第4話 初めまして異世界。就活ってこんな大変なの?


 私は今、絶望していた。

 さっきまではあんなに世界は輝いていたというのに……


 街の端の方へ歩いていく。

 だんだんと人通りも少なくなっていく。

 日はすでに傾きかけていて、空を赤く染め上げている。


 12連敗。

 12連敗だ。

 ここまで来たら意地でも最後までやり抜くつもりだが、どうせまたダメなのだろう。私の足取りは鉛のように重い。


 ふらりと後ろを振り向くと、活気ある街並みと、私の長い影が見えた。

 都落ち、そんな言葉が脳裏をかすった。


 どうしてこうなってしまったのだろうか。

 私は今日あった出来事を振り返る。 



 *



 気が付くと、真っ白な空間ではない、色付いた世界に私はいた。


 ……ここが異世界。


 日本とは雰囲気の異なる街並みだ。


 この転移した場所のちょうど目の前には、剣を地面に突き立てている男性の像があり、ここはちょっとした広場のような場所なのかな?


 私の第一目標は、勇者の力を使わずに生活基盤を整えることだ。

 そのためには、私は異世界からやってきた勇者ではなく、どこにでもいる普通の女の子でなければならない。


 と。

 ずっと像の前で立っているのも変に思われるかもしれないので、とりあえず周りに合わせるように歩き出す。

 なるべくきょろきょろと周りを確認しないように、毎日ここを歩いている人かのように、歩いていく。


 ……やっぱり、日本とはまるで違う。

 地面はアスファルトではなく石畳だし、道行く人も全然違う。青や赤といった髪色、服装も日本ではお目にかかれないようなものばかりだ。

 建物もどこか趣のあるものだ。中世ヨーロッパ風っていうやつなのかな?


 その中で私の姿は少し浮いているかもしれない。

 日本では一般的な制服姿で、足はローファーと長い黒のソックスを履いている。

 さっきから道行く人が私の方を見ているように感じるのは、きっと気のせいじゃない。


 空を見上げると青く澄み渡っていて、異世界でも空は変わらないようだ。

 太陽の位置も高く、まだまだ日が沈むまでに時間はあると思う。


 とはいえ時間を無駄に消費するほど余裕があるわけではない。

 今日はすべきことがある。

 仕事を見つけ、寝床も見つけなければならない。


 もちろん、勇者であると言えばどうとでもなるとは思うが、私は勇者であることを使うつもりはない。


 つまり今いるのは、無一文のか弱い女の子というわけだ。


「うまくいくといいんだけど」


 タブレット情報でこの街【ソードマンの街】の地図はおおよそ把握している。剣術道場の場所も。


 最初に転移された場所に石像のある小さな広場があった。

 あれは三代目剣神の像だろう。

 分かりやすい場所に転移してくれて助かった。


 私は広場からまっすぐ歩いてきた。となると、一番近い道場は……

 地図を頭の中でイメージする。


 あとはここを左に曲がれば……


 あった。

 『バーン剣術道場』と書かれた建物を見つけた。


 とりあえず、剣術道場の違いなんて分からないので、正直どこでもいい。片っ端から「働かせてください!」と言えばなんとかなると信じている。


 私は剣術道場の門を通る。

 中に入ってみると……広い。運動場のような場所で、剣を持った人たちが、一斉に素振りをしている。


 きれいに整列していて、みんな同時に剣を振る。

 うわぁ……体育会系って感じ。

 ちょっと来る場所間違えたかも。


 そんな風に思いながらも、私に選り好みしている余裕はない。

 働きたい場合どうすればいいのか分からず、ぼーっと立ちぼうけていると、私に話しかけてくる人がいた。


「見学の方かな?」


 40代くらいの優しそうなおじさん……髪の色も赤茶で派手ではない感じの人が話しかけてくれた。


「えっと、ここで働かせてください!」


 私は頭を下げて、そう言った。


「あー、商業ギルド経由かな?」


「え? いえ、ここに直接……」


「あ、そう」


「えっと、商業ギルド経由じゃないとダメでしたか?」


「あ、いやいや。問題ないよ。もうすぐ大戦が始まる時期だし、剣術を習いたい人がたくさん来ているからね。できれば一緒に働いてほしいかな」


 と、おじさんは言う。


 よしよし。

 心配は杞憂だったかも。

 『一緒に働いてほしいかな』なんて、いきなり勝ち確定演出ですね、ありがとうございます。


 そんな風に思っていると、


「一応、軽く試験をして、それをクリア出来たら合格ね」


 とおじさんは言う。

 さっきの口ぶりから、すでに採用が決まったのかと思ったけど、試験はあるらしい。


「若い女性がいるとみんなやる気を出すからさ。君は言葉遣いも態度も問題なさそうだし、最低限のことができればオッケーということで」


「分かりました」


「ついてきて」


 そう言ったおじさんについていく。


 広い運動場のようなところでは、剣を高速で振り下ろし、また構え、振り下ろすというのを繰り返す上半身裸の男たちがいた。な、なるほど、これが異世界の剣術道場……なんて素振りの速さだ。

 私とおじさんはその横を通り過ぎ、建物の中に入る。


 事務室のような場所を通り過ぎて歩いていくと、おじさんが話しかけてきた。


「そう言えばまだ名前を聞いてなかったね。私はノギール。君は?」


「あ、えっと……」


 そう聞かれた時、私は自分の名前をどうするのかまるで考えてなかったことに気付いた。


 本名は三島灯理。捻らずいくならアカリだけど……私は勇者であることを隠すつもりだ。徹底するなら、日本人っぽい名前も避けた方が無難だろう。


 あかり……英語にするとライト?

 でも、ちょっと男っぽい?


「どうかしたかな?」


 黙ってしまった私に、おじさんが聞いてきた。

 や、やばい!

 名前を答えるのに考えていたら不審すぎる! な、なんか言わないと!


「ら、ランプです!」


 咄嗟にそう答えた。


 ランプ。

 『あかり』を英語にするとライトだけど、ランプと言ってもいい。

 その言葉が脳裏に浮かんで咄嗟に言ってしまったが――


「ランプさんね」


 おじさんはそう言った。

 特に何かしらの反応はなかった。

 ふぅ……どうやらランプという名前はそこまで変なものではなかったらしい。


「ほら、着いたよ」


 やっぱり、おじさんが名前について考えている様子はない。


 そして、着いた場所は倉庫らしき場所だった。

 剣や鎧などが大量に置かれている。


「じゃあこれを運んでみてくれるかな」


 剣がいっぱいに詰まった箱を指さす。

 多分20本くらいある?


「この箱を、この台車の上に運んでくれるかな。このくらいの作業はよくやることになると思うから」


 とおじさんは言う。


 てくてくと歩いて、箱の前に立つ。


 目の前で見ると、なかなかの重量がありそうに見える。

 剣とはつまり、金属の塊だ。

 それがたくさん詰まった箱……あんまり持てる気がしないんですが。 


「ちょっと重いかもしれないけど、慣れたら全然大丈夫になるからさ」


 黙って突っ立っている私に対しどう思ったのか知らないが、おじさんはそう言ってくる。


 ……ちょっと重いかも?

 その言葉信じちゃっていいんだよね?


 私は、その箱を持とうとした……


「えっ!?」


 私の力ではびくともしなかった。


 下の方を見てみる。


「これ、床と固定されているってことはないですよね?」


「……え? 普通においてあるだけだけど」


「で、ですよね」


「もしかして、これすら運べない?」


「い、いえ、そんなことはないです!」


 『ちょっと重い』って言ってたし、持てるはずだ。

 私はしっかりと箱を持ち、全身に力を込めた。


「ふんっ! ふんー! ふーっ……」


 無理。

 手、痛い。

 びくともしないんですけど??


 おじさんの表情を見ると『え?』みたいな顔をしている。

 ま、まずい。

 なんとかしないと。

 あ、そうだ!


「なら、ん~~~!!」


 私は作戦を変える。プランB、横から箱を押す作戦だ。

 とりあえず、岩のように重い箱を台車のそばまで動かそうとした……


 しかし。

 私の全体重を込めたにも関わず、動いてくれなかった。


「はぁ、はぁ、はぁ……仕方ない」


 プランC。

 私は剣を一本ずつ持って行くことにした。


「お、おもいぃ」


 なんとか一本引き上げて、引きずって運ぶ。

 たった一本でもこの重量。そりゃあ、私の体重をかけても動いてくれないわけだ。


「はあはあ……」


 そんな風に思いながら、1本、剣を台車の横まで持っていていく。

 ふぅ、なんとかできた。


 これをあと何セットやらないといけないのか。気が遠くなりそうだが、やるしかない。

 私は2本目に手を出した。

 くっ!

 力がっ……! さっき1本運んだ時に力の大半を持ってかれたのだろう。もう力が入らない。


「ふん、ふん、ふぅうううん!」


 私は力を込めて、どてんと倒れこむ。

 どうだ! なんとか一本、剣を箱から出すことができた。あとはこれを運べば……


 そうして、なんとか2本目も台車の横まで運ぶことができた。


「さ、三本目……っ!」


 私はこれをクリアして仕事にありつかねばならない。

 そう力を振り絞って一歩を踏み出した。


 その時だった。


「えっと、不合格だからね」


「えっ!?」


 おじさんに不合格を突き付けられたのだった。





 私は不合格に不合格を重ねた。

 計12連敗。

 【ソードマンの街】にはたくさんの剣術道場があるといっても、有限だ。計13個もあったはずなのに、今や『13個も』ではなく『13個しか』としか思えない。


 すでに日は傾き、空は赤い。

 今日はきっと野宿になるだろう。

 そう分かってはいても、意地なのか、ヤケクソなのか。


 私は最後の剣術道場へと歩いていくのだった。

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