第一歌 嘘ではない!

 この森の白い霧は

 なにもかも

 消してしまいそうで


 待ち伏せる熱い茨の爪は

 音もなく

 通る者を怯えさせる


 茨にとまる白銀の鳥は

 なにモノも

 見逃さぬようにとを光らせ


 静かにそっとついてきて

 それでいて

 いつの間にか消えてしまっていた



 「…テ、…ンテ、ダンテ!森がどうかしたか。」

 気が付けば、俺たちはあの森を抜けていた。目の前には平原が広がり、少し先には湖があった。そして遠くに山の影が小さく見える。あれが地獄の入り口だろうか。それにしても、ここは暑くもなく、寒くもなく、明るくもなく、暗くもない。何とも中途半端で不自然な空間に、俺は薄気味悪くなってきて、不意にあの白銀の美しい鳥のことを思い出し、後ろを振り返って森を見つめていた。

「いや…綺麗な鳥が俺たちをつけてきてたから。」

「鳥?あぁ、あいつか。ダンテ様以来の珍客を面白がっていたのだろう。」

「ダンテ以来だって。じゃ、700年も生きてるのか。不死鳥ってやつ?」

「そんなたいそうなモノではない。貴様らとは時間の流れが違うのだ。ここでは鳥が何万年生きようが驚くことではない。因みに、焼いて食うと美味いらしいぞ。」

「食えるのか?」

「少々老化しているが火を通せば問題ないだろう。」

「おかしいだろ!腐ってんじゃないのか。」

「チッチッチ、浅はかな人間め。『熟成』と言え。」


 馬鹿馬鹿しくなってきた。悪魔の基準はよく分からない。

「てことは、あの森には700年も誰も来ていないのか?」

「いや、星の数ほどの人間がやってきている。ただ、あの森を通り抜けることができたのは、ダンテ様と貴様の2人だけだ。」

「ほ、星の数だってっ?そんなにヤバい森に俺を連れてきたのか!」

「お前は1人で何度も彷徨っていたではないか。誰のおかげで安全にここまで来られたと思っておるのだ。礼なら、煮干しでよい。」

「最後の煮干し、お前が食っただろ。」

「オーマイゴッド!」

「だから、なんで悪魔が神に叫ぶんだよ。で、通り抜けられなかった人たちはどうなるんだ?」

「やがて定めの時が来て、ここに直接来る。それだけだ。」

「じゃあ、あの森を抜けられなくても、俺もいつかは来られたわけだな。」

「罪を犯せば、死神の直行便が迎えに来るぞ。なんなら、あの鳥でも食うか。神聖な鳥だ。食えば大罪だ。」

「神聖な鳥だと?ふざけんなぁあああ!『たいそうな』鳥じゃねぇか!嘘をつくなぁあああ!」

「ぶわっはっはっはっは!吾輩は悪魔だ。真実を語る。」

「たった今、嘘ついたじゃねぇか!」

「ここにいる鳥は全て等しく神聖な鳥だ。『たいそうな』鳥などいない。」

「クソ悪魔め。食わなくてよかった…。」

「なにっ?貴様、本気で食おうとしていたのか。」

「おまえが勧めたんだろ!」

「吾輩は『美味いらしい』と言っただけだ。」


 確かに、昴閣下は嘘は言ってない。いやいや、ペテンだ。屁理屈だ。流石は悪魔。

「ところで、俺はいま生きてるんだよな!どういう状態なのか説明しろ。」

「いい質問だ。」

 昴閣下は、2本の尻尾の先についたトンガリを凛と立たせてキメてみせた。

「貴様らからすれば、ここは『この世』でも『あの世』でもない場所だ。」

「分かるように説明しろ。」

「ここは地獄行きを選んだ魂の通り道だ。同時に、どの冥界からも受け入れを拒否され行き場のない魂のたまり場でもある。」

「つまり、罪人の魂の集まる場所ってことか?」


 その時、突然、空から何かが降ってきて、少し先の湖に落ちた。何だろう…見に行くと、湖の真ん中で1匹の野鼠がおぼれていた。なんだ、ねずみか…。

「ネズ公、泳げぬのか?助けが必要なら契約を交わしてやってもよいぞ。煮干し1匹でどうだ。」

「おまえ、一体何と交渉して…」

 

ザッバ~~~~~~~~ン!!!!!!!


「ぎゃぁあああ、でたぁあああああ!」

 

 大きな水音とともに、白い着物を着た長い黒髪の女が、ずぶ濡れの状態で湖の中から湧いて出た。

「え~コホン、お前が落としたのは、金塊か?銀塊か?」

「落とし物をするほど愚かではないわ。早くソイツを助けろ。」


 昴閣下は、湖から湧いた女の足元で溺れている野鼠を指さした。

「正直者よ。そなたには金塊も銀塊も…おや、昴じゃないか。」

「いいから、いますぐソイツを助けろ‼」

「あらよっと。」


 湖から湧いた女は野鼠を救い上げ、湖の畔に放してやった。野鼠は湖の向こうにある林へと消えていった。

「久しぶりじゃな。なにをしておる?」

「貴様こそ、この湖でなにしておるのだ?」

「地獄行きの魂相手に、人生最後の罪作りを手伝っておる。マニュアル通りに行えば、ここを通る人間たちは積極的に罪を増やすのじゃ。素晴らしいビジネスじゃ。」

「そのひと、昴閣下の知り合いなのか。」

「ん?そこにおるのは人間かの?生きた魂の匂い…うひひひひひひひ。」


 ・・・怖い。俺は、昴閣下の後ろに隠れた。

「スピカ、脅かすな。こいつは吾輩が召喚した選ばれし者だ。地獄の入り口を復活させる者なのだ。」

「なんと!この者が我々の救世主なのじゃな?名はなんと申す?」


 コイツ、俺の魂、狙ってそうだったよな。本当の名前を言わない方がいいか。

「ダ、ダンテだ!」

「えっ、ダンテ様?」

「いかにも!生きながらにしてあの森を抜けられたダンテ様だ!」


 昴閣下のやつ、俺に話合わせてのっかってマウントとってやがる。流石は悪魔だな。ここのルールは良く分からないが、郷に入っては郷に従え、俺も昴閣下も嘘はついていないし、そういうことにしておこう。

「それでは、わらわもダンテ様にお供するとしよう。」

「ええっ?(来ないでくれっ)」

「貴様、ビジネスはよいのか?」

「そ、そうだ、ビジネスは大事だろ!(閣下、ナイス!)」

「よい、よい。所詮、暇つぶしじゃったしの。それに、生きた人間は珍しいからのお…じゅるり。」


 ひぇええええええ!!!!!!!!


「ダンテ様を食おうとするヤツがどこにおるか!」

「そ、そそそそうだぞ、無礼者め!(怖い!)」

「冗談じゃ。腹が減っては戦はできぬ。うひひひひひひひ。」


 やばいの来たぁああああああああ!!!!!!!


 俺は、昴閣下の知悪魔ちじんスピカを仲間に迎え、異世界の扉を目指すのであった。この先、どうなることやら…。

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