【Epilogue*】甘やかな日々を、あなたとともに
――それから半年。
陞爵して公爵位を得たギルは、ザクセンフォード辺境騎士団の団長の座から退いていた。奪爵された私の実家・クローヴィア家がこれまで納めていた領地は、今ではレナウ公爵領に改められて、ギルに任されている。私は、ギルの妻――レナウ公爵夫人として、彼とともにレナウ公爵領で暮らしている。
ギルの妻となったその日、私は大聖女内定者から本物の『大聖女』となった。大聖女の役目はもちろん、『宗教的なお飾り』などではない。大聖女は、民の精神的なよりどころになるだけでなく、国防にも重要な役割を担っている――国土を満たす魔力素の粗密や、出没しやすい魔獣の特性などを考慮して、聖女・聖騎士の最適な布陣を決定するのが大聖女の仕事だ。
今のところ、私の示した布陣はすべて適切に機能している。ララのせいで激増していた魔獣被害も、ここ数か月で明らかに沈静化してきた。
誇りと責任を持って、生涯を捧げたいと思っている。
*
夕刻。大聖女としての日課を果たし終えた私は、教会から公爵邸へと帰ってきた。大聖女の装束から普段の装いに戻った私は、ギルの執務室へと向かう。
執務室の扉をノックして、微笑みながら入室した。
「失礼します、ギル。ただいま戻りました」
執務室にはギルしかいなかった。執務机で書類仕事をしていた彼が、私に笑顔を向ける。
「おかえり、エリィ。ちょうど君に渡したいものがあったんだ」
ギルが私に手渡してくれたのは、木の実で作った首飾りだった。幼い子供が作ったもののようだけれど……?
「君へのプレゼントだそうだ」
「かわいい。……誰が作ってくれたの?」
「農婦のアンナを覚えているか? アンナの娘が「助けてくれたお礼に」と言って、君のために作ったらしい。ザクセンフォード辺境騎士団からの書簡に、一緒に入っていた」
「まぁ……!」
アンナさんも娘さんも、クローヴィア家のせいで恐ろしい目に遭わされてしまったけれど……今は元気だと聞いて、私はとても嬉しくなった。
ギルは書類にペンを走らせながら、穏やかな口調で教えてくれた。
「辺境騎士団の面々も、変わらぬ活躍ぶりらしい。『特務隊』の数十名を俺が引き抜いてしまったから、多少は心配していたのだが。どうやら杞憂だったようだな」
辺境騎士団のメンバーのなかでも精鋭部隊である『特務隊』の騎士たちは、ギルに引き抜かれてレナウ公爵領に移り住んだ。ギル直属のレナウ公爵騎士団の中枢メンバーとして、今でも活躍してくれている。
「いくら
ユージーン・ザクセンフォード辺境伯閣下は「ギル、お前さぁ……オレの騎士を勝手に引き抜くなよ!」などと文句を言いながらも、笑って送り出してくれた。王弟であるギルがいつかは巣立っていくことを、予想していたのかもしれない。それに閣下は、『結婚のお祝い』だと言って、今でもあれこれ支援してくれている。
「兄上やユージーン閣下のお力添えがなければ、俺に公爵など務まらないはずだ。俺は本当に、人に恵まれている」
「ギルの人柄と努力があればこそだと思うけれど……」
ギルは本当にすごい人だと、私は心の底から思う。半年前まで軍人だった彼が、公爵として如才なく政治を執り行っている姿を見ると、本当に尊敬しかない。領主の交代には混乱がつきものだけれど、ギルの采配のおかげで目立つトラブルは起こらなかった。領民たちからも、ギルはとても愛されている。……先代領主だった私の父より、よっぽど。
「私の目には、あなたは何でも出来てしまう『すごい人』に見えるわ」
「エリィにはそう見えるのか? 実際には、まったくそんなことはない。俺は根っからの軍人気質だからな……」
彼の苦笑の裏側には、きっと並々ならぬ努力があるのだろう。
私は、少し不安になった。執務机越しに向き合い、私は彼に問いかけた。
「ギル。もしかして……騎士団長に戻りたいと思うことがあるんじゃない? 公爵より、騎士団長のほうが幸せだった? 私のせいで騎士団を去ることになってしまったんじゃないかと思うと、私は――」
「それは違う」
ギルは椅子から立ち上がり、私の頬にそっと触れた。
「戻りたいとは思わない。俺は、君を手に入れたかった。そのためならば、俺はなんにでもなれる」
穏やかだけれど、強い瞳。まっすぐな彼の瞳に見つめられ、私の胸が高鳴っていく。恥ずかしくなって、私は視線をさまよわせた。
「ありがとう……私に手伝えることがあれば、何でもさせて」
「心強いよ、エリィ」
とろけるようなギルの笑みに、私の胸はさらに高鳴ってしまうのだった。
「この土地は、私が生まれ育った場所だもの。いろいろと融通もきくし、きっとあなたの力になれるわ」
そう。ここは私が生まれ育った場所。処刑されたクローヴィア公爵……つまり、私の実父が治めていた土地だ。私からすべてを奪おうとした『あの家族』は、もういない。父も義母も義妹も、断頭台へと消えていった。
ふと、彼らの最期を思い出してしまい……私は暗い表情になった。
「エリィ?」
「大丈夫。子供時代を思い返していたら、うっかりあの人たちの最期を思い出してしまっただけ」
「……処刑のときのことか。無理に見届ける必要はなかったんだぞ? 優しい君には、酷だったはずだ」
ギルが、心配そうに覗き込んでくる。
「ありがとう、ギル。でも、クローヴィア家の処刑に立ち会うのは、私の責任だと思ったの。大聖女の地位は、お飾りでもアクセサリーでもない……それを理解できなかった彼らの末路を、自分の胸に刻むべきだと思ったのよ」
クローヴィア夫妻とララの罪状は、『大聖女を騙って国を大混乱に陥れたこと』。禁じられた古代魔道具を使ったことや、魔獣を極秘に飼育していたことなどは、国王陛下のご判断で伏せられた。ちなみに、アルヴィン元殿下もララの直後に斬首された。彼の罪状は、『不適格者であるララを私情で大聖女に祭り上げたこと』だ……実際には、ララを愛していたわけではないようだけれど。危険な古代魔道具を復元させた罪については、やはり王命で伏せられている。
クローヴィア一家もアルヴィン元殿下も、とても惨めな死に際だった。「自分だけは悪くない」と叫び続け、最期の最期まで互いを罵り続けた彼らの心情が理解できない。多くの命を奪っておきながら、どうして「自分は正しい」と思ってしまうのだろうか。
彼らのように、なってはならない。
彼らの最期を見て、私はあらためて決意したのだった。
暗い気持ちを振り払おうと、私は長い息を吐いた。
つらい気持ちになったとき、今の私にはギルがいる。あなたの温もりがあれば、私は前へと進んでいける。
「……ギル。少しだけ、甘えてもいい?」
彼の肩に少し寄りかかり、ためらいながらそう尋ねた。……恥ずかしくて、頬が熱くなってしまう。ギルは、笑顔でうなずいていた。
「いくらでも甘えるといい」
肩を抱かれて、少しずつ彼の吐息が近づいてくる。ふたりきりの執務室で、私達は唇を重ねた。
「エリィ、愛している」
「私もよ、ギル。……とても、とても愛してる」
甘やかな口づけが。温かな抱擁が。いつも心を溶かしてくれる。独りぼっちではなくなった私達は、互いの温もりに甘えながら想いをささやき合っていた――
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