第6話


 寺院は殆ど元に戻っていた。壊された建物も壊された魔術道具も元通りになっていた。しかし死んだ人は誰一人戻らなかった。竜鬼の拠点から戻った頭領達は彼ら彼女らの遺体を山の中に埋めて弔った。葬式は慎ましやかに行われた。

 掃除が行き届いていた建物も丁寧に手入れされていた植物も食堂の定番料理も、二度と帰ってこない。それは書庫の番人も同じだった。田中は、自発的に狗山の仕事を継いだ。ここ数日はじっと本を読み続けていた。

「入るわよ」

 林桜が書庫に来ると、田中は顔を上げた。

「また新しいのを借りに来たのか」

 「そうよ」機械的に応えると、簡単に沈黙が生まれた。

「…なぁ、いつまでそんなシケた面してんだよ。みんなもう前に動き出してるんだぞ」

「前ってどこよ」

「前っていうのは…、そりゃ自分のやりたい事だよ。実現したい何かがあってみんな魔術を習いに来たんだろ」

「私はそういうの無いから」

「そんな冷めた考えするなよ。俺たちは魔術を使えても普通に人生を生きていかなきゃいけないんだぜ。俺たちの居場所が守られただけでも充分だろ」

 その発言を境に、林桜は本を読む手を止めた。

「守ったの? これで?」

 本を閉じて棚に戻すと、田中が使っている受付用の机を叩いた。

「自惚れるのもいい加減にして!」

「あんだと?」

「狗山が死んだのはアンタのせいでしょうがっ!」

 田中は立ち上がった。

「俺が何も試してないと思ったか、狗山の時間を戻そうとしたさ! けど、くそ、俺の力は事実までもは巻き戻せなかったんだよ!」

「使えない才能ね、何のために逆行術を会得したの!」

「ウルセェ、俺の力はそんな便利なモノじゃなかったんだよ! 時間なんて巻き戻さずに運命を受け入れるしか無いんだ!」

 自分でこの話をしながら、田中は竜鬼が死に際に言っていた内容を思い出していた。

 何故俺は魔術を使えるようになったのか、そもそも何故魔術の存在を確かめに行ったのか。田中の中で何かが繋がった。いや、繋がってしまった。

「なぁ、頭領は今どこにいる?」

 田中は書庫の出入り口を見つめた。

「なに? 関係ないでしょそんなの」

「いいから教えてくれ」

「何なの? 自分の部屋にでもいるんじゃない?」



 頭領の部屋は寺院の一番奥の棟にある。その扉を開けるとそこは空気が固まっているかのように人の気配が無かった。中央階段を登った先の扉をさらに開けても、誰も居なかった。真ん中に堂々と置かれた机に何枚もの手紙があった。

「時の魔術師、田中殿」

 その内の一枚に、自分に宛てられたものがあった。


『拝啓 田中殿

 まず初めに、急に皆の前から消える事を謝罪致します。申し訳ございません。しかし私がおらずとも皆が力を合わせればこの魔術界を守っていけると確信しております。林桜を中心に確固たる結束を築いて下さい。

 さて、君が知りたいのは何故君が魔術師になったかというお話しでしょう。それはこの筆の中で説明します。そもそも私は、君が生まれた時から君の存在を知っていました。類稀なる魔術の才能は誕生したその時から察知する事が可能なのです。ですが何も知らない君が多くの結社から勧誘されるのは目に見えていました。ただ私には、君を育てそして守り続ける自信が無かった。だからこそ私は君の才能を隠し、現れないように細工したのです。

 君は一人の人間として真っ当に生きていました。私も魔術界を守り続けると決めていました。きっと私たちの人生は決して交わらない、そう思っていました。しかし私はある日気がついたのです。私は、衰えていると。新たな力が、新たな才能が必要だと。

 その時に思い出したのです、君の存在を。私は依頼主に扮して君の職を奪い、占い師に扮して魔術の存在を示唆し、熊に扮してこの寺院に誘ったのです。そして君を育て、最後は君の才を貰い受ける、そのつもりでした。これが真実です。

 竜鬼との戦いの中で、私は明らかに衰えを感じました。私の出る幕は終わったのです。私も時間逆行の術を使いたいとは思いましたが、才を引き伸ばすのはもう止めようと考えました。ただ、今後現れる脅威は竜鬼以上の輩もいるでしょう。この世には幾人もの悪しき心を持った魔術師が存在しています。君ならば才を奪う術を簡単に会得できるはずです、力を身につけそれらを退けて下さい。独善的な正義観を持つ君ならばきっと大丈夫です。時を遡る術があろうと、運命に刻まれた出来事は覆せません。君の運命を受け入れて下さい。』


 手紙を読み終えるとそれを握りつぶした。

「何が魔術界のためだ、お前は自分の思い通りに物事進めたいだけじゃねーか…」

 頭領の部屋を出ようとした時、林桜が扉の前にいた。

「頭領は」

「消えてたよ」

「え」

 田中は林桜に背を向けて歩き出した。

「ちょっと、どこ行くの」

「さぁ、アテも無い。どこに行くのかと言われれば、俺はここから出て行くよ」


 彼は自分に定められた運命から必死に目を逸らそうとしていた。

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刻の魔術師 山木 拓 @wm6113

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