6


 爆撃が始まる。


 この国のありとあらゆる生命、ならびに全ての痕跡を抹消するため、無数の炸裂音がエイゼルを包みこんだ。

 突如、皮膚が沸くほどの炎が身を襲う。


 巻き上げられた煙と強烈な閃光で数メートル先すらまともに見えない。

 瓦礫が唸りを上げて暴風雨のように吹き荒ぶ。


「・・・っ!」


 瞬間、高速で弾けた何かの破片が頭部を切り裂く。

 髄液を模した粘性の液体が額を伝って、頬へと流れる。

 まだ辛うじて動く右腕で拭おうと頬を撫でた。

 だが、血錆で汚れた刀身は、涙を掬う時でさえ何かを傷つけてしまう。


「・・・」


 頬部分の皮膚がすらりと切れるのを感じた。

 感覚器官が露出して、仰々しい機械部分が大気に露出する。

 めくれた頬を撫でようとする。

 だが、隣で発生した爆発に身体が吹き飛ばされ、右腕は無残にもぐちゃぐちゃに壊れた。


 駅の入口、欄干に受け止められて止まる。

 膝から先が無くなっているのにはすぐ気がついた。


「・・・これじゃ、ダメだ」


 これじゃ殺せない。

 あの人を殺せない。


 この殺意は、もう永遠に成就しない。


 可能性は潰えた。動かない四肢が無慈悲に、雄弁に行く末を告げる。

 死はすぐそこまで来ている。どうしようもなく、逃れようもない死が。


「・・・」


 彼はそこで初めて気が付いた。

 自我の消失を目の前にして、鉄の身体を満たしていた執着の何たるかを理解した。


──それは穏やかで優しい、愛という名の殺意だった。


「・・・アイ」


 涙は流せない。そういう身体構造をしていない。

 悲しくはならない。そういう精神構造をしていない。

 漏れ出た液体が熱を持つのだって、コア・ジェネレーターの冷却に使われたというだけに過ぎないのだ。


 でも。


 それでも。


「・・・暖かい」


 頬を伝う雫は、確かに暖かく思えた。

 それは気休めにもならないような、ただの事実でしかない。

 だが、彼にとってはそれで十分だった。

 直接触れることは叶わなかったが、彼は心というものを知ることができた。


「・・・!!」


 虐殺対象の消失に伴って、戦闘シーケンスが終了する。

 通常状態に戻った色覚は、一年越しに世界のありのままの姿を彼に見せた。


「とっても、綺麗だ」


 満足そうに呟くと、彼は目を閉じる。

 最期の光景をメモリではない、心に焼き付けるように。



──爆撃の雨の隙間、欄々と輝く朝日は命のように輝いていた。

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