第5話 最後の剣術道場は裏闘技場でした
最後の希望。
13個目の剣術道場。
そこは、意外にも煌びやかな場所だった。
明かりが色とりどりに光り、辺りを照らしている。
……剣術道場?
今までのそれとは雰囲気が違うような。
しかも、なぜか入り口には、石像が置かれている……
これどうみてもちびっ子女神だよね。なんでこんなところに?
いろいろ疑問を感じながらも中に入ってみる。
運動場のような場所には誰もいない。
本当に剣術道場かな? 今までの剣術道場なら入ってすぐ素振りしている人がいたり、そうじゃなくても剣を持っている人はそこらへんにいたのに、この道場には剣どころか人の影すらない。
ただ、奥の建物からは眩しい光が漏れている。
あの中には誰かいるだろう。
運動場の中を通り過ぎ、建物の中に入ってみる。
すると、人がいた。沢山いる。人、人、人、熱気がすごい。
「らっしゃい.次は、青き総帥カイゼンVS三本の剣リーダー、マイクっすよ」
受付らしき気だるげな兄ちゃんは、そう話しかけてきた。
「あの、私、剣術道場で働きたくて来たんですけど……」
そう言うと、その兄ちゃんは不思議そうな表情をする。
「剣術道場? ここは闘技場っすよ?」
「え?」
すると、隣の受付の人が会話に入ってきた。
「あれだ、ここって表向きは『ハイネー剣術道場』ってことになってるから」
「あー、っすね」
「とりあえず、店長がどう言うか分からないし、受けてみれば? 剣術道場の方は分からんが、裏闘技場の方は万年人手不足だし」
裏闘技場……
その言葉に、この熱気の理由を知った。
ちょっとこれは本当に来てはいけない場所にきてしまったかもしれない。
いやでも、どうせこのままなら野宿だし……話だけなら聞いてみてもいいかもしれない。
「店長はいつもなら、第37ルームにいるはずだから」
受付の人は、奥の階段を指さす。
「そこに行けばいい感じですか?」
「そうそう、アポとかいらないから」
「そうなんですね。ありがとうございます」
私は階段を上っていく。
ん~と、第37ルームは、ここを左かな?
そうして、第37ルームにたどり着いた。
すごいゴージャスな感じだけど、合っているはずだ……
私はコンコンとノックした。
どうぞ、と中から返答があった。
「失礼します」
私は扉を開けて中に入った。
一人の男が近づいてくる。
「えと……店長さんですか?」
「僕は店長じゃないよ、店長はあそこ」
男が指さす先を見る。
そこには男4人が麻雀をしていた。
隣はガラス張りになっていて、闘技場の様子を一望できるようになっているが、誰一人として興味がないらしい。手元の麻雀牌にしか目が行っていない。
……というか、異世界に麻雀? ちびっ子女神はここ100年転移者はいないといってたけど、それより過去には地球からの転移者がいたんだろうか。
そもそも日本語に言語が統一されている時点で、昔に日本人がいたのは確定かも。
「店長に話があるなら勝手にどうぞ」
男はそれだけ告げると、私から離れていった。
つ、冷たい……店長が誰かくらい教えてくれてもいいじゃん、とも思ったが、もういいや。
私は、麻雀卓へと向かう。
この4人の誰が店長さんなんだろう?
うち1人は目に大きな傷がある怖い感じの人だった。この人が店長さんじゃないといいな……
「あのー」
私はそう言ってみたが、誰にも届かなかったらしい。
「ロォオオオオオオン!」
目に大きな傷のある男は、大声で何かを叫ぶ。
「
「うわー」「お前、そんな大声出すなら何かと思ったら、
何やら、盛り上がっているご様子。
私はもう少し待ってから、声をかけようかと思った。
「それで何か用か!?」
と、傷の男は言った。
いや、聞こえていたんかい!
「あ、えっと、店長さんってどなたですか?」
「俺だが!」
と答えたのは傷の男。
一番怖い顔の人が店長だった……
どうしよ。帰りたい……
これ絶対、お近づきにならない方がいい感じの人でしょ。
「おい、どうした!?」
固まった私の顔を店長さんはのぞき込んでくる。
帰ろうかとも思ったが、そもそも帰る場所なんてなかったことを思い出す。
「えっと、は、働きたいです?」
「おい、なんで疑問形なんだ!?」
それはあなたの顔が怖いからですと言えるはずもない。
「……」
「なんで黙る!?」
「ご、ごめんなさい!」
「なんで謝る!?」
「えっと、えっと……」
「働きたいのか! 働きたくないのか! 早く言え!」
店長が大声で言ってくる。
働きたいのか、働きたくないのか。
冷静になればこの状況で選択肢などなかった。
私は意思を強く持って、言った。
「働きたいです!!」
「よし! よろしく!
店長が大きな手を差し出してきた。
握手だろう。
私も手を出す。
「いぎぎぎぎぎっ!? いだいいだいですって!」
「ははは!
いや、ほんとにまじで痛いんですけど!?
手が解放されても、まだ痛む。これ手が折れてても不思議じゃないレベルなのでは……
床で悶えていると、少しずつ痛みは引いてきた。
立ち上がると、店長はさっきと同じように麻雀をしていた。
「あのー、私は結局採用されたってことでいいですよね?」
試験もなく、冗談みたいな力で手を握りつぶされそうになっただけだ。
就活12連敗の私が本当に働けるのか、不安だ。
「だからよろしく!」
「えっと、それはつまりここで働かせてくれるという?」
「ああ!」
「私、非力で剣もまともに持てないんですけど……」
「いいよ! いいよ! 伸びしろがあっていいじゃん!」
「本当に?」
「だからそう言ってるよな、俺!」
と店長が大声で言った。
どうやら、本気で私を採用してくれるようだ。
「あ、はい。ありがとうございます」
「そんじゃ明日からよろしく
……ピンフちゃん?
「ピンフちゃんというのは?」
「麻雀の役の名前だ! 俺が
「私には一応、ランプっていう名前があるんですが……」
「ランプもピンフも似たようなものじゃないか!? ガハハハハハハ!」
「た、確かに……」
私は同意した。
いや、そこは頷いちゃあかんやろ!? みたいなツッコミが来るかもと思ったが、麻雀卓に座る残りの3人は私たちの会話に入る気はないらしい。
「店長の番だぞ」
3人は麻雀にしか興味はないようだ。
店長は麻雀を再開する。
カチャカチャと麻雀の札がぶつかる音がする。
……。
実はまだ、聞かなければならないことがある。
……。
隙を見て店長に尋ねてみる。
「あの、店長さん……私、実は寝る場所もなくて。できれば住み込みで働かせてほしいんですけど」
「まじかい!? 家出少女だったりするんか!?」
と店長。
家出……と言えば、家出と言えるかもしれないけど。
でも家出って普通自分の意志で家を出ることだよね?
私の場合は強制的に家出をさせられたわけで。となると誘拐と言った方がいいかもしれない。
「部屋は空いてるはずだから、大丈夫! 後で案内してやるよ!」
「あ、ありがとうございます」
なんというか、今までの12連敗が嘘のように、トントン拍子で決まってしまった。
と、ほっと一息ついたところで、今更なことに気付いてしまった。
――これって裏闘技場のスタッフとして雇われたってことでは……
さっきの受付の人の言葉を聞く感じ、裏闘技場で雇われたっぽいよね……
きっと、いや絶対そうだ。
まあ、寝床がちゃんとあるわけだし、剣術道場も裏闘技場も似たようなものだと信じたい。
もちろん、不安だらけだ。
まともに仕事の説明をされてなかったし、どんなことをするんだろう?
ま、まさか、私を裏闘技場に出場させたりしないよね?
いや、流石にない、ないはずだ。
だって私は剣もまともに持てないくらい非力だって伝えたし……
仕方ない。
例え、裏闘技場に出場して、もし身に危険が迫っても、私が死ぬことはないし、どっしり構えていこう。
魔王以外から致命傷は、自動回復するのだから。そういうルールだから。
もちろんそうなれば、勇者バレしてしまうが、それはもう運がなかったということで……
そもそも、最善は尽くしたんだ。
すべての剣術道場を受けた。それでも採用されなかった。
なら、裏闘技場で雇われるのも仕方ない。
それどころか。
こんなか弱くてなんもできない女を採用してくれたことに感謝すべき……なのかもしれない。
はぁ。
とりあえず、店長が後で案内してくれるらしいし、ここで待っていなければならない。
どうすればいいのか分からず、私は店長の近くで麻雀を観戦したり、闘技場の試合を見るのだった……
そして、私は1つ重大なことに気付くのだった――
――異世界の剣、動きが速すぎて、ほとんど目で追えないんですけど!?
人の動きならかろうじて目で追えるが、剣の動きは残像すらまともに見えなかった……そう言えば、剣術道場で素振りしていたマッチョたちの剣の動きもなんも見えなかったし。
え、でも、観戦している人たちは見えているんだよね!?
異世界の人たちの目、どうなってんの!?
内心ツッコまざるを得なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます