つながれた手の熱

 思い出の中に残っていたのは、一人ずつ乗ることができるブランコ。ブランコは二つ並んでいて、隣に座れば一緒に遊ぶこともできるもの。今もあるだろうと思っていたはずなのに、そこにあったのは動物を模した置物。

 置物はウサギとパンダ、それにシロクマ。

 どれもが真新しく塗装され、ほんの少しだけ砂がついて汚れていた。砂がついているのは動物たちの足元の近くばかり。それにどの動物も背中のところが少しだけ広く、そして平たくなっていた。動物たちの背に乗れるようになっているようにもみえる。

 その動物たちをみながら、ほんの少しだけ離れた場所にあったベンチに腰かけ、持っていたカバンも横に置く。ベンチも石のものではなく、木の色をしたプラスチックのようなものに変えられていた。あの石のベンチに座るとおしりが痛くなっていたけれど、今のものは背もたれまであるから座りやすい。汚れもわかりにくかったが、今はそれもわかりやすくなっている。

 座ったまま見上げた空には、小さく瞬くものがみえる。その空には長細く光るものが浮かんでいた。反対側はオレンジ色に少しだけ明るさが残っていた。これから少しずつ、空に瞬くものが増えていくのかな、と思いながら風に揺れる葉をぼんやりと眺めていた。葉擦れの音が小さく耳に届く。気づけばほんの少し前まで騒がしく聞こえていた虫の声がなくなっていた。代わりに草むらから別の虫が音色を奏でている。

「いきなり呼び出して、待たせるとか……どうなん?」

 口からひとりでに悪態が出てくる。

 そういえばいつもそうだった。思い立ったら吉日を体現しているようで、とりあえず思いついたりしたらすぐに行動に移したがる。よくいえば行動的。だけど、そのおかげでまわりが振り回されてる。それがいいことなのかはわからないけれど。

「しかし、何でここなのかなぁ……まさか、あの話知ってたりするのかなぁ……」

 見上げていた空から少しだけ視線を下ろす。

 そこにあるのは一本の大木。いや、樹木といってもいいほどの大きな樹。ずっとここにあるといわれているその樹は、長い年月をかけていろいろなものを見てきたに違いない。今の季節は青々とした葉を樹全体にたっぷりとつけている。

 日中の暑さは残っているものの、川の近くにあるため温度差で川のほうから風がふいてくる。その風によって、桜の樹も枝葉を少しだけ揺らしていた。直接風は当たってはいないものの、空気は冷えて感じられた。おかげで火照った身体も少しだけ冷まされていく。

 視線を巡らせ、時計をさがす。しかし、見える場所にはそれらしいものは見えない。

 仕方なく、ポケットにつけられたクリップに触れ、そこからつながっているチェーンを引っ張る。指先に少しだけ重みを感じたが、そのまま引っ張ろうとして止める。ポケットの中で何が起きているかわからない。服にひっかかっている可能性を思い浮かべてしまい、なんともいえない不安が心の中にわきあがってくる。

 ポケットの中に手を突っ込む。生地の向こう側で、自分の体に触れた感覚が伝わってくる。ポケットの中にあるチェーンを手繰っていくとやがて、目的のものに指先が触れる。そっとポケットの中で引っかからないように取り出す。

 懐中時計。

 蓋には何の意匠も施されず、内側に小さなキズがみえる。文字のように見えるそれは、イニシャル。ただ、それも時間とともに削られて読みにくくなっている。

 今の時代こんな骨とう品を使っている様な人はほとんどいないだろう。時計の代わりになるものなんていっぱいある。それでも、大切なもの。ところどころ、小さな傷がついているけれど、それでも大事にしたい。文字盤には、二つの針が七時二〇分を指していた。

「なんか……あった?」

 自分の口から出た言葉を振り払うように首を振る。それでも自分の中に静かに浮かんでくる感覚があった。手の中に痛みが走る。いつのまにか、握り込んでいた懐中時計が手の皮膚に食い込んでいる感触があった。

 手をゆっくりと開き、時計の蓋を開ける。一番長い針が規則正しく時を刻んでいる。私が握りこんだ程度では、どうやら壊れるということはなかったようだ。それでも骨董品というほどではないけれど、年季がいったもの。私が持つにはどこか不釣り合いに見えるかもしれない。それでも私にとっては大切なもの。壊れてほしくはない。

「わりぃ……遅れた」

 懐中時計を見つめていた私に声がかかる。ぼんやりとしていたせいか、すぐに気づけなかった私の隣に声の主が座る。座ったきり何も話さなくなる。反射的に私はポケットに懐中時計をねじ込んだ。

「いきなり呼び出して、いないとか……何かあったんじゃないかって思った」

 私は少しだけその声の主に非難の言葉を投げかける。声の主がいた場所は連絡を受けた時に聞いていた。三〇分ほどかかるのはわかっていた。本当に怒っているわけではないけれど、遅くなっていることを心配していたと伝えたかった。

「……」

 隣から言葉は返ってこない。

「別に……怒ってない。心配になっただけ。連絡受けてから、結構時間経ってたし、何かあったんじゃないかって」

「わりぃ……。本当に」

「だから、怒ってない。それで? 今日はどうした?」

 努めて平静を装った声で話しかける。声の主が私を見ているのかいないのかはわからない。わからないけれど、左肩のあたりに少しだけ熱さを感じている。

「い、いや、あのな……。ちょっと話したいことがあって……」

「……うん」

 私は視線を目の前の樹にむける。風が少し吹いているのか、ちょっとだけ揺れている。だけども、私のほうにそれは届いていないようで、涼しさを感じることはない。

 隣の声の主が声をかけてくるまでは、私は相手の顔を見ないことにした。何の話をしたいのかはわからないが、明らかに緊張していることが声からも伝わってきているから。

 視界の端に足先だけが見える。黒い靴。声の主がいつも履いているもので、お気に入りだといっていたはず。一定のリズムで動きを見せていた。

「…………」

「…………」

 風が木々を揺らしている音が大きく聞こえる。それから、水の流れる音や虫たちの音色が静かに耳に届いてくる。近くの道路に車が止まったのか、エンジンが動き続けている音がなっていた。

 私はただじっと樹をみたままでいる。声の主がどこを見ているのかはわからないが、私と声の主は公園の中で静かにしていた。

 いや、私の場合はそれとも少し違う。相手から話したいことがあるといわれているのだから、無理に話すことなどしなくてもいいはず。ただ待っていればいいだけのはず……。なのだけどどうしてか二人の間に流れる静けさが少しだけ苦しくて、少しだけ温かく思えていた。

「なぁ……知ってるか?」

「ん? 何を?」

 唐突な会話の始まりは疑問文からで、それもまったく意味がわからない短い言葉。思わず問い返してしまったけど、きっと悪いことではないはず。……あえて何もいわないというのでも良かったのかもしれない。そんなことを考えていた。

「何をって……ああ、そうか。何もいってなかったな……」

 やはり、私の言葉を気にしてしまったのか、どんどんと話す声が小さくなっていった。そのままずっとぶつぶつと何かをつぶやいている。

「…………ええっと、あのな。屋上の先輩って知ってるか?」

「屋上の……先輩?」

 屋上の先輩。隣の声の主が話している人物に何となく聞き覚えがあった。

「学校の屋上にいるっていう?」

「ああ、それ」

 その先輩がいったいどうしたのだろうか。先輩の話をすることと、緊張してなかなかしゃべることができないということが、どうしても私の中ではつながらなかった。

「その先輩に会ってきたっていうの? 本当に?」

「会ったよ。何回かあったことある」

「ちょっと待って! 何回かって、あの学校の怪談レベルでいるのかどうかもわからない先輩に会ったっていうの!」

 私は思わず、声の主の方を見る。しかし、ちょうど私の方からだと相手の姿をみることができなかった。それは車のライトが声の主に当たっていて逆光になっていたから。しかも、そのライトをみたので目がくらんでしまった。思わず、視線を目の前の樹のほうへと向ける。見えている視界には白いぼんやりとしたものがうつっている。

「おいっ! 大丈夫か?」

 心配した声が私の耳に届く。左肩を揺すられていて、そのせいで視界まで揺れているので少し気持ち悪くなってきた。

 私は左肩に手をやって、やんわりと揺する手を外す。

「大丈夫……。それよりさっきの話だけど、本当に屋上の先輩にいたの?」

「ああ、いるよ」

「へぇ、本当にいるんだ」

「ほとんどいないけど、たまにいる」

 学校の怪談レベルの人に何度も会っているというのもすごい話だと何となく感心してしまう。会いたいかといわれれば、私は特に会いたいとは思わないけれど。

「それにいつでも会えるってわけじゃないしな。いついるのかもわからない」

「学校の生徒なんだから、授業受けるのが普通でしょ?」

 当たり前という気持ちで私は声の主にむかって抗議をする。授業中にサボるなんて普通じゃないと思うところだし。

「そうじゃねぇんだ。授業の前とか放課後とかに行ってもいるってわけでもない」

 相手の言葉に私は面食らってしまう。

「……ねぇ、さっきから聞いてると、屋上の先輩に会うことって、ほとんどできないんでしょ? でも何度か会ってるっていってるし……。いったいどうやって会ってるっていうの? なんか秘密の方法でもあるの?」

 いくつもの質問が私の口から矢継ぎ早にでてきた。とにかく、思ったことを口にしてしまっている自分がいて、気が付けば自分で自分の手を握りこんでいた。握りこんでいた手を開くと少し濡れていたのかひんやりとした感じがした。同時に懐中時計を握りこんだ時の痛みが少し戻ってくる。私は思わず手を見た。少しだけ赤くなっている。それを見た私の体が頭で考えるよりも早く動く。足がこの場所から離れるように一歩を踏み出そうとした。

「ま、待てよっ!」

 私の汗まみれの手に、声の主の手が握られた。その力はとても強く、握りつぶされると思ってしまうほど。くわえて、ひっぱられた勢いで左肩が抜けてしまいそうな衝撃が走る。踏み出した足がひっぱられたことでバランスを崩す。私のおしりが垂直に地面へとおちて、こっちにも鈍い痛みがやってくる。

 とにかく痛かった。握られた左手も、ひっぱられた左肩も、地面にぶつけたおしりもどこもかも痛かった。痛かったのに、それよりも痛いと思えたのはなぜか違う場所で……。

「わ、わりぃ……大丈夫か?」

 声の主がさっきよりも穏やかな声で話しかけてくる。

 私はその声を無視した。いや、正確には少し違う。無視したんじゃない、どう答えればいいのか、どうすればいいのかわからなかった。なぜだか今そのまま見あげることができなかった。下を向いたまま、自分の中の痛みが少しでもひいてくれるまで、何もしたくはなかった。

 左手は握られたまま。ただ、その握る手には力強さよりもやさしさの方が、多いような気がした。いや、やさしさというのも違うのかもしれない。

 私にとって、そのやさしさというものを感じたことが、自分の中の痛みの部分を鋭く刺激する。どうしてだろう。

「なぁ、本当に大丈夫か? 立てねぇのか? それともどっかいてぇのか?」

「…………だいじょうぶ……」

 かけられた声に出すことができた返事は、もしかしたら私自身にしか聞こえなかったのかもしれない。いや、きっと届いてすらいないだろう。今の私がもう一度同じことをいうほどの元気は残っていなかった。

「大丈夫か、ならよかった……なぁ、起き上がれねぇか?」

 届いていた。聞こえないと思っていたその声が届いていたことに私は少し驚く。ほんの少しだけ、温かさと小さな痛みを感じたけれど。

 私にはそれで十分だった。どんな顔をすればいいのか、しているのかもわからない。今は鏡がみたくて仕方がない。しかし、それが自分のカバンの中にあっても、声の主に気づかれずに取り出すことなんてできはしない。

 ほんの少しだけ、視界がぼやけたように思えた。顔を上げられない私が見ていた公園の地面がちょっと歪んでいる気がする。自分の手を顔に持っていこうとしたが、それはすぐにやめた。声の主にその姿をみられて、余計なことを考えられたくはなかった。それがかえっていけなかった。何かが自分の中から溢れだしてきた。溢れだしそうになっている何かを私は押しとどめようとする。

 うん。大丈夫。

 そう思って、小さく気づかれないように深呼吸をする。たった一回だけ。気づかないでと願いながら、息を吸って小さく吐き出す。

 私は投げだされたままになっている足を曲げる。幸いなことに痛みはなかったので、簡単に身体を動かすことができた。右手を地面につき、左手もと思った時にその手が今もつつまれ続けていることに気づく。まだ、離されてはいなかったのか。そう思った時、抑えこんでいたものが弛みかけた。

「……大丈夫、だから……離して……」

「手伝わなくて大丈夫か?」

「……一人で……立てる……」

「…………」

 自分でいった言葉が強がりに聞こえたかもしれない。声の主からの返事はなかった。左手にあったぬくもりがそっと離れていく。しかし、離れても私の左手には燃え残りのように、小さく熱が残されている。

 自由になった両手に力を入れる。おしりを打った姿勢からゆっくりと四つ這いになり、それから立ちあがる。手や膝、おしりについた砂がまとわりついているような感じがして何となく気持ち悪い。それらを払ってから視線を動かす。

 視線の先には声の主の姿があった。相手もまた私と同じく立っていた。見上げたり見下ろしたりする必要のない相手。だけど、街灯はついているものの、ちょうど陰になる位置にいるせいでその表情はわからない。

 胸の奥の方で何かがうごめいている気がした。身を任せてしまうと、今にも叫び出したくなるような感覚になる。何を叫ぼうというの……口から出してしまったら、戻ることもできないかもしれないのに……。

「……座れよ」

 かけてくれた声は、いつもよりも低かった。けれど、その言葉の中には冷たさというものは混じっていなかったように思えた。はっきりと確認はできなかったけれど、口角が少しあがっているように見えた。もちろん、逆光なのでわからないけれど。相手が先にベンチへと腰を下ろす。それからスッと相手の右手が差し出され、私をベンチへと誘うように動かしていた。

 ほんの少しだけためらいを感じながら、私は相手に誘われるまま差し示されたベンチへと腰を下ろす。

「……い、いや、あ、あのな……屋上の先輩だけどな……」

「…………うん」

「な、何でもないからな。その先輩とは何にもない。ただ、話をする相手っていうだけで、何にもない」

「…………うん」

 何と答えるのが正解なのだろうか。考えてみるがまとまることはなく、ただ同じ言葉を続ける以外になかった。うなずくだけ。自分の感情に思考が追いついていない。私はどんな感情を持っているのだろうか。冷静に考えようとしても、その答えはすぐには出てこない。

「その……さ。ここのこと、聞いたのも、その……先輩から……なんだ」

 何をいおうとしている。私の中にさらに別の何かが小さく浮かんでくる。小さく、小さく色々なものが浮かんでくる。浮かんでくるものを振り払おうとすればするほど、どんどん浮かび上がってくる。

「……その先輩、ここのこと、何ていってた?」

 この場所のことをどのように聞いているのか。果たしてそれは正しく伝わっているのか。場所や意味を知っていても、正しく知らないとかえって大変なことになるのがこの場所。ただ、正直なところ私自身、正確なことは何もわからない。いい伝えを知っているにすぎず、話に尾ひれがついたり、何かが抜け落ちたりしてると思っている。

 相手がまったく動かなくなり、下を向いてしまう。

「…………こい…………が叶う、って」

「他には?」

 私の質問に相手の動きがピタリと止まる。

「………………他?」

 止まっていたはずの相手がゆっくりと首をひねりながら、うーん、と唸り始めた。相変わらず逆光のままなのに、唸りながら体を動かしていることはわかる。それから、右手に拳を作って左手の掌に軽く当てる。ポンッと軽い音が聞こえた気がした。

「いい伝えを利用しろ、みたいなことはいってたかもしれねぇ」

「その、いい伝え、の細かいことって聞いてる?」

「いや、しらねぇ」

 あまりにもあっさりと告げてきた。そのあまりにもさっぱりとした返答に今度はこちらが唸りそうになる。本当に何も知らずにいわれたことだけを簡単に信じて、ここにきているということみたいだ。

 知らないということ自体についてはそんなもんだろうと思ってしまった。だけど、問題なのはいい伝えを使おうとしているのか、あるいは使わないのか。そこが問題だった。

 私の中で一つの予想が立つ。そして、唯一の対応方法を思い浮かべすぐに行動に移すことにした。

 つまり——。

「知らないんだ……じゃあ、私、帰るね」

 いって、すぐに立ち上がり、公園から出ようとする。一番なのはこの場からすぐに離れること。

 立ち去ろうとする私の目の前に一人の影が立ちふさがる。

「待てッ! 何でいきなり帰ることになるッ?」

 私自身、冷静なつもりでいた。しかし、どうやらそうではなかったらしい。思わず、唇をかんでしまう。完全に忘れていることがあった。離れようとしている私にとっては致命的ともいえるようなことを。

 それは相手の方が私なんかよりもはるかに運動神経がいいという事実。

 回り込まれたことで、初めて相手の姿が見えた。もちろん、いつも聞いている声なので、知っている人であることは間違いないのだけれど。

 その姿はいつも見ているその人そのものの格好で現れた。見慣れた白いブラウスに紺色のスカート。学校指定の制服。お気に入りの黒い靴。暑さのためか胸元のボタンを一つ外し、スカートも短めにして履いている。一応下着が見えないようにしているようだけど、体勢によってはきっと見えている。見えていようがいまいが、他人の目を引くものを持っていることは間違いない。下から抱えられるほどのものを……。それだけのものを持っていることに加えて彼女の性格だ。見た目とは裏腹な言動は、気を付けてはいてもどこかに隙がある。それが目の前にいる人物の特徴だ。

 その彼女が両手を広げ、大股で立ちふさがり、私が帰ることを阻止しようとしている。街灯が当たり、顔も見えるようになった。その顔は少しだけ赤くなっていた。すでに陽も落ちてしまっているので、私の見間違いということもない。

「ど、どうして、いきなり帰るなんていうんだ? は、話は終わってないぞ」

 その話が問題なんだけれど……。残念ながら、彼女が話したいことが私の想像通りなのであれば、いろいろと面倒なことが起きる。ここのいい伝えを知らないと、それこそ取り返しがつかないほどの……。

 彼女の顔がさっきまでの赤い顔ではなく、少しずつ顔をひきつらせていく。同時に広げられた手が少し震えだす。その震えは彼女が一つに束ねている髪にまで及んでいた。

「終わっているかは関係ないよ」

「だったら何なんだ? 先輩と会っていたのが気に入らないっていうのか?」

 相変わらず、最後まで話をきかずに考えているみたい。私は小さくため息をつく。

「少なくともここではしたくない話というだけで……」

「いや! ここじゃないと意味がないんだ! 先輩が関係ないなら聞いてくれ!」

 私は思わず、顔を動かした。

 動かした先にあった大きな桜に目をやる。夜にたたずむ桜は何の動きも示してはいない。それを見て、小さく息を吐き出す。何とかとどいていなかったことに胸を撫でおろす。もちろん、多分だけど……。

「ここじゃなきゃできない話? それこそ、イヤなんだよね…………」

 最後の部分以外、彼女にきつくいう。いったつもりだ。伝わってほしいが、実際のところはどうだろう。ただ、桜のほうをむいたままの私の声がそもそも届いているのかもわからない。動きが悪くなった機械のように、ぎこちなく頭を動かす。動かす途中で、気が付けば目を閉じていた。伝わっていてほしいと祈りながらゆっくりと瞼を上げていく。

 その瞬間、彼女と視線が交差した。

 彼女の視線はまっすぐ私を射抜いていた。そして、唇はゆっくりと開いていく。

「聞いてくれ、今ここで! わた——」

 言葉になる前に私の体は奇跡的に動いてくれていた。彼女は今明らかに、この場では話してほしくないこと、を話そうとしている。その口にむかって手を伸ばす。彼女も私の行動は見えていたはずだけど、あまりにも突然の行動に反応ができずにいた。そのおかげもあって、彼女よりもはるかに運動音痴な私は、無事彼女の口を手でふさぐことができた。

「聞いてた? 私の話。話さないでっていったんだよ! なんで話そうとするかな……」

「も、もまえがひひてふへないはら!」

「無理矢理話そうとしないで!」

 押さえた手の向こうから何かを話している彼女を話させないように強くいう。いいながら、思わず桜を見てしまう。動きはない。良かった。

「とりあえず、聞いて! ここがどこだか知ってるんでしょう?」

 私は口調を緩めることなく、問いかける。彼女は首を縦に振る。何か話そうと口を開きかけていたが、また怒られると思ったようで体を動かして返事をする事にしたみたいだ。

「で、ここのいい伝えのことも少しだけ知ってる、と。その屋上にいるっていう先輩に聞いて」

 私が確認するように聞くと、彼女は再び首を縦に振った。ここまではさっきも話していたことだ。問題はここからになる。

 と、彼女を押さえる手に痺れを感じた。私みたいな運動神経がない人間で彼女をずっと抑えこむなど無理な相談というもの。それでも余計なことをいわれるくらいなら、何としてでも口をふさいでおかないといけない。彼女はというと、少しは体を動かしているけれど、力を入れて抵抗しているということはなかった。

「その少しっていうのが、恋が叶う、っていう話なのよね? その他には何か聞いたの?」

 彼女のわずかな抵抗が止まる。それが何かを考えているからなのか、それとも別の理由なのかはわからない。

「聞いてないっていうことでいいの? さっきの先輩からは?」

 ゆっくりと少しだけ首を縦に振った彼女。

 やはりそうだった。彼女はいい伝えを細かく知らなかった。それは先輩がしっかりと話さなかったからなのか、あるいは彼女が早合点して最後まで聞かずにここまで来てしまったのか。

「わかったよ。とりあえず放すけどいきなりとんでもないことを口走らないでね。困ったことになるかもしれないから」

 告げてから、そっと口を押さえていた手を放す。彼女は小さく息を吐き出してから、クルリと私の方に向きなおる。それから流れるように私の両肩に手を置いて、まっすぐに私の目を見てくる。

「聞いてくれよ! 私は——うぶっ」

「だから、しゃべるなっていってるの! 話聞いてる?」

 開きかけた口をもう一度ふさぎ、自分の感情が溢れだしそうになるのを何とか押しとどめながらいい放つ。だけど、それは失敗したみたいで、彼女の目が見開いているのが見て取れた。頭の中でごめんなさいと思いながら、ふさいだ手はそのままにする。それでも伝わってほしいと願っている自分がいる。

「今はその話をしないでってさっきもいったよね? 何で聞いてくれないかなぁ……」

 誰にむかって出たものなのかわからない。私はため息交じりに出たその言葉が、正しく彼女に届いたのかはわからない。

 本当なら、理由を直接伝えられればいいのかもしれない。だけど、いい伝えにどんな影響が出るのかわからない。それに、彼女自身が正しく理解できるかも……。

 彼女の口をふさぐことに意識の大半を持って行っているのに、片隅ではどうしたものかと悩んでいる自分がいる。ただ、どれだけ考えたとしても二つの壁が私の前に立ちはだかっていた。

「……確認なんだけどいい?」

 黙っていても何も解決しない。こんなところで片方がもう片方の口を手で押さえているところなんてみられたら、なんていわれるかわかったもんじゃない。

「屋上にいた先輩から聞いたのは、この公園のこと?」

 まっすぐに彼女の目を見ながら質問する。彼女は後ろに下がって話そうとするが、私はそれを許さず、一歩近づいて逃げられないように彼女の腰に手を回す。一緒に片方の手を巻き込んで、動かせないようにして。いよいよ、はたから見れば抱き合っているようにしか見えない。今は話を進めるため、構ってはいられなかった。

 声を出すことを諦めた彼女が首を縦に振る。

「あの桜のこと、詳しく、聞いた?」

 目の前にある彼女の瞳を見てから、横にある桜の樹を目で指し示す。再び彼女を見ると、瞳が動いて私と視線が交差する。そのままじっと瞳を見ていると吸い込まれそうな錯覚に襲われる。私自身も変な感覚になってきてしまいそうだ。

 きっとこの暑さは、この季節のせいに違いない。やたらとうるさい何かが脈打つのもきっとそうだ。

 彼女はいっこうに反応を示さない。ただ、彼女の体も熱くなっている気がした。

「聞いてないってことね……。そんなことだろうと思った」

 私がいうと、彼女の目線が下がる。そのまま動かなくなる。

 やはり彼女は先輩から詳しいことを聞いてはいなかった。いや、おそらくほとんど何も聞いていないんじゃないかな。説明しなかったのか、聞く前に動いたのかはわからないけれど。

 私はもう一度、桜のほうへと視線を移す。どうやって伝えればいいのだろうか。一番簡単なのは直接彼女に事実を伝えること。だけど、そのまま伝えることで余計なことになってしまったとしたら……。今私が彼女の口を無理矢理ふさいでいること自体が無駄になる。折角の苦労が水の泡になる。

「…………よく聞いて、それからよく考えてね」

 ここで少しだけ間を開ける。彼女の目をのぞきこみ、理解しているのかを確認する。瞬きとともに視線が交わる。

「おまじないって聞いたことあると思うんだけど……リップクリームとか消しゴムとか。ちょっと難しいのだと満月にするものとか。あのおまじないって、ただすればいいわけじゃないよね?」

 彼女がゆっくりと縦に動く。

「例えばさ、リップクリームとか消しゴムのおまじないって、相手の名前を書いて誰のも気づかれないようにして使い終わったら願いが叶うってものでしょ? 満月のやつだって、タイミングを合わせて、時間もかけなくちゃいけないし」

 今度はわかっているのかどうか、つかみにくい表情をしている。

「つまりさ、どんなおまじないでも条件が整っていないと、叶うことはないよねってこと。ここまではわかる?」

 視線はまっすぐに私の方をみている。それからゆっくりと反応を示した。いい直したらわかったみたいだ。

 私はさらに続ける。

「ということはここのいい伝えも同じってことじゃない? さっきいってたのって、おまじない、と同じってことでしょ?」

 あえてゆっくりと話すことにした。そう、恋が叶うといういい伝えも、見方を変えればおまじないと同じ。ただ、その力がとても強いということをのぞけば、だけど。

 彼女が首を横に振り始める。口を塞いでいる手も一緒に動かしてはいるけれど、勢いで外れてしまいそうだった。

「んーんー」

 何かをいおうとしながら、自由な手で私の手を外そうとする。利き手ではないとはいえ、私より力はあるのであっさりと、私の手は取られてしまう。

「ぷはぁっ! おまじないってのはわかった。だったら、私の話を聞いてくれたっていいじゃないか!」

「落ち着いて考えてよ。条件っていわなかった?」

「いってたな。それってここにいるってことじゃないのか?」

 彼女が少しだけでも冷静になってくれたおかげで会話になりはじめた。おかげで落ち着いて話ができる。もちろん、油断することはできないけれど。

「そんな簡単だったら、おまじないにならないと思わない? リップクリームや消しゴムは気づかれずに使い切り、満月は月に一度、晴れるかどうかもわからない夜にするんだよ? 今いったのだって、簡単そうに見えて結構大変なんだよ。おまじないの力が強いほど難しくなって、難しいほど条件は大変になるの。ましてここの場合は――」

 いいかけて止める。いいきっても問題ないのかもしれないし、厄介なことになるのかもしれない。知らず、私は桜のほうへと目線だけをうつしてしまう。

 桜に動きはない。枝を大きく広げ、葉をたっぷりとつけている。昼間のうちに多くの光を受けているのだろう。見えているのは、ごくありふれた桜。学校に植えられているものや、公園にあるものと同じようにしか見えない。

 いや、二つ違うところがあった。桜を見上げるとそこにはぽっかりと星が見えるところがあった。下から見れば、葉で隠れて見えないはずの夜空がたった一か所くり抜かれたように見えていた。これは他の桜とは違う。そして、言い伝えを持っているということ。

 私はもう一度、彼女を見る。目の前にいる彼女は桜を見ていた。すっと伸びる鼻梁は美しく、切れ長の目も吸い込まれそうな感じだ。厚くない唇はブレのないひと筆で描かれたような形をしている。

「桜の下……だけじゃ、条件は足りないってのか?」

「そうね……足りない」

「なぁ……もし、なんだけど。もし……条件を満たしてなかったらどうなるんだ?」

 彼女は桜を見たままで、薄い唇をゆっくりと動かしている。

 それにどう答えるべきか……。私自身が知っていることも、聞いただけなので実際のところはわからない。

「……聞いた話だと物凄く距離があいてしまうみたい。それもすごく……。それに……」

「それに? 他に何かあるのか?」

「……私が知っているのは、伝えるチャンスは一回だけ。一回いってしまうと、二度とチャンスは来ない。それはどんな理由であろうと取り返しがつかない。そういう風に聞いている。本当かどうかはわからないけれど……」

「そ、それって、つまり、ど、どういう意味だ?」

 彼女の声が震えている。意味を理解しだしたからなのか、あるいは追いつけないからか。いずれにしても、何らかのことを感じ取った。それだけはわかった。わかってくれたのだとしたら、これで話は終わりにしたいところなんだけれど。

「どういう意味かといわれても……私も聞いただけのことだから……」

 私の言葉もだんだんと小さくなってしまう。彼女の顔を見る。目の前にあった瞳は、いつもの強気な姿とは違って、小さく揺れている。私のことを見ているのは間違いない。ただ、その瞳は助けを求めているように感じられた。

「条件を整えないといけない……。一回しかチャンスがない……。失敗したらッ! 離れてしまう……。そんなのは……イヤだ……。私はイヤだッ! 離れるなんて考えられないッ! 考えたくないッ! どうしたらッ! どうしたらいいんだッ?」

 動かせないようにしていたはずの手は自由になり、もう片方の手と一緒に私の両肩にのせられ、揺さぶってくる。

 視界が揺れ動く。めまいがしてきそうなほどの力で前後に動かされて、暑さもあって気持ちが悪くなってきてしまいそうになる。

「ちょっ、ちょっと止めて! 目が回る!」

「えっ? あっ、わ、わりぃ。大丈夫か?」

 揺れは止まったものの、いまだに少しグルグルと動いているような感じが残る。それでも、私は彼女に向き合うことにした。

「と、とりあえずは、だ、大丈夫……。ひとつだけ考えてほしいことがあるんだけど、話してもいい?」

 私と彼女の顔の間に私は人差し指を一本立てる。彼女はそれをただじっと見ている。

 彼女の目線と私の目線があう。その瞬間に彼女の手の力が抜け、私は押さえられていた肩の手を外す。

「ありがとう。いま問題になっているのは、一回しかないチャンスを使うかどうかじゃなくて、それ以前のことかもしれないってことはわかる?」

「? どういうことだ?」

 ごく近い距離で小首をかしげる。それと同じ方向に髪が動く。まるで動物のしっぽのように。

「つまり……なにか足りないものはない? ってこと」

「足りないもの……さっきからいってる条件のことか?」

 冷静になってきたのか、私が話してほしいと思っていることを挙げてくれている。

「……んーわかんねぇ。条件ってなんだ? 想像もつかねぇよ」

 なんだか物に当たりそうな話し方を始めた彼女。こんな目の前ですごまれてもそれはそれで困るんだけど。

 のぞきこんでくる瞳に吸い込まれそうになる感覚に襲われながらも、私は何とか付かず離れずの距離を保ち続ける。自由には動けるのだけれど、ここで引いてしまうと彼女が気づくことができないかもしれないから……。

「なぁ、わかってんだろ? 教えてくれよ。条件ってやつを」

「……もし、さ。私が教えちゃって、それが原因で何かあったら……イヤじゃない? 私はそれがイヤなんだよね。何かあってからじゃ取り返しって、つかないんだよ……」

 ほんの少しだけ、目線を彼女から下に外す。ほとんど密着しているから、見えているものはお互いが着ている制服しかない。それも彼女の豊かな体が見えるだけ。ちょっとした嫉妬心はでたけれど……。もう一度、目線を彼女へと戻す。

 すると、今度は彼女の瞳から何かが零れ落ちそうになっている。

「そ、そんなのはイヤだ! 絶対に!」

 感情的にとんでもないことを口走りそうになるかもしれないので、彼女の顔をじっとみてすぐに動けるようにだけしておく。

「考えろ……考えるんだ……そもそも、一つ目の条件が桜の下だよな……。桜……さくらってことは……」

 彼女の視線がどんどん上にあがっていく。夜空を見上げる。私から見えるのは彼女の美しい首筋。キズひとつない、ただ白い筋がすっとまるで天に伸びるように見えた。

 しばらく、言葉もなくじっとただ夜空の星を見上げている。私もそれにつられて一緒に夜空を見上げる。

 街の明かりに星たちはほとんど見えない。だけども、いくつかの強い光を放つ星は見えていた。私はそれをただただじっと見つめている。この緩やかに進む時間そのものに心の底から湧き立つものを感じていた。だけど、私はそれを行動に示すようなことはしない。それがどのような結果につながるかわからないから。

「そうかッ!」

 大きな声とともに、彼女が私の目をのぞきこんでくる。その瞳は大きく開いていて、心なしか顔の赤みもさらに増しているように見えた。そんなに近くで見られると私の顔も赤くなっているんじゃないかと思ってしまう。

 そして、両肩を再びつかんでくる。

「いい伝えは、桜の樹のところで話すことだった。整える必要があるものは、人と桜。こいが叶う、だから人の方はす……余計なこといっちゃダメだったな。気持ちがあればいいってことになる」

 じっと、私の目を見つめながら、彼女は続ける。

「もう片方の桜……。わかんねぇけど、何か謎の力みたいなのがあるとしたら、そいつはこの桜が一番力を発揮できる時だろうな。そして、それは人と違って決まっている……」

 彼女は私にだけ聞こえるくらいの大きさの声で、話し続けてくる。まるで、私の瞳の中に答えが書いてあり、それを確認しているようにも思えてしまう。

「つまり……」

 思わず促してしまう。私自身、我慢ができていないみたいだ。

「つまり、条件ってのは春。桜の花が咲いている時に話をしろってことだな」

 彼女の瞳がさらに大きくなる。私はその瞳に吸い込まれそうになってしまう。感覚がおかしくなってしまいそうなほどだった。両肩が少しずつ痛くなってきた。彼女の両手の指が私の肩に食い込んできている。その痛みでおかしくなりそうだった感覚から我に返る。

「ちょ、ちょっと、痛い」

「あ、わ、わりぃ……大丈夫か?」

「……うん」

 そう返事はしたものの、かなりの握力で食い込み気味につかまれたのもあって、そこそこ痛みを発していた。痛みを自覚すると、私の体は自然に手を肩をさすろうと少しだけ動く。だけど、強がってしまった手前、その手はもう一方の腕をつかむことにとどめた。

「それよりも、さっきの答え……合ってる」

 横目で桜を見るが、特に動きのようなものはみせていない。私は体の中にたまっていたものを気づかれないように静かに吐き出す。ただ、これだけ密着しているのだから、気づかれないはずはないと思うけれど。

 少なくとも彼女自身で答えにたどり着いている。だとすれば、余計なことは起きるはずがない、と思いたい。

「だから、いまここで何かいいたいことがあるっていうなら私は帰る。ここで話したいと思うような内容であれば、私は聞きたくないから。本当はこんな会話だって、ダメなのかもしれないし……」

 そっと、彼女の体を押して私は離れる。それはすんなりできた。彼女も無理に私を捕まえることはしなかった。

 だけど、それでも彼女の瞳はまっすぐに私を見つめていた。さっきの大きな瞳ではなく、今度は鋭いものになっていて、その瞳で私のことをじっと見ている。

「……なぁ、今何時だ?」

「えっ? あっと、ちょっと待って」

 私はポケットから懐中時計を引っ張り出す。蓋を開けると八時を回っていた。暗くなったわけだ。いくらこの時期とはいっても、八時を過ぎれば暗くもなる。公園にある動物の置物は暗い中に沈んでしまっている。

「それ……持ってたんだな……」

「もちろん。私にとってこれは大切なものだからね」

 私は蓋の内側のキズを見た。相変わらず読めないが、書いてあった文字は覚えている。

「なくさないように、大切にしとけよ」

「誰かさんはどっかにしまい込んであるんだっけ?」

「なくすよりかは、いくらもマシだぜ! さぁて」

 パァン。

 彼女が突然、大きな音を立てる。たった一度だけの拍手。それはまるで彼女自身に対して気合を入れるみたいに。

「よしっ! じゃあ帰ろう!」

 彼女はなぜか、桜のほうをみながら宣言でもしているようにいい放つ。それからベンチに置かれていた私のカバンを持って、私の所まで大股でやってくる。そのままの流れで彼女が私の横を通りすぎる時に、私の腕をとって引っ張りだす。私は引っ張られた勢いで転びそうになるが、何とか彼女についていく。

「わりぃな。こんな遅くまで付き合わせてさ。送るし帰ろうぜ!」

 そういってどんどん私のことを引っ張っていく。その力強さに心の奥のほうでざわついたものがあった。

 公園を出たとき、彼女はピタリと足を止める。それから、軽やかに半回転して桜のほうをみる。彼女の黒い靴が踵でキレイに揃えられる。私の腕を握ったまま。

「来年の春に花、見にくるから! その時には満開のキレイな桜をみせてくれよなッ!」

「ちょ、そこまでしなくても!」

「いいんだよッ! これであの桜も来年にはキレイな花を見せてくれるだろうからさ。一緒に見に来ようぜ!」

「……もう」

 私は小さく彼女に文句をいう。それは不満があったからじゃない。

 彼女が駆け出す。私の手をとったまま。

 暑い季節だからなのか、あるいはつないでいる手のせいなのか。熱さを感じながら、夜の街を彼女と一緒に駆けていた。


Fin

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守の桜 夜桜満月 @yozakuramangetsu

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