【38】4度目の星空

ギルと私がザクセンフォード辺境騎士団に戻ったとたん、騎士や雑役婦の皆さんが大喜びで迎えてくれて……そして大混乱になった。


「団長がいなくなる!? 俺たちはこれからどうしたら良いんですか!」

「レナウ団長が、公爵位に陞爵? 王弟殿下ぁああ!?」

という感じのパニック状態。……無理もない。


待ってください俺たちを置いてかないでください!! と騎士たちがあわてふためいてギルに押し寄せる。

「総員、鎮まれ! ザクセンフォード辺境騎士団の騎士ともあろうものが、この程度で取り乱すとは、何事だ? 軍務中に上官が失われることは、めずらしいことではない。俺は昔から、俺が死んでも騎士団に一切の支障がでないようお前たちを教育してきた! ……幸い、死別ではないが」


皆さんが、ハッとした様子で表情を引き締める。


「俺がいなくなるまであと2か月。この期間中に部隊の再編成を行い、現・副団長のカインを新たな団長に任命する!」

「はっ。団長の任、有難くお受けいたします!」

カインさんがギルの前に進み出て、騎士の礼をとった。


――あぁ。これは、本当に現実なんだ。

半分、まだ夢の中にいるような気持ちのままで、私は少し離れたところからギルの背中を見つめていた。ドーラさんたち雑役婦のみなさんが、私に話しかけてくれた。


「エリィがいなくなるなんて、寂しいね」

「あんた、せっかく料理できるようになったのにね。掃除と洗濯も」

「やんごとなき方のお仕事が嫌になったら、いつでもここに転がり込んでおいでよ!」


いなくなってしまう私に嫌な顔ひとつせずに、笑って送り出してくれる。皆さんはニヤッと笑いながら、私の背中をぐいぐい押して、ギルのほうに押し出していった。……え? ギルはまだ、騎士達に今後の指示を出している真っ最中なのに…………


どんっ! と勢いよく押された私は、ギルの背中に飛び込んでいた。

「きゃっ」「エリィ!?」

私とギルが身を寄せ合うのと同時に、雑役婦の皆さんが思いっきりの笑顔で叫んだ。

「エリィ! レナウ団長! 婚約おめでとう――!!!」

場の空気はすっかりお祭りムードになってしまって。気を引き締めていた騎士たちも、酒盛りみたいなテンションになって騒ぎ始めた。

「団長、飲みましょう! 飲んでください!」

「団長の酔いつぶれたみっともない姿を一度くらいは見せてください! でなきゃお別れできません」

「……何を言ってるんだお前たちは」

「くそー。こんな良い子を嫁にできるなんて……団長がうらやましい!」

「エリィちゃん! 一緒に飲もう!!」

「おい貴様ら、エリィに色目を使うな! エリィは断酒中だ」


わいわいガヤガヤと。

とても楽しい空気の中で、私はようやく気がついた。ザクセンフォード辺境騎士団の皆さんは私にとって、本当の家族だったんだな、と。


「「「「「婚約おめでとう、ふたりとも!!」」」」」





   *


――その夜は、雲一つない満天の星空だった。

酒盛りが落ち着いたところで、私とギルは寄宿所の屋上に出て、ふたり並んで夜空を眺めた。まだ少し肌寒いけれど、外套はいらない……あなたが、温めてくれる。


「ギル。……4度目の、星空ね」

4度目だ。初めて出会った日の星空を、今の私は覚えているから。

ギルは言葉に詰まった様子で、唇を微かに動かして言葉を探していたけれど。やがて一言、「そうだな」と幸せそうにつぶやいていた。


「やっぱりギルは、私の『灯り星』だったのね」


南西の空に輝く灯り星を見つけた私は、ギルを見つめてそう言った。灯火のような金色の瞳が、私を見つめ返してくれる。

「俺が灯り星?」

「初めてあなたに会ったとき、そう思ったの。きっとこの人は、『灯り星を宿した騎士』なんだ、って。灯り星は、氷に閉じ込められたお姫様を溶かす、魔法の灯火なの。……おとぎ話を、覚えてる?」


もちろん、覚えているよ。――と囁いて、彼は私の頬に触れた。


「君との会話を、君の笑顔を、忘れたことは一瞬もない。君はいつだって俺を導いてくれた」

頬に触れるギルの指は、とても温かい。……もしかすると、熱いとさえ言えるのかもしれない。触れられるたび、とろけてしまいそうになる。


「エリィ。どうか、これからも――永久とわに俺と共にいて欲しい。君といると、とても温かい」

「ギル…………」


大きな手が、私の両頬を優しく包んでいた。切ないほどに甘くって、涙が勝手にあふれ出す。


「嬉しい。……こんなにあったかいのは、生まれて初めてなの。ずっと、一緒にいてね」

「約束する。俺はエリィとずっと一緒だ」


ギルの温かな手が、私の頬を滑ってうなじの辺りを支えた。金色の目がそっと閉ざされ、美貌が私に近づいてくる。重なろうとする吐息を感じて、私も静かに目を閉じた。



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