【番外編】二人のクリスマス【紗良視点】

 ママはクリスマスが大好きな人だった。

 毎年、11月のクリスマスグッズが店頭に並ぶ頃からウキウキといろんなものを買い揃え、家中を飾りつけたり、シュトーレンを焼いたり、プレゼントやカードを用意したりと、念入りにクリスマスの準備をする。そして、当日には故郷であるスウェーデンでは定番だというクリスマス料理を、テーブルいっぱいに並べてくれた。

 そんな中でも、特に張り切っていたのは、手作りのアドベントカレンダーだった。

12月1日から24日まで、毎日ひとつずつ開けていき、中に入ったお菓子やメッセージカード、時にはちょっとしたお小遣いを手に入れる。

 一日にひとつしか開けられないもどかしさと、開ける時のワクワク感。それが、私にとってのクリスマスだった。


 一緒に住んでいた頃は、そこまで張り切らなくていいのにと少し呆れたりもしたが、離れて暮らすと懐かしくなる。

 恋人である詩織さんにそんな話をした数日後の土曜日、彼女は両手に大きな紙袋を持って訪れた。


「とりあえず、あるだけ持ってきてみたの」


 そう言って袋から取り出したのは、彼女の家のクローゼットで長年眠っていたという卓上サイズのクリスマスツリーや部屋の飾り達。

 話を聞くと、杉村家でも子供たちが小さな頃は頑張って家中をクリスマスデコレーションしていたらしい。よく見れば、買い足したであろう新しいオーナメントも入っていた。


「ちゃんとお母さんから持ち出し許可は貰ってきたから、紗良が良ければ一緒にこの部屋の飾り付けをしない?」

「する!」


 というわけで、今日は勉強をお休みして、部屋をこれでもかというほど飾り付けた。

 ツリーやサンタやトムテの人形を置き、玄関のドアにはクリスマスリースを吊るす。ベッドのサイドテーブルにはクリスマスらしい天使の絵とスノーボールを飾った。

 窓には雪の結晶のシールが貼られ、カーテンレールでは小太りのサンタさんがよじ登ろうと頑張っている。このサンタの短い足がとっても可愛くて、一番のお気に入りだ。

 飾り付け始めて二時間後、私の部屋はすっかりクリスマス仕様になっていた。


「すごい! クリスマスっぽい!」

「いい感じになったわね」

「うん、詩織さんのおかげだよ。ありがとう!」


 突然赤と緑が増えた部屋を眺めていると、ついニヤニヤしてしまう。

 毎年ママとやっていたことなのに、詩織さんが一緒だとそれだけで特別になるなんて、我ながら単純すぎるだろう。


「ありがとうは、まだちょっと早いわよ」

「え?」

「はい、アドベントカレンダー。これもないとでしょう?」

「えーっ!?」


 ちょっとドヤ顔の詩織さんが紙袋の底から取り出したは、小さい箱が引き出せるようになってるタイプのアドベントカレンダー。その様子がプレゼントを子供に渡すときのサンタさんみたいで、私の頭の中では『恋人がサンタクロース』が鳴り響いた。

 それにしてもこのアドベントカレンダー、それぞれの箱に日付とクリスマスらしいイラストが描いていてとっても可愛いんだけど、詩織さん、私のためにお金使いすぎじゃない? 入れ物だけじゃなく、中身も考えたら結構な金額になりそうなんだけど。

 恐る恐るそれを言うと、「なんだそんなこと」とおかしそうに笑われた。


「私も調べるまで知らなかったんだけど、最近は百円均一や雑貨屋さんでも可愛くて安いのが売ってるのよ」

「そうなの?」

「ええ、中身も本当にちょっとしたものだから、気にしないで喜んでくれると嬉しいわ」

「うん、嬉しい。ありがとう」


 私の彼女がスパダリすぎる。

 詩織さん、いつもはあんまり歳の差なんて感じないんだけど、時々年上なんだなって思う。なんていうか気遣いが絶妙で、やりすぎないレベルで喜ぶポイントを押さえてくれるんだよね。


「じゃあ、早速開けてみる?今日はもう12月2日だから二日分」

「うん! じゃあ、1日の箱を開けるね」


 そう言って、ワクワクしながら引き出した箱に入っていたのは、折り畳まれたカードとマシュマロがひとつ。

 カードを取り出し、内容を確認した私は勢いよく隣にいる詩織さんの顔を見た。

 もしかしたら、私のこの反応を楽しみにしていたのかもしれない。詩織さんは、いたずらが成功したような笑顔で「どうかしら?」と口にした。

 入っていたカードは、12月24日、杉村家でのクリスマスパーティーへの招待状だった。


「うちはクリスマスにそんなに大したことはしないし、ケーキとチキンとお母さんの手料理くらいだけど、紗良が良かったら一緒に過ごさない? そのまま泊まってくれたらいいし」

「いいの? 家族の団欒に混ぜてもらっちゃって」

「ええ、もちろん。お母さんは是非って喜んでたし、料理のグレードも例年より上がりそうよ」

「……ありがとう、楽しみにしてるね」


 毎年、家族で賑やかに過ごしていたクリスマス。本当は少しだけ寂しかったのを、彼女は見抜いていたのだろうか。

 両親もクリスマス休暇はこっちに戻ってきたいと言っていたのだが、残念ながらそれは叶わなかったし、私が向こうに行くという話も断った。──詩織さんといたかったから。


「それに、その……将来的には家族になる予定だし、少し前倒しだと思ってもらえれば……」


 なんて、サラッと言えばスパダリのままだったのに、真っ赤な顔でつっかえながら口にするものだから、いつもの照れ屋で可愛い詩織さんに戻ってしまった。

 スパダリモードの彼女も素敵だけど、やっぱりこっちの詩織さんの方が好きかな。


「ありがとう、楽しみにしてるね。あ、2日の箱も見ていい?」

「ええ、どうぞ」


 ジンジャーマンクッキーのイラストが描いてある箱を引き出したら、今度はチョコチップクッキーとカードが一枚。

 クッキーはそのまま置いといて、カードのメッセージを読んだ私は、さっきと同じように勢いよく詩織さんの方を向いた。さっきと違うのは、ニコニコと微笑んでいた彼女の表情が、今は目を逸らしてトマトみたいな顔色になってることだ。


「詩織さん、これについて一言」

「……家族で過ごすクリスマスも良いけど、恋人らしいクリスマスも過ごしたいです」

「あははっ、素直でよろしい!」


 相変わらず恥ずかしがって目を合わせない詩織さんをぎゅーっと抱きしめると、「なんか思ってたのと違う……」と不満そうに抱きしめ返してきた。

 うん、多分茹でトマトになってなければ、想像通りになってたよ。だけど、そんな可愛い顔されちゃったら、無理無理。


 カードに書いてあったメッセージは『25日は二人で過ごしませんか』。

 私に家庭の賑やかなクリスマスを過ごしてほしい気持ちと、彼女のちょっとした独占欲が見え隠れしていて、胸がキュンと鳴った。


「それで、お返事は?」

「そんなのOKに決まってるよ!」


 二人一緒に飾り付けたこの部屋で、クリスマスは一緒にケーキを食べよう。料理は私が作ってもいいけど、いつもみたいに二人で作れたら嬉しい。

 ただ、ひとつだけごめんね。きっと私は前日のお泊まりで悶々としてるから、ケーキの後は貴女を食べたくなると思うんだ。

 でも、それも恋人らしいクリスマス、だよね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

百合ゲーのサブヒロインに転生したので、全力で推しを守りたい! 長月 @nokonana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ