第二歌 必然

青く輝く恒星が

光の王冠 照らすとき

異界の扉が開かれて

そらに炎が放たれる


赤く輝く火の川が

闇の大地を染めるとき

異界の使者が現れて

天は人を導かれる


 ご機嫌なスピカが歌っている。俺たちは、湖を出発し野鼠が入っていった林を抜け、あの山の方へと進んでいた。スピカは湖からあがると、魔法のようなものを使って姿を変えた。ずぶ濡れの白い着物は、漢服風の黒く美しいドレスに入れ替わり、上品に広がる胸元と優美な羽織のデザインが彼女を艶やかに映し出した。長く垂らしたずぶ濡れの髪も、花とかんざしに彩られたアップスタイルへと変わっていた。ほんのり淡く桃色に染まった頬が、切れ長の目尻にさした真紅のアイシャドーを妖しく照らし、深い漆黒の瞳の輝きを引き立てていた。そう、スピカは美しい人間の姿をした悪魔だった。そして、彼女の歌声は天使のように美しく、それでいてその姿は凛として、名門大学出身のエリートの雰囲気さえ醸し出していた。


「ダンテ、わらわに見とれておるのか?いやらしいのぉ。」

「たわけ。優に数千年生きている老婆になど、見とれるわけなかろう。」

「す、すすす数千年っ?やっぱ妖怪なのか?」

「お、お主ら、死にたいようじゃな。」


 ポカッ!


「ダンテ様は見逃してやろう。」

「あっ、ありがとうございます。(ペコ)」


 昴閣下の頭にコブができた。悪魔でもタンコブできるんだな。それにしても悪魔は数千年生きてもこんなに若々しいのか。どう見ても16歳くらいに見えるぞ。


 俺ら人間とはきっとポテンシャルが違うんだろうな。とはいえ、俺だって本当はサラブレッドなんだ。宇宙開発事業に従事する研究者の父親と、医学部教授の母親の一人息子として生まれたんだ。幼いころ、「お父さんカッコいいね」と言われて育ち、俺自身も親父を尊敬し、親父を目指して勉強したのに、俺ときたら物理がまるで無理だった。次に得意な生物を生かして、お袋を目指してみたけれど、医学部に入学できるほど頭が良いわけでもなかった…こんなダメな俺なのに、両親は「自分らしく生きればいいんだよ」と言って、愛情いっぱいに育ててくれて、むしろなんていうか辛かった。


 「俺なんて何の役にも立たない」と思った。だから思い切って、発展途上国で井戸を掘る政府の事業に参加して、現地の人たちを手伝った。そこで初めて気がついたんだ。こんな俺にもできることがあるってことを。視野を世界へ広げれば、俺でも誰かの役に立てるってことを。だから俺は日本に戻って、発展途上国の人々の役に立つために、グローバル企業に勤めたんだ。それなのに、結局、いまの仕事は、いかに安く発展途上国へ発注するかってことで俺は彼らの役に立てていない…ん?仕事…?おい、ちょっと待てよ。俺、仕事大丈夫なのか?てか、おれはあっちでどうなってるんだ?


「昴閣下、俺はいまあっちの世界でどうなってるんだ?」

「魂が抜けた状態になっておる。」

「魂が抜けた状態だと?今日は大事な会議なんだ!どうしてくれるんだよ。」

「ダンテ、そんなことを気にしておるのか?問題ない。」

「問題ないわけがないだろ!うぅっ、どうしてくれるんだよ。人生詰んだ…」

「そんなことで終わるかアホッ!貴様、この吾輩を誰だと思っている?魂が抜けた『瞬間』に戻してやるから安心せい。」

「700年も間違えて召喚したヤツ、秒単位で信用できっかよ。おれが戻る頃には、体が骨だけってことはないだろうな?」

「ダンテ、大丈夫じゃ。起きることの全てが必然じゃ。」


 そんな必然があってたまるかよ…


「そういえばスピカ、さっき歌っていたうたはなんだ?」

「あの湖の畔にあった石碑に書いてあったのじゃ。」

「石碑?それ『伝承碑』ってやつじゃないのか。」

「伝承碑とはなんじゃ?」

「昔あった自然災害なんかを子孫に伝えるために石碑に刻んで残すんだ。でも、あそこに石碑なんかなかったよな。」

「お主の眼は節穴か!立派な看板があったじゃろ。」

「看板?んなもんあったか…あ、そういえば、ひしゃげた字で「黄金湖(落とし物が金塊に変わります。お気軽にどうぞ。)」って書いてある胡散臭い立札があったな。

「おまえ、まさか伝承碑を…」


 ドンッ!ゴーーーーーーーーーーーーーーーーー…


 なっ、なんだ?地鳴りか?突然、大きな音がした。ゆ、揺れてる…地震だ!俺は辺りを見回した。大地が激しく揺れて、立っていられない。俺は座り込んだ。地割れが猛スピードで足元に迫ってくるのが見える。嘘だろ、本当に死ぬ…。ここで死んだらどうなるんだ?いやだ、死にたくない、神様ッ!


 その時、体がふわっと宙に浮いた。


「なんだ⁉…俺、覚醒した?」

「馬鹿者!吾輩が救ってやったのだ。」


 俺は、声のする方を見上げた。黒い巨大な猫又が大きく羽を広げて飛んでいた。昴閣下なのか?俺は、その昴閣下らしき巨大な猫又の大きな手にすっぽりと収まっていた。


「た、助かったよ。ありがとう。」

「フンッ、貴様が死んだら吾輩が困るからな。背中に乗れっ。」


 昴閣下は、ポンッと俺を宙へ投げ、背中に乗せた。


「うわっ、危ないじゃないかっ、雑すぎだろ!」

「しっかりつかまっていろ。」


 何か変だ。そういえば、もう1人いたような…そうだ!


「スピカは?」

「はぐれたようだ。だが、ああ見えて上級の悪魔だ!吾輩が助けずとも、そのうちどこからか、ふと現れるわ。」

「そうなのか。あいつやっぱりすごいんだな。」

「待て、ゴルァアアアアアアアア!」


 どこからか聞き覚えのある声がする。下か?よく見るとスピカが、もの凄い勢いで地面の裂け目から這い上がってきた。すっげぇえええええ、流石、上級悪魔!


「わらわも助けんかぁあ!」

「あれ、でも上級の悪魔は自力でどうにかできるんじゃ…」

「そんなことあるかボケェエ!悪魔それぞれじゃあ!はよ助けんかぁ!」

「おまえ、嘘ついたのか?」

「吾輩は『現れる』と言っただけだ。」

「昴閣下、早くスピカを助けるんだ!」

「そんなことせずともすぐに這い上がってくるわ。」


 昴閣下は、さらに羽を大きく広げて急加速した。


「速ッ!悪魔すげえ…」

「ぶわっはっはっはっは!マッハだ!」


 昴閣下の得意げな笑い声が空に大きく響き渡る。


「下を見ろ。」


 昴閣下の肩越しに見下ろした世界は真っ暗闇で、オレンジ色に輝く溶岩流が幾筋も流れていた。燃え上がる川を遡ると、そこにはマグマを激しく噴き上げる漆黒の山がそびえたち、激しく落ちる稲妻が雷鳴を轟かせながら空を支配していた。


 なんだこれは…

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Become an Angel ビカムアンエンジェル ~ 天使になりたい悪魔に召喚されました ~ しゅがまる @Shuga_S

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