第5話
海を越えた先の雪国、その中にそびえ立つ山脈の中に竜鬼達の住処があった。頭領たちは吹雪の中数十人の隊を率いて向かっていた。山の麓に辿り着くと頭領のもとに白い鳥がやってきた。
「お勤めご苦労様です、これからは自由に生きてください」
左手の甲に乗せた一羽を、空中に放った。飛び立つと同時にその体内から何かが抜け落ち、散ってしまった。
先頭に立っていた桜林は隊の皆のほうへ振り向いた。
「竜鬼はこの先の洞窟にいるわ。戦う準備は万端だとは思うけど、改めて気持ちの準備をしておいて。おそらく過酷な戦いになるわ!」
「あの日やられた者たちの仇のためにも、今後の魔術界の名誉のためにも奴らを討ちましょう」
頭領が静かに皆を奮い立たせると再び山を見つめた。両手を天に掲げ、呪文を詠唱すると青い衝撃波が放たれた。何も無い空間にその衝撃波がぶつかり、ガラスが砕ける音がした。強力で巧妙に作られた結界を、破壊したのだ。その向こう側には大きな城があった。
「外から見る限りは綺麗な建物なんですがね」
隊全員で城の入り口に向かい始めた。また、皆が動き出すと同時に大勢が慌ただしく城のバルコニーに出てきた。「何があった?」「誰かが結界を破ったかもしれない!」「一体誰が!」騒然としていた。向こうは懸命にこちらを探しているが、まだしばらくは見つかる事はない。透過の衣を隊の全員分用意しており、その効果で完全に姿を消しているからだ。
「何事だ!」
血相の悪い女が外に姿を見せた。
「蛇尾様、断絶壁の術式を壊されたようです!」
「なに? …なるほど、そんな芸当ができる人間なぞ限られておるな」
蛇尾は両手十本の指先から火花を生み出すと、手のひらから徐々に範囲を広げて上半身全てに纏った。さらに吐き出すように火花を放ち、頭領たちの頭上に大量に降り注いだ。透過の衣は所々焦げ、あまり意味を為さなくなった。「おおよそ二十人といったところか」城の者たちは迎撃に向かった。
・・・
その頃、寺院に残った者達は演習場に居るか農作業をしていた。自室に篭って寝ている人間などいない。彼らは敵襲の可能性を頭に置き、すぐに接近を察知するためにも出来るだけ屋外で過ごそうとしていたのだ。
「でも、その竜鬼ってやつと相手の本拠地で戦うんだろ? だったらこんなに警戒する必要あるか?」
田中にはいつになく張りつめた空気が居心地悪かった。
「確かにそうかもしれないが、奴らには一度頭領の不在を狙われたからな。警戒は解けないのだよ」
狗山は不満を垂れている田中を諫めた。
「んで、その竜鬼ってやつは何者なんだ? そもそも強いのか?」
「ああ、強いには強い。けど…」
「けど?」
・・・
山脈の城内部では、それぞれが激しい戦闘を行っていた。魔術により武器が飛び交い、魔術により炎と雷がぶつかりあい、魔術によりお互いの精神を奪い合った。
若い男の持つ光の剣が老人の持つ邪気を纏った刀を受けると、力強い衝撃が空気を揺らす。それぞれが反発する力を持つため、そこに込められた魔術的な力が放たれるのだ。すると光の剣は少しづつ削り取られた。邪気を纏った刀は触れた箇所だけ邪気が無くなった。このままでは、単なる魔術的な体力勝負になってしまうと察し、若い男は距離を取っていくつもの斬撃を放った。その衝撃波が刀にぶつかる度にそれは普通の刀に戻った。そして最後の斬撃で、普通の刀は折れてしまい、老人は胴体を斜めに大きく切られた。
炎の使う女が指を鳴らす度に、一瞬空気が燃えた。彼女は自由自在に炎を生み出しているように見えるが、実際は違う。たんに空気中に僅かに含まれる可燃性の気体を発火点温度まで瞬間的に引き上げているだけだ。雷を放つ男の服や皮膚を直接燃やそうにも、布が少し焦げたり軽い火傷で済んでしまう。だから彼女の戦いには工夫が必要であり、常にガスボンベを持ち歩いた。中の気体を男に向かって放ち、それを発火点温度まで引き上げると激しい炎が発生した。雷を放つ男は十本の指先から雷を城内の地面に落とし、床を破壊し跳ね上げる事で瓦礫の壁を作った。ガスの炎はそれを燃やせなかった。彼は壁から体を出すと、炎の使う女の持つボンベに向かって雷を落とし、彼女の目の前で爆発させた。
ただ一人透過の衣が焼けなかった女は、それに包まって城の入り口で寝ていた。しかし特に戦いを避けているのではない。魂だけの霊体になって肉体から抜け出し、彼女は竜鬼の居場所を探っているのだ。この姿の状態ではこちらから攻撃出来ない代わりに、殆どの攻撃も受けない、つまり自由自在に城の内部を動き回るのも可能だ。同じ状態の敵でもいない限り。霊体化の魔術が使える人間は彼女だけではなかった。彼女の前に屈強な男が立ち塞がった。霊体どうしでの戦闘はとても単純だ。霊体化の魔術の途中で他の魔術は使えない。霊体どうしは触れられる。そうなると肉弾戦しかない。一人の女と屈強な男、戦いの行方は見えていた。殴られ蹴られ、投げ飛ばされ、一方的だった。簡単に決着がついたと思った男は、簡単に背中を見せた。女はその背中に霊体化させていた短剣を突き立てた。そもそも道具を霊体化する方法を知っていた女と知らなかった男、二人の戦いの行方は見えていた。
・・・
狗山は日常会話のように語った。
「竜鬼はただの犯罪者なんだ。悪人なりの信条も無ければ愚か者なりの論理も無いただの犯罪者」
「…それは、随分珍しいな」
田中は罪を犯す者には大半の理由があると理解していた。生活に苦しんでいたとか信じていた人から裏切られたとか社会から孤立したとか。そこに田中自身の理解が及ぶかどうかは別として、その人達の中では理屈が通っている。
「力を手に入れたから、それを使って利己的な悪事を働いているのさ」
「悪者というより犯罪者、か」
例えば透明になれる魔術があればバレないように盗みをやる、火を生み出す魔術があれば周囲には分からないように放火する、このような魔術を身につけると最初に思いつくようなくだらない行為をやっているのが竜鬼なのだと田中は解釈した。
「たとえ犯罪者の素質があっても実行力がなければただの卑怯者に終わるだろう。しかし厄介だったのは、奴に魔術の才能が溢れていたことだ」
・・・
「久しぶりね、少しは強くなったの?」
城の中で桜林が蛇尾と相対すると、挑発した。
「もちろん。少なくとも貴様よりはね」
蛇尾の指先から術が放たれた。桜林は掌でそれを弾いた。軌道を変えた術は背後で戦っていた者の背中にぶつかり、その部分だけが石化した。蛇尾は続けて何度も術を放つと桜林は同じように弾いて逸らした。ぶつかった箇所は風化したり液化したり溶け出したりあるいは真っ黒になって色を失ったりもした。
「いろんな術を使えるのね、でもそれだけじゃ強くなったとは思えないけど」
「貴様は随分珍しい手袋を使っているのね。術の影響を受けずに触れられるなんて、珍しい手袋ですこと」
桜林は気軽に話しながら戦っているが、心の奥底では理解していた。今日ここでどちらかが死を迎えると。
二人は同じ頃に頭領から引き取られ、幼い頃大半を二人で過ごしていた。二人は魔術の才覚に恵まれ、頭領の言付けの通り『いつの日か訪れる戦い』のために自らを鍛えた。魔術を体得するまでの経緯はお互い似た様な経緯を持っていたのだが、得意とした魔術は全く違った。桜林は肉体活性や強化、変化、硬化。蛇尾は対象の者の性質を変化させる術を得意とした。だからこそお互いを比べて妬んだり憧れたりもしなかった。二人は対等だった。
「こうして正面をきって戦うのは、初めてであろう」
蛇尾は自らの影を蛇の形に変えて桜林の影に絡みつくよう指示した。
魔術における戦闘は人対人の他に、魔獣との戦いがある。魔獣とはその殆どが人間に害をなすものばかりだ。それに、人間に害を与えるために人間の手で生み出されている場合もある。だからこそ魔獣は、術を探求する者にとって格好の練習相手だった。退治のためにも攻撃をされて然るべき存在なのだから。桜林も蛇頭も負ける可能性が無い場合は、新しく身につけた実験的な術を使った。そんな中、蛇頭の心の内側には小さな不満が募っていった。「もっと術を自由に使いたい」いつしか魔獣でも魔術師でもない山の動物や罪を犯した人間に術を向け始めた。桜林はそれを咎めたが、「こいつらも同じように害を為す獣じゃない。だったら私の行いを貴様に否定される筋合いは無い」何も言い返せなかった。
桜林は地面を掴み、影の蛇を引きずり出した。口が開かないように頭全体を握り、そのまま力を込めて潰してしまった。
「貴様はそれを当然の様に殺した。しかし本物の蛇ならば殺さない」
「当たり前じゃない、こっちはただの術だもの」
「この偽善者が!」
蛇頭が術を放つと、桜林はそれを弾きもせず掴んだ。術は発動も消滅もしないまま手のひらで暴れ続ける。それをそのまま投げ返してしまった。「なんだと!」あまりの出来事に蛇頭は反応できなかった。そのまま術が直撃し術が発動すると、蛇頭の体が極限まで小さくなり、そのまま消えた。
「ごめんなさいね。貴方の持論は尤もだけど、魔術師のルールで人間を捌くのも間違ってると思うの」
桜林は理解していた。蛇頭が竜鬼に傾倒している以上、彼女は個人的な基準で悪を捌いていたのではなく、単に無差別な新術の実験を行なっていただけだったのだ。
城の奥にある玉座には竜鬼が待ち構えていた。頭領はその部屋の大きな扉をゆっくりと開いた。
「貴方らしい場所ですね。見せかけだけの権威が小物らしさを引き立てています」
「あら、ヒドいこと言うね。久々の弟子との再会なのに」
「とっくの昔に破門しました」
「こっちが破門されても、俺からすれば師であるのは変わらないのに」
「私からすれば只の犯罪者です」
「じゃあ、捕まえる?」
頭領は少し微笑みながら言った。
「いえ、駆除します」
頭領の手のひらから大量の水が放たれた。それに呼応するように竜鬼は炎で消し去った。頭領が地面を破壊して石礫を作ると、それを竜鬼に向けて飛ばした。竜鬼は風圧で軌道を逸らした。竜鬼はあえて火を大量の水で、石を強い風で防ぐ事によって自らの術の規模を見せつけていた。
「俺が思うに、頭領はもう衰えが始まってるんじゃないかな」
「それは認めます。しかしその代わりの力は身につけました」
頭領が腕を上に向けると、脇からそれぞれ三本の腕が生え、合計八本となった。それぞれの腕に光の槍を生成し、そのまま突き立てにかかった。その全ての攻撃を竜鬼は避け続け、完全に見切った一本を掴んだ。光の槍は掴まれた箇所から黒く塗り替えられ、その黒が頭領の手まで到達すると生えた六本の腕は消え去ってしまった。
「この術も頭領に教えてもらったモノですよ」
「私に使うために教えたのではありません」
頭領は両手を地面につけると、術を送り込んだ。すると竜鬼の足元から大量の手が生えてきた。すぐに後に飛んで接触を回避しようとするも、追いかける様に生え続けた。竜鬼は飛び上がりながら体勢を上下逆にすると、天井に立った。そのまま魔術を繰り出そうとしたのだが、今度は天井からも手が生えてきた。
・・・
「まぁ確かに、力のある奴の悪行はしまつが悪いからな」
田中は自らを戒める様に呟いた。力のある人間が力を持っていると自覚するとあまり良くない結末が待っている。
「しかし奴の命運も今日で終わりだ。頭領が決着をつけてくれるだろう」
田中は狗山の話をきちんと聞きつつも、「ふーん」と他人事のような返事をした。その時何気なく視線を上に向けると、空に大量の人影らしきものが見えた。
・・・
身体中を手に掴まれ、天井に磔のようにされた竜鬼はこの状況でも平然だった。
「なぁ、頭領はなんで俺を目の敵にするんだ?」
「貴方が魔術で身勝手なことばかりするからです」
頭領は問いに答えながら光の槍を生成した。
「じゃあそれ以外で魔術は何のために使う? 世の中の技術や仕組みなんて大概は自分のため、みんなのため、楽するため、そのぐらいだろ」
光の槍は先端が三叉に分かれた。
「頭領だって自分のために魔術を使うんだろ?」
光の槍は一つ一つの先端の鋭さが増していった。
「そもそも、『いつの日か訪れる戦い』なんて本当に存在するの?」
頭領は無言のままその光の槍を放った。迫り来る三叉を目前に、竜鬼が全身に力を込めると天井から生えていた手が崩れ去り、それを回避した。そして頭領の背後に周りこんで青い炎を全力で放とうとした。しかし頭領の背中から生えた二本の手が竜鬼の胴体を貫いた。
「少し口数が多いですね。やはり貴方は破門して正解でした」
胴体を貫いた腕は、体内の温度特有の生温さが包んでいた。その腕をゆっくりと引き抜くと、竜鬼は掠れた声を漏らした。腕の先端からはインク漏れした赤ボールペンのように血が垂れていた。うつ伏せに倒れた竜鬼の背中から地面が見えたのだが、そこに血が溜まってしまった。竜鬼が完全に死亡した。
決着がついたとほぼ同時に林桜達が部屋に入ってきた。
「よかった! 無事討ち倒したのですね!」
「ええ、しかしやはり当時よりも力をつけていました。私とて危ない戦いでした」
皆が戦いの終わりを確信した。その時竜鬼の体が崩れ、内側から一枚のボロボロな紙切れが現れた。頭領はそれが何なのか知っていた。
「まさか、生命生成術…?」
頭の中に嫌な予感が芽生えた。
・・・
月聖寺院に多くの魔術師が襲来していた。その中には竜鬼の姿もあった。
「いやあ、大変な準備だったよ」
畑にゆらりと着地すると、悠然と作物を踏みながら寺院の建物に向かった。当然残された者たちは自分達の居場所を守るために必死に戦った。一人は光の槍を構え、一人は結界壁を展開し、一人は光の弾を漂わせた。竜鬼たちを閉じ込める形で結界を敷き詰めたが、ただ単に前へ歩くだけでそれを破ってしまった。竜鬼の仲間の一人が腕を振ると、槍と弾を用意した二人の元へ刀が落下し、上半身に突き刺さった。
「じゃあ、お目当てのヤツを探しにいくか」
寺院に残された者たちは、その殆どが実力的に未熟な魔術師ばかりだった。対し竜鬼は考え得る中で最も凶悪な才を持つ魔術師を引き連れていた。未熟な魔術師たちは寺院で戦う利を最大限に生かそうとした。周辺の自然、建物の設備、保管されている魔術道具、その全てを生かそうとした。このような実力差を埋めるための策であっても、差が大き過ぎれば意味が無い。竜鬼たちは次々と打ち破った。一矢報いた者もいたが、それだけでは状況は何も変わらなかった。
演習場にたどり着き、そこで狗山と田中の二人と対峙した。
「なぜお前がここにいる!」
狗山は犬歯を剥き出しにしていた。
「いやいや簡単な話だよ。俺をもう一人生成した」
「なんと、世界の秩序を何だと思っている!」
「そんな大袈裟に騒ぐなよ、俺が俺一人生成したぐらいで。しかも完全に複製できた訳じゃなくて実力的にもだいぶ下だしね?」
狗山その軽率な発言、思考回路に苛立った。全身に炎を纏い、また炎で創られた犬を従えて、竜鬼に飛びかかった。竜鬼はそれに目もくれず、田中の方へ距離を縮めた。
「お前があの魔術師か」
「俺はどの魔術師だよ」
田中は結界壁で近づいてくる者を跳ね除けた。また光の槍を何本も撒き散らし、返り討ちにしようとした。
「田中! 逃げろ!」
狗山は叫んだ。しかしその言葉も意味はなく、竜鬼の術が放たれ、田中の左腕が弾き飛んだ。持ち主から離れていった腕は演習場の端に落ちた。
「いってぇぇぇぇ!」
「ほう、その痛みでも気絶しないのか。余程強靭な精神力を持っているとみる」
「貴様、やってくれたな!」と炎の犬たちは敵に狙いを定めて次々と噛み付いた。その間、田中は左腕が無くなったこの状況を冷静に受け入れられないでいた。何故俺は左腕を失ったのか、何故この男は俺の左腕を弾き飛ばすような攻撃をしてきたのか、何故俺が攻撃をされなければいけないのか。
「痛いよな? 辛いよな? なんでこんな目に遭うんだって思ってるよな?」
竜鬼は田中の心の動きを言葉で特定の方向に促した。田中の心はある結論に達した。この戦いに参加しなければよかった。そう思った瞬間、左腕が元の状態に巻き戻った。
「素晴らしい!」
炎の犬を振り払いながら、竜鬼は歓喜した。
今までの田中は時間の逆行術には多くの制限があった。元いた時間的位置に移動する、その程度にしか効力を発揮できなかった。しかしこの時、才能が一段階開花した。完全に状態を巻き戻す事さえ可能になったのだ。
「素晴らしい力だ! 何としても手に入れないと!」
竜鬼は仲間の一人に指示をした。「持ち帰るぞ、ただし殺すんじゃないぞ」その仲間は空に何本もの刀を用意した。術を発動し、何本もの刀が田中と狗山の頭上に高速で降り注いだ。しかし一本も二人には当らなかった。田中が結界壁を展開していたのだ。
「ただの薄壁一枚で防いだだと?」
「薄壁なのは認めるけど、ひと工夫してあるんだよ」
結界壁は割れる訳でも破れる訳でも貫かれる訳でもなく、中途半端に突き刺さっていた。結界壁は基本的に一部に損傷があると全てが破壊される。つまり刺さっているこの状態は理論上ありえない。
しかし田中はこれを実現した。
「なるほど、時間逆行を繰り返して超速で再生させ続けているのか」
二人にとって相手との戦力差は絶望的だった。しかし田中の才能に、この状況を覆す可能性を狗山は見出していた。
「おい、その力は他の術にも向けられるか」
「それぐらい簡単だ」
「なら俺の術に合わせろ!」
田中は黙って頷いた。狗山が炎の犬を大量に生み出すと、それを竜鬼たちに仕向けた。それらが相手に噛み付く前に消しとばされる犬もいれば、噛み付いたもののすぐに振り払われたものもいた。攻撃がほとんど効いていないのを理解しつつも、同じ術を繰り返した。生み出しては消され、生み出しては消され。それが何度も行われた。その間、田中は無限に再生する結界を貼り続けた。
「なるほど、そういう事か」
竜鬼は二人の考えに気がつき、それと同時に田中は結界を解除。今度は先ほどまで何度も消されていた炎の犬を、一瞬で全て再生させた。演習場にいる全員の視界がその術で埋め尽くされた。力の差が多少あったとしても、それは策や時間の積み重ねによって覆せる。
大量の炎の犬が一人一人に噛み付き、全身が埋め尽くされてしまった。焼かれる熱さに悶える者が殆どだった。しかし一人だけが正気を保っていた。
「素晴らしい。やはり素晴らしい才能だ」
竜鬼が炎の犬を振り払うと、高速で石礫を二人に放った。田中は再び結界によりこれを防いだ。その間に石人形を作りあげ、狗山に肉弾戦をけしかけた。
石人形は腕を反らし、薙ぎ払うように大きく振った。狗山はこれを造作もなく回避し、鈍い風切り音がした。狗山は体を小さく構え、術で強化した爪を何度も刺した。少しづつひび割れていくと、完全に崩れた。しかし石人形は、自身で石人形を作る魔術を使用していた。
「狗山、こっちだ!」
田中は石礫を防ぐ結界を解除し、狗山は石人形を掴んで田中のほうに投げた。石人形に触れるとただの石の塊に巻き戻した。田中自身に攻撃が当たったが、それも時間を巻き戻し、怪我を簡単に直した。
「やはりあの男は強い。ただ策もなく戦うのでは二人同時にやられる」
「でもどうすんだよ」
「簡単な話だ。お前は今、防御と回復において最高の能力を有している。ならば私が攻撃に回る」
「狗山が無事で済まないだろ」
「その時は私の時間を巻き戻してくれ」
狗山は竜鬼に駆け出していった。
「そうだよな、やっぱりそう来るよな」
竜鬼は、この二人を相手するにおいて一番強力な連携を理解していた。田中が結界を貼りながらギリギリまで接近すると、直前で結界から外れ、狗山は徒手空拳で挑んでいった。先ほどの石人形と同じように術を纏った爪で上半身を何度も突き刺し、何度も切り刻んだ。竜鬼にとっては微々たる痛みしか与えられなかった。攻撃を喰らいながら竜鬼は斬撃の術を発動し、狗山は耳を切られ横腹を切られ足を切られ腕を切られ。確実に傷を負っていった。そして竜鬼が最大の斬撃術を発すると、右肩口から左脇腹まで大きな一太刀を浴びてしまった。その刹那、狗山は田中に言った。
「後は任せたぞ」
「ああ」
田中は狗山が爪に纏わせていた魔術を何度も何度も何度も逆行させた。
「なに!?」
竜鬼の上半身はほんの少しづつ削ぎ落とされていった。
「おおおおおお!」
田中は息を切らしていた。結界の高速連続巻き戻しよりもさらに上の速さで狗山の術を再生させていたのだ。
遂には皮が破れ、肉が切られ、骨が割られ、内臓を裂かれ、完全に上半身が失われた。そして首だけが、地面に落ちた。
「こんだけやれば、こっちの勝ちだろ…」
竜鬼の状態をじっと眺めて、田中は勝利を確信した。しかしその状態で竜鬼はしゃべり始めた。
「時間逆行術か…」
「嘘だろ!?」
生首にまだ意識があったのだ。田中は結界を展開し光の槍を構えた。
「安心しろ、ここまでやられたら俺も回復はできない」
「それでも、とんでもない生命力だな」
竜鬼の言葉を疑ってはいなかったが、術を構えたまま警戒は緩めずにいた。
「素晴らしい才能だな。しかし、一つ疑問を感じないか? 何故たまたま仕事をクビになって、たまたま魔術を知ったお前が、たまたま寺院を見つけられて、たまたまそんな才能を秘めていた? 話が上手すぎると思わないか?」
「それが運命ってもんだろ」
「随分健全な考え方だな。じゃあもう一つ。一人一人の魔術の才能ってのはどれも大したことはないんだ。じゃあなぜ頭領はあれ程魔術を大量に使える? おかしいと思わないか? そもそも『いつの日か訪れる戦い』って何だ? そんな事書いてる予言書見たこ」
竜鬼が話している途中で、田中は光の槍を突き立てた。
「ただの犯罪者が、散り際にごちゃごちゃうるせーよ」
田中は狗山の元へ駆け寄った。
「勝ったぞ、おい! 終わったぞ!」
しかし狗山は何も反応しなかった。
「そ、そうか、そりゃこんだけ怪我してりゃ、なあ! 俺がすぐに直してやる!」
田中は時間逆行術を使い、狗山の怪我は回復していった。
「よし、勝ったぞ狗山、体も直した。目を覚ませよそろそろ。いつまで寝てんだよ! おい、完全に治ってんだぞお前の体!」
田中の心の中に、自分の能力に制約があるのではないかと考えてしまった。しかしその推測は無視した。
「目を覚ませよ、なぁ! おいってば!」
狗山の体は完全に治っていた。しかし一切の反応がなかった。
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