴だろう。

 それぞれの部屋が、金属の檻で分けられている。


 近くの方には誰も何も入っていないが、奥の方からは何か唸り声のようなものが響いてきている。


 コツコツと2人で石の道を歩いていく。

 その正体が見えてきた。


 ……なんだ、あれ?


 鋭い眼光が光った。

 白い牙、2メートルはありそうな巨大な体躯が露わになる。


「ば、化け物……」


 私は足が竦みそうになるのをぐっとこらえた。


「あれはCランクの魔物、ビッグ・ラクーン。通称、人喰いタヌキ」


 ひ、人喰いタヌキ?


「ガウガウ、ガウ!!」


「ひぃっ!」


 今度は後ろから何か恐ろしい声を聞こえてきた。

 振り返ると、そこには真っ黒な犬? 狼? がいた。


「そちらは、Dランクの魔物、デビル・ドッグ。通称、暗殺犬と呼ばれる魔物だね」


「へ、へー」


 視線を動かすと、さらに奥の方にも、何体かいるようにみえる。


「えっと、それで私に何をやらせようと」


「魔物の世話かな。これなら力がなくてもできるし」


「せ、世話?」


「そう。餌やりと、掃除をしてほしいかな」


「へ、へー」


「この仕事は危険もないし、力もいらない。少々臭いのは女の子にはちょっとつらいかもしれないけど、逆に言えばそれくらいしか辛いところはない、比較的、楽な仕事だね」


「そ、そうなんですね……」


「ただ、檻に近づきすぎると魔物の爪が当たるかもしれないので、気を付けてね。過去にはそれで死んだ奴もいた」


 危険がないとは一体……

 とはいえ、確かにちゃんと気を付けていれば危険は皆無というのも理解はできる。魔物は檻を突破できる様子はないし。


 そうして私の異世界初めての仕事――同時に人生初めての仕事が始まったのだ。



 *



 魔物の世話と言っても、檻の中に入っては食い殺されてしまう。

 そのため、檻の外側からうまくやらなければならない。


 ヨーゼフさん曰く、まず餌やりをして、魔物が食事をしている間に掃除をするのがいいらしい。


 私は台車を使って、餌と水を運ぶ。

 魔物ごとにどれだけの餌と水とやればいいのかは、決まっている。


 しっかりと計量し、檻の中にその魔物の一日分の食糧と水を入れる。


 そして魔物が餌に夢中になっている間に、用具だけを檻の隙間から入れて魔物のトイレを引っ張る。そして汚物を回収していく。

 トイレじゃないところにフンがある場合は、掃除用具を檻の隙間から入れて回収しないといけない。


 汚物の回収が済んだら、トイレを元の位置に戻した後、モップを使って床の清掃を行う。


 ここまでやって、やっと1体の世話が終わる。

 魔物の数は、いつも10体~20体ほどいるらしい。


 つ、つらい。

 なんで人手不足なのか、その一端を理解したような気がした。





 ついに最後の1体になった。

 68番牢にいるはずだけど……


 ん? いない?


「ふぃー! ふぃー!」


 と鳴き声(?)が上からしたので、見上げると、なんかいた。


 真っ白の毛玉……

 そう、それは2メートルもある白い毛玉であった。


 でも、怖くない。

 そんなバカでかいのに、むしろ可愛らしいと思う。


「かわいい魔物もいたんだね。種族、フラッフィ・マザー?」


「ふぃー! ふぃー!」


 鳴き声も可愛らしい。


 と思っていると、フラッフィ・マザーは降りてきた。

 ぽすっと着地する。

 そのつぶらな瞳は私を見ていた。


「え?」


 フラッフィ・マザーから手のようなものが2本生えて、檻の隙間から出てきた。

 ……その手、どこに隠してた??


 というか、え、これ逃げた方がいい?

 と一瞬迷った。


 すると、もう私の手はもふもふの中にあった。

 フラッフィ・マザーの手のひらに包まれていた。


「ふわふわ。あったかい」


「ふぃー!」


 この子は、他の魔物とは違うように思える。

 そう、怖くない。

 体はおっきいけど、それだけだ。


「ふぃーふぃー!」


「うん、今日からよろしく」


 なんて言っているのかは分からないけど、私はそんな風に答えた。


 もしこれで、奇跡的に会話が成りなっていたら、面白いな。

 そんな風に思った。





 魔物の世話の仕事は終わった。

 臭いがひどいので入念に水浴びをしてから、メイド服に着替える。すると時刻はすでに15時を回っていた。


「ご、ご飯をいただけないでしょうか……」


 食堂でそう言うと、食堂の人は困ったような顔をした。


「もしかして新人のピンフちゃん?」


「あ、はい……」


 本当はランプなんだけど、ツッコム気力もない。というか、ランプという名前にそこまで愛着はないし、もうピンフを名乗ってもいい気もしてきた……


「ご飯はないけど、パンでよければ」


「あ、はい。お願いします」


 そう言えばそうだった。ここはパンが主食の地域だった。


 ちなみに食事はなかなかおいしい。

 昨日の夜も、品数こそパンとメインだけだったが、量も味も十分満足できるものだった。


 今回もコンソメスープとパンだけとは言え、今の私には最高の食事だった。


「あ、いたいた。ランプちゃん、早くも失踪したかと思ったよ」


「え、なんでですか?」


「今までは何をしていた?」


「言われた通り、魔物のお世話をして、その後水浴びしてってだけですけど?」


「それで、こんなに? ……まあ最初はそんなもんか」


 とヨーゼフさんは言う。


 何? 遅いって?

 確かに、途中から台車押すのも一苦労なくらい疲れていたけどさ。


「ランプちゃんには、次は、フラッフィの世話をしてもらいたいところかな」


「フラッフィ? それならさっきしましたよ?」


 フラッフィ・マザーという魔物の世話をした。


「そっちじゃなくて、空気を綺麗にするためにいろんな場所に置かれているフラッフィのこと。ほら、あそこにいるのとか」


 ヨーゼフさんが上の方を指さす。

 鳥かごの中に、小さな白い毛玉がいた。

 見た目は一緒だけど、大きさが全然違う。こっちは、30センチくらい? もっと小さい? くらいしかない。


「あれがフラッフィ?」


「ええ、そうですよ?」


 っと、フラッフィはどうやら常識らしい。


「もしかしてあんまり詳しくないんですかね? 確かに街中では見ないかもしれしれないねぇ」


 私はとりあえず頷いておく。


「フラッフィはスライムの変異体で、勇者の持つ光の魔力に当てられて突然変異したと言われているんだ。昔の勇者様がスライムをパーティメンバーにして、いろいろあって、突然変異したとか」


「へー」


「ついでに言っておくと、牢にいるフラッフィはフラッフィ・マザーという魔物でBランクの魔物です……もしかしたらマザーの触手が檻から出ていたかもしれませんが、気にしないでくださいね。フラッフィ種は人間に友好的なので」


 なるほど。

 触手が出ているどころか、体を包まれちゃったけど、そんなに友好的な魔物もいるんだね。





 そんな感じで、一日が終わった。

 魔物の世話はつらい仕事で、人が辞める理由も分かった気でいた。


――ただ、このときはそう錯覚していただけだったのだ。人が辞めていく本当の理由。それはまったく別のところにあったのだ。

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