第45話 怪盗ラクーンアイ 2/2

【速報です。東京地検特捜部は与党我民党幹事長、波洲沱はすた氏宅の強制捜査を開始し――捜査のきっかけは通称『怪盗ラクーンアイ』が公開した資料と見られ――】

「おお、すごい! またラクーンアイが大手柄ですよ!」

「ううん? そうか、そりゃあよかったなあ」

「うわー、めちゃくちゃ興味なさそう」


 間田木食堂に突然の珍客があってから数週間。

 今日もトウカはカウンターで食事をしながらリョウコと雑談をしている。今日のメニューは唐揚げ定食。間田木食堂の唐揚げはひとつひとつがとても大きく、かぶりつくと肉汁が垂れてくるほど瑞々しい。これにマヨネーズをたっぷりつけて食べるのが最近のトウカの流行である。


 ところで例の珍客――タヌキだが、商店街の獣医に預けたところ、しばらくして逃げ出してしまったらしい。

 銃創なら警察にも届ける必要があったのだが、肝心の証拠であるタヌキが消えてしまったのでそのあたりのことはうやむやになっていた。逃げ出すほどの元気を取り戻しており、リョウコの応急処置も適切であったことから、タヌキ自体の心配はないだろうとは獣医の言葉だった。


「つうかよ、なんでトウカはそんなになんとかアイってのが好きなんだよ?」

「だって怪盗でそのうえ義賊ですよ! きっとこう、背が高くって、スラッとして、ニヒルな笑顔が似合うクール系イケメンに違いありません!」

「はあ、うちの常連みてえな中年太りのおっさんかもしれねえぞ?」

「もうー、やめてくださいよ。リョウコさんは夢がないなあ」


 そんな益体やくたいもない話をふたりが続けていると、ガラリと音を立てて店の引き戸が開けられた。

 入ってきたのは十代後半程度に見える少女。茶色のショートボブで、くりっとした垂れ目気味の目に愛嬌がある。どこかタヌキのような雰囲気のあるその少女は、怪我でもしているのか左足を少し引きずっていた。


「いらっしゃい、好きな席にどうぞ」

「えっと、ここでもいい?」

「へい、もちろんかまいやせんぜ」


 少女はカウンター席に座る。

 そしてそわそわした様子で店内をきょろきょろと見回していた。

 その様子に気がついたリョウコが声をかける。


「お目当てのメニューが見つからないんですかい? うちは品数多いっすからねえ。とりあえず言ってもらった方が早いかもしれないっすよ。メニューにないもんでも、できる範囲でやらせてもらうんで」

「えっ、あっ、うん。ありがとう。ええとね、たぬき丼っていうのが食べてみたいんだけど……」

「へい、たぬき丼ですか。まあ作れって言われりゃ作りやすが……」


 リョウコは眉を寄せて少し考える。

 先日トウカに出したたぬき丼は手抜きどころの話ではない。常連のトウカだからそのまま出したが、さすがに初見の客に食べさせるようなものではないのだ。なにか工夫をしたいところだ。ちなみに、初見の客がなぜまかない飯であるたぬき丼を知っているのかということにはまったく気が回っていない。


 しばらく考えて、リョウコは調理を開始した。

 小鍋に薄切りの玉ねぎと、乾物のサクラエビを入れる。そこに自家製めんつゆを多めに注いで火にかけた。玉ねぎが透き通る程度に火が通ったら、天かすをたっぷり入れ、溶き卵を全体に流して蓋をし、火を止める。しばらく蒸らしたら、丼に盛った白飯にそれを滑らせた。仕上げに真ん中に三つ葉を載せて完成だ。


「お待ちどお。間田木食堂特製『卵とじたぬき丼』だ。お好みで七味を振って食ってくんな」

「わあ! おいしそう!」


 金色に輝く卵とじの載った丼を見て、少女は思わず歓声を上げた。

 そこに、巫女服の少女がだらしない口元からよだれを垂らしてやってくる。


「むむむ、これは前に食べたたぬき丼とは違いますね。こっちの方がおいしそうじゃないですか!」

「トウカ、他の客の料理を覗き込むなってなんべんも言わせんじゃねえよ。おら、お前の分も作ってやるから大人しく席で待っとけ」

「はーい!」


 リョウコはさっそく次の『卵とじたぬき丼』を作る準備をはじめた。

 タヌキ顔の少女の方は、丼を見つめながらじっと固まっている。


「おう、どうしたね初見のお嬢ちゃん? なんか困りごとかい?」

「こういうの、食べたことがないから食べ方がわかんなくて……」

「おお、そりゃあ育ちがいいんだねえ。箸じゃあ丼に口つけてかき込まなきゃあいけねえからな。こいつを使ってくんな」


 リョウコは、少女の前にスプーンを置く。

 少女はそれを手に取ると、卵とじたぬき丼をひとすくいした。半熟の卵とじの黄色と、米の白の対比が美しい。それをふうふうと吹いて冷まし、ぱくりと口に放り込む。


 まず感じるのは甘いつゆの味。続いてやってくるのは天かすとサクラエビの香ばしい風味。それが白い米と口の中で混ざり合い、何とも言えない調和を生み出していく。自分なりに餡と白いご飯のバランスを変えながら、夢中になってスプーンを使う。そのうちに、気がつけば残り半分になっていた。


 そういえば、七味を使ってもいいと言っていた。

 少女は七味の瓶を指先で叩きながら、半月になった残りに七味を振りかける。彩りが加わって、見た目もますます旨そうだ。口に入れると、七味の香りと辛味とが、少々くどかったはずのたぬき丼の味をスッキリさせる。


 ああ、そうだ、と思い出してセットの味噌汁をすする。

 油揚げと小さく切った豆腐だけのシンプルな味噌汁だ。しかし、その奥からはしっかりした出汁の旨味が感じられる。それで舌を洗い流したら、再びたぬき丼だ。


 それを何回か繰り返すと、丼の底にはつゆに浸かった白飯だけが残った。

 しかしまた、これが美味い。つゆを吸った白飯はやや茶色に色づいており、天かすから出た油の旨味もまとっている。米のひと粒も残さず、きれいに完食してしまった。


「うわあ……最高……」


 味噌汁の一滴まで飲み終わった少女がため息をつくと、頭の上からぽんと三角形の耳が生えた。茶色の毛に覆われており、まるで動物のそれ・・のようだ。


 隣では、巫女服の少女が「むっふー! むっふー!」などと奇声を発しながらたぬき丼を貪っている。「変な人だなあ」と思いながら、少女はリョウコに会計を頼んだ。


「あの、すっごくおいしかった。また来てもいい?」

「おう? メシ屋に来るのは客の自由だ。いつだって歓迎しやすよ」

「ありがとう! 今度は、玉子おじやの方もまた食べたいな!」

「へい、お好みがあるんならできる限りでやらせてもらいまさあ」


 会計を済ませた少女は、間田木食堂を出て夜の街へと消えていった。


 * * *


【番組の途中ですが速報です。東京地検特捜部は広域指定暴力団蛇魂だごん組の強制捜査を開始し――捜査のきっかけは通称『怪盗ラクーンアイ』が公開した資料と見られ――】

「わあ、すごい! またまたラクーンアイのお手柄ですよ! 最近の活躍はますますすごいですねえ」

「んまあ、悪者わるもんが減る分にはありがてえわなあ」


 このところ、ラクーンアイの活躍は以前よりもさらに増えていた。

 それは来店のたび毎回たぬき丼を注文する少女という常連が増えた時期と符合するのだが、その理由を知るものは誰もいない。


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【作者より】


 カクヨムコン8、締切は数日前でしたが、無事期間中に規定の10万字に達しました。よいキリなので、ほぼ毎日更新だった本作は今後は不定期更新に切り替えを致します。

 オムニバス形式ですので、ネタが思いつき次第追加のエピソードを投下するかんじになるかな? 作中季節と現実の季節がけっこう違っていたので、旬に合わせた食材で書くのも面白いかもしれない。

 ともあれ、お気に入りなどはどうぞそのままにしていただけると幸い。


 他にも書きたいアイデアがたくさんあって脳内が渋滞していてですね……八面六臂くらいに進化したいなあと思う今日このごろであります。

 数日~1週間くらいでまた新しい長編の投下を開始する……したいなあと思うので、その際はまたひとつよろしくお願いします。


 気になる方は、作者のお気に入り登録もしていただけると、新作投稿がすぐにわかって便利でありますので、こちらもぜひ、ひとつよろしくお願いします(揉み手で

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悪霊の多い料理店 瘴気領域@漫画化決定! @wantan_tabetai

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