第3話 新天地を決めよう
メガネの男の質問が終わったタイミングで私は質問しようと思ったが、別の人に先を越されてしまった。
「うちからも質問ええかな?」
「はい、どうぞ」
私と同い年くらいの女の子はわざわざ立ち上がる。
露わになったのは足。
制服姿なのは私と同じだけど、そのスカート丈の短さはマネできない……
……このくらい短い子は私の学校にもいるけどさ。恥ずかしくないの? っていつも思う。
「『勇魔大戦のルール』ってところ読んだんやけど、これが異世界の常識なん? こんなルールみたいなのが常識なのは違和感があるんやけど」
とその子は言った。
意外にも、まともな質問をした関西弁少女。ナイスだよ。そこは私も違和感があったんだ。
「はい、そうですね。教会関係者――神父とかですね。その人たちにとっては常識です。実はルールは私の方から【聖女】に教えています。この勇魔大戦も500年以上ずっとこのルールでやってるので、本にもしっかり書かれていますし、一部の人たちの間では常識でもあります」
とちびっ子女神は答える。
「【聖女】? なんやそれ?」
「あなた方の世界の言葉で言うと、『預言者』と言った方がいいかもしれません。神の言葉――つまり私の言葉を代弁してくれる人のことです。戦闘方面では回復魔法が得意という程度でしょうか。勇者様のように特別な力があるわけではないです」
勇者には光魔法という特別な力があったが、聖女にはそういうものはないと。
そして、関西弁少女が「ありがとうございました」と言ったところで、私はすっと手を挙げた。
「また私から質問いいですか?」
「はい、いいですよ」
「『勇魔大戦のルール』に『勇者とは光魔法を使うことができる存在のことである。光魔法を使わなければ一般の人族と何も変わらない』って書いてありますけど、この何も変わらないというのはどの程度の話ですか?」
私は質問した。
光魔法を使わなかったら、勇者とバレるのか? バレないのか? そういうことを聞きたかった。
「ん~、本当に何も変わらない、文字通りの意味です」
しかし、うまく伝わらなかったらしい。
「すみません、聞き方が悪かったです。光魔法を使わなければ、勇者とバレませんか?」
そう問い直すと、ちびっ子女神は笑顔で頷いた。
今度は伝わってくれたようだ。
「状況にもよりますが、普通はバレますよ! 光魔法を使用後は多かれ少なかれ光属性の魔力の残滓がありますし、それは体の中にも残っています。とある瞬間に光魔法を使ってなくても、勇者なら普段から光魔法を使うことになりますので、体内の光魔力からバレちゃいますね。状況証拠的ではありますけど」
とちびっ子女神は答えた。
なるほど。
普通はバレると。
じゃあ……
「もし仮に、今まで一度も光魔法を使ったことがない勇者がいたとしたら、どうですか?」
私は真剣なまなざしで女神を見つめる。
女神の表情は変わらない。
外見は小学生にしか見えないのに、小学生とすると違和感のあるような余裕を感じさせる微笑みを浮かべている。
そして、その唇が動く。
……さあ、勇者であることを隠せるのか?
教えて――
「人間相手ならバレることはないと言い切ってもいいくらいですね。神である私でも、勇者が誰か知らなければ、簡単には分からないと思いますし。まあ一度も光魔法を使ったことがない勇者なんてありえませんけど……そうですね、現実的な話をすると、一ヵ月ほど光魔法を使わなければ人間相手にはほとんどバレることはないと思います」
――なるほど。
知りたい情報は得られた。
「ありがとうございます!」
私は頭を下げて感謝の意を伝えた。
そして、この時点で方針は確定した。
私の方針とは――
――勇者であることを隠して生きていく。
大戦のルールは生き残りサバイバルだ。
いかに勇者を生かし、魔王を殺すか。
魔族視点で言えば、いかに魔王を生かし、勇者を殺すか。
つまり、自分が勇者であるというだけで、魔族が、魔王が、私を狙ってくる。
そう。
だから。
生き残ることに全力投球するなら。
勇者であると悟られてはダメだ。絶対にバレないように、一般人として生きていかねばならない。
そのために……転移先の変更は必須。
もし仮に光魔法を一切使わないとして、それでも勇者とバレる可能性はある。
私は周りを見た。
白い空間に学校の机と椅子が浮いているように並んでいる。
ここにいる65人全員――私を引けば64人が私を勇者だと知っている『リスク』となる。
だからこそ、私は私を知る人がいない場所にいかなければならない。
デフォルトでは神聖国首都『神の都』に転移するようになっているし、ほとんどの人は変更しないだろう。
つまり、どこか別の場所を転移先として決めなければならない。
……とはいえ、まだ時間はある。
先に、タブレットの情報を一通り、軽くでいいから見ておく。
まずは、3つ目の項目『戦闘力について』。
異世界では、戦闘力の評価をS、A、B、C、D、E、F、Gで評価する。
魔力を使わない一般男性の戦闘力がF。普通の人が冒険者や兵士になった場合、Cランクが一つの限界らしい。B以上になるには才能もしくは幼少の頃からの英才教育などが必要とのこと。
ちなみに、異世界に生息する魔物は、人族の生活圏では高くともCランク程度らしい。もちろん、人が立ち入らないような森の奥深くまで行けばAやSといったランクの魔物もいるようだ。
とまあ、本当に軽く読んだ。
次に、4つ目の項目『その他一般常識』を見てみる。
食事に関しては、南部地域ではコメが主食なことが多く、北部地域では小麦大麦ライ麦などを主食としていることが多いらしい。その他、ジャガイモやトウモコロシを主食としている地域や、狩猟採集で生活している民族もいるようだ。
種族については、人族は、ヒューマとも呼ばれ、1種だけしかない。
一方、魔族は、エルフ、ドワーフ、獣人、
と、こっちも軽く読んだ。
よし!
とりあえず、一通りは。
ということで。
私は最重要案件に移る。つまり……
転移先を決めよう!
どこに転移し、どこで生活するか。
この選択で、私の異世界生活は天国にも地獄にもなる。
比喩でもなんでもなく、そのくらい大事なことだと思っている。
さて。
具体的に、どこにするか?
安全面は重要だ。致命傷を負えば、自動回復するとはいえ、その際に光魔法が使われてしまう。つまり勇者バレするということだ。
となると、神聖国がベストか?
……いや、選択肢は広い。
大国だけでも、3つある。北側に位置するイーグル王国。南側に位置するフラウ帝国。最東端の神聖国。それ以外にも、中央には都市国家群があるし、他小国もいくつもある。大陸からではなく、その周りに浮かぶ小さな島々に住むというのもありだろう。
どれにするか?
考えるべきは単純な安全面だけではない。
私という一人の女が、今度生きていく上で生きやすいところを探すべきだ。
例えば、異世界にあるのかは分からないが、日本史で習った男尊女卑のような文化があるのならそこは避けた方が無難だろう。
そして、異世界でどのような職につくか。もしくはつきたいか。そのようなことまで考えなくてはならない。
私は、そう――勇者というお仕事を選ぶつもりはないのだから。
*
そうして、総合的に考えた上で、私は1つの選択をした。
残り時間はあと5分しか残っていないが、納得のできる選択はできたと思う。
選んだのはイーグル王国の北東部に位置する【ソードマンの街】という中堅規模の街だった。別名、【剣のお膝元】とも呼ばれているらしい。
この街が特徴的なのは、なんといっても、すぐ近くに【剣の聖地】と呼ばれている世界中の剣士憧れの場所があることだろう。その場所には剣聖の中の剣聖、【剣神】がいる。それは世界でたった1人しか名乗ることを許されない称号であった。
ポイントとしては、まず2点。
1つ目は、治安が良いこと。強い剣士が集まってくる場所のため、衛兵のレベルも高い。そして、異世界ではBランク程度に強くなればどこに行ってもくいっぱぐれることはないらしい。つまり、強い奴は犯罪をしないということだ。
2つ目は、魔族領域から十分離れていること。ソードマンの街は人族領域の中でも東側に位置する。十分な距離があるといってもいいだろう。それに突発的な事態が起こったとしても、強い剣士が大勢いるので街の中は安全だと思う。
仕事は剣術道場で給仕とか、給食のおばさん的な立場とかを狙っている。
スポーツ観戦は割と好きだし、魔力というものがある世界の剣術というのがどういうものか興味がある。自分で剣を振るいたいとは思わないが、きっと観戦するのは楽しいに決まっている。
ちなみに、【ソードマンの街】には多数の剣術道場があるため、どこかには滑り込めるのではないかと思っている。
流石に、『常識』には求人倍率まではなかったため、私が採用されるかは未知数だけど……そこは祈るしかないところかな。
残り時間はあとわずか。
私は細かい確認などに時間を費やした。
タブレットで『常識』を覚えたり、ちびっ子女神に質問したりもした。
そして、ついに時が来た。
「それでは、勇者様。ご健闘をお祈りしています!」
ちびっ子女神の笑顔がぼやけていく。
私は異世界へと旅立ったのだった。
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