第14話 活動資金がピンチだったりして (5)

 渋谷駅から徒歩五分ほどで事務所に着いた。事務所は本館と分館に別れていた。本館二階には自社劇場があり、外部の人の立ち入りが多いためか入り口にはポスターやきらびやかな衣装が飾られている。一方分館は表通りからは見えないところにあり、一階のスタッフ専用通路を抜けて入ることができた。その入り口は暗く、殺伐とした雰囲気で本館との落差に衝撃を受ける。

あかのIDカードで分館の衣装が保管されている部屋に入る。そこでは目がチカチカしてしまうくらい派手な衣装たちが着られる日を待っていた。あるいは、もう着られなくなり捨てられる日を待っていた。

結局衣装選びには二時間半ほどようした。脚本は明日集まって作成する予定なので、どんな物語にも対応できるように衣装は多めに借りることにした。脚本が出来てから衣装を選んだ方が効率的だったが、神流は脚本があがった瞬間に衣装を着て練習を始めたいということなのでしょうがない。神流やあか以外の人の衣装は、二人を目立たせるためにあえて個人の私服を使うことに決まっている。

「あ、これ」

 俺とあかは事務所近くのハンバーガーショップにいる。そこで、昼食を取り終え一息ついていたところあかがカバンから一枚の封筒を取り出した。

「差出人鮫元大貫、さっき言っていた手紙か」

「そう、読んでみなさい。鮫元さんの正体に繋がる唯一の手がかりよ」

「あまり正体に興味はないけどね」

「私が気になるのよ。まだ直接会ったこともないの。会ってお礼したいのに」

俺は封筒から慎重に手紙を取り出す。

「『阿賀野紅さま。はじめまして。私は東京ワンダープロダクションという芸能事務所でアイドル関連の仕事をしている鮫元大貫です。突然のお手紙にて失礼します。私は過去、あなたのステージに魅了された者です。今まで職業柄多くのステージを見てきましたが、あなたのステージを超えたものを見たことはありません。

単刀直入に言います。アイドルやりませんか? 私にあなたをプロデュースさせてください。芸名もすでに考えています。阿賀野あか、紅葉でからくれないに染まった竜田川のごとく、美しく力強いあなたに相応しい名前です。突然のことで混乱するかと思いますがぜひ前向きに検討お願いします。あなたをプロデュースしたいという気持ちは誰にも負けません。   

あなたと私 From 鮫元大貫

PS. 私のコードIDです。一度ご連絡ください』

それでこれがコードIDってわけね。ご丁寧に本人と事務所社長の署名まである。不審者ではないことをアピールしているわけか」

俺は手紙を封筒に戻しあかに渡す。

「誰にも負けないとか言ってお前に対してあの態度か。プロデューサー業もあっさり俺に投げ出すし、本当に何がしたいんだか」。

 あかは黙って俺の感想を聞いた。普段はすぐに俺の言うことを否定するが今はそれをしない。その態度があかの鮫元さんへの思いを物語っていた。

「それにしても、鮫元さんはお前のステージを見たことがあるらしいけど心当たりあるか?」

「さあ、でもママが生きている時はよく習い事の発表会があったからその時に見たのかもね」

 あかは最後に残っていたドリンクを一気に飲み干し席を立った。俺も後に続く。それから二人で駅に向かった。その間特に会話はなかったが、それに対して居心地が悪く感じることもなかった。

結局俺とあかは別々に帰宅した。というのも、俺には埼玉に帰る前に御茶ノ水に行く用事があったからだ。

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始まりはいろはのいだったりして 円花ふじこ @MadokaFujiko

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