第5話〈歪んだ愛の果てに〉

 王の私室の奥、檻に閉じ込められたノーマンドは、裸にされて毎夜のように可愛がられていた。すっかり身も心も王ウィルマーの意のままになった頃、パトリアスが乗り込んできて、ウィルマーに剣を振るった。


「ウィルマー! 覚悟!」

「パトリアス!! 貴様あっっ」


 その時、王の姿が醜く歪んだのを、ノーマンドは見逃さなかった。


 パトリアスは凄まじい力でウィルマーに倒され、幽閉された。


 ウィルマーは、守護神の呪いにより、ますます内に秘めた欲望を滾らせる。寝台の上、お互いに生まれたままの姿で身を寄せ合う。ウィルマーの逞しく日に焼けた胸板に顔を擦り寄せて、ノーマンドは甘く胸をときめかせる。


「……ノーマンド、俺の、物だ」


 愛しい王の寝言を聞きながら、頬に口づけると、寝台から降りた。


 パトリアスが幽閉されたのは地下牢だ。

 王は、ノーマンドにパトリアスの世話を命じた。決して触れ合えぬよう、パトリアスには術をかけてある。

 ノーマンドは、パトリアスに食事を手渡す最中、その目が血走り、憎悪に満ちている事実を知っていた。

 固い寝台の上で、膝を抱える騎士の右手首は歪み、使い物にならなくなっていたのだ。


「我が王は、守護神の怒りに触れた。まもなく狂うだろう」

「……」


 ノーマンドの言葉に、パトリアスは身じろぐ。


「私は王を連れて城を離れる。その時、お前は王を憎む者たちと城を占拠し、新たな王となれ」 

「ノーマンド、さま」

 

 戸惑うような目線を向けるパトリアスの両手を掴み、力強く頷いた。

 

 雪が解け始めた季節、ノーマンドは“影”をまとうウィルマーと共に城を出た。

 ウィルマーは相変わらず王として振るまって、ノーマンドに国の行く末を相談してくる。

 馬にも乗らずただ歩いていく二人は、森の中をひたすら突き進む。


 やがて、開けた場所に出た。


 すっかり月が煌煌と空に輝いてる。

 月明かりが照らす世界は、神聖なる雰囲気を漂わせていた。


 ノーマンドは、ウィルマーの逞しい腕に腰を抱かれながら、恍惚とした想いに口元をゆるめる。


 王の目は赤く染まり、同じ言葉を呟く。


「ノーマンド、お前は、俺の物だ」


 ――ウィルマー様、貴方がこうなったのは、私のせいです。


 ひときわ月明かりが降り注ぐ、草花が生えた地に並んで座る。ノーマンドは、懐に忍ばせたナイフを取り出した。    


「お赦し下さい!!」


 ウィルマーの首に突き立てようとナイフを振り上げた瞬間、体当りされて衝撃で地に四肢をぬいつけられてしまう。

 ノーマンドはあまりの力に息がまともにできず、ただ異形のようにあざ笑うウィルマーを見上げた。


「ハハハハハハッ!! 流石俺の愛した男だ!! そんなに俺を殺したいなら俺の命をくれてやる!! パトリアスに我が国を渡したほどに俺が憎いのだろう!!」

「ご、ご存知でしたか!」

「さあ! やれ! お前のナイフが俺の首筋を切った瞬間、お前の首を圧しおってやろう!!」

「……ウィルマー様」


 残酷な言葉になぜか甘く心がとろける。


 ノーマンドは、口角を上げて怒声を言い放つ。


「ウィルマー! 覚悟!」


 ナイフがウィルマーの首筋を斬り裂いた。

 鮮血が吹き出して、ノーマンドの顔に飛び散る。生温かさと鼻をつくニオイに鼻腔がひくつく。

 ノーマンドは目を見開き、愛する王を抱きしめて泣いた。


 彼の手は、とっくにノーマンドの首から離れていたのだ。


「なぜです! どうして私を殺さなかったのです!」

「俺が、どうして……お前を殺せる……生きろ、ノーマンド……」


 力なく地を滑るウィルマーの腕と、うっすら開かれた瞳を見つめて、ノーマンドは絶叫した。


「守護神様! どうかお助け下さい! 私の命を捧げます!!」


 ノーマンドは、世界が暗転する中、気を失った。


 ※


 大国シュテンブルは、新しい王を迎える宴で盛り上がっていた。

 城の中庭に集まった臣下と国民を、地上からほど近い部屋の窓の扉を開いて見下ろす。

 パトリアスは、剣を握れなくなった右手の代わりに、左手で剣を振るうよう修練を重ねている。

 国民は、先王が宰相を愛し、国から逃げ出した大罪人だと思っているため、騎士団長であったパトリアスを王として認めたのだ。

 愛したノーマンドに裏切られたパトリアスだが、皆にかしずかれてすっかり気分は高揚した。


 ――あれは。


 集まった者たちの中に、元王と宰相を見た気がしたが、目を凝らすといない。

 パトリアスは肩をすくめて、皆に手を振る。



 新たな王の誕生を、ノーマンドはウィルマーと共に変装して見守っていた。

 傍らには、同じく変装したイルディスが寄り添う。

 ノーマンドはイルディスに深々と頭を垂れて、ウィルマーの手を引いて城を後にした。


「ノーマンド、どこに住みたい」

「まずは、ウィルマー様の好きな場所へ行きましょう」

「そうだな。死ぬときは一緒だ」

「はい」


 繋いだお互いの手の甲には、呪いの刻印が刻まれている。

 守護神が二人の命を半々に吸い取り、二人はともに果てる運命なのだ。


 残された時はわずかだが、二人一緒に死ねるならば、我が人生に悔いはない。

 ウィルマーに腰を抱かれてノーマンドは、その胸に顔を擦り寄せると、熱い口づけを交わした。

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王を愛した宰相の大罪 青頼花 @aoraika

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