【30*】愚かな家族の結末
「エリィ!!」
声と同時に、部屋のドアが打ち破られる。直後に父が「ぐぁ!」と苦鳴をあげて大きく弾き飛ばされた。私をかばうようにして、目の前に立つ大きな背中は――
「…………ギル、」
「無事か、エリィ!」
私を救ってくれたのは、世界でたった一人のあなただった。力が抜けてしまった私は、その場に座り込んだままだった。私の手足を縛る荒縄を見て、ギルの美貌が憤怒に歪む。
「貴様ら――――!」
魔獣の咆哮よりも鋭いギルの怒声に、父がすくみ上っていた。床に落ちている剣をつかみ取ろうとしていた父を、ギルが激しく蹴りつける。父は「ぐはぁ……!」と胃の中から絞り出されたような呻きを上げて身をよじっている。
「本来ならば、貴様らのような屑は今すぐ切り捨ててやりたいところだが……」
苦虫を嚙み潰したような表情で、ギルは戦慄きながらつぶやいている。
だがやがて、大きく息を吐き出してから、ギルは彼らに宣告した。
「クローヴィア公爵、公爵夫人ならびに王太子妃ララ!! 貴殿・貴女らは国王陛下の意に反してエリーゼの殺害を企てた重罪人である。覚悟召されよ!」
ギルの一声を皮切りに、ザクセンフォード辺境騎士団の騎士たちが執務室に突入してくる。ギルはすかさず、騎士たちに指示をした。
「クローヴィア公爵らの身を拘束せよ!」
――クローヴィア公爵領に、どうしてザクセンフォード辺境騎士団がいるの?
私は呆然として、目の前の出来事を見つめていた。
何が起こっているのか理解できない。ギルたち辺境騎士団は、『特別な任務』のためにザクセンフォード辺境伯領から出ていたはずだけれど……
父たちは抵抗むなしく、辺境騎士団の騎士たちに縛り上げられていった。
「くそっ。貴様ら、何者だ! 私の騎士たちは、一体何をしている……!」
「我々はザクセンフォード辺境騎士団。クローヴィア公爵、あなたの騎士は全て我らに制圧された」
「なんだと……? ザクセンフォード? 越権行為も甚だしい! いったい何の権限で、貴様らはこのような真似を――」
ギルは懐から一枚の書面を取り出し、父や義母たちに見えるようにそれを掲げた――その書面には、国王陛下の
「我が名はギルベルト・レナウ。国王陛下の命により、貴領にて潜入捜査を実施した。……王太子アルヴィンとともに貴殿が執り行っていた数々の事業にて、国家反逆につながる重大な違法行為が確認された。よって、貴殿らを拘束する」
「なっ…………!?」
青ざめる父と義母を、騎士たちが容赦なく引っ立てていく。
「やめろぉお、放せぇ! 貴様ら、この私を誰だと思っているんだぁああああ!」
「助けて! 私はなにもしてないの!! 主人が勝手にやったことなの、私は無実よ、お金ならいくらでも……いやぁあああ!」
部屋から引きずり出された父と義母の惨めな叫び声が、どんどん遠くなっていった。
裁かれるべきは、あとひとり。
「やめてって言ってんでしょ!? このクソ……、あたしに触れんな! あたしがを誰だと思ってんの!? 王太子妃よ!? こんなマネして、タダで済むと思ってるの!?」
ララだけは縛り上げられたあと、引きずり出されず床に転がされていた。……ギルが、そのように命じたからだ。ギルは私の縄を解き、私に耳打ちをした。
「……クローヴィア公爵夫妻と同様に、この女も厳罰に処されることとなる。この女になにか直接言うべきことがあるなら、今が最後のチャンスだ」
ララは半狂乱で叫び続けている。
「お父様お母様、どこにいるの、助けてよ! なんであたしを助けないの? あたしがこんなにひどい目に遭ってんのに、なんで助けようとしないの! あぁクソ、どいつもこいつも使えない、あぁあ!」
さっき私を殺そうとして、ララは魔道具に目を焼かれた。視力は戻ってきているようだけど、まだ完全には見えていないらしい。状況が理解できずに、ララはパニックに陥っていた。
「…………ララ」
私のつぶやく声を聞いて、ララは顔を輝かせた。
「エリーゼ、そこにいるのね? あたしを助けて! 姉妹でしょ? これまで十数年、一緒に生きてきたじゃない! お父様とお母様があんたをいじめたとき、何度も助けてあげたでしょ!?」
……なんて醜い。どこまでも自分本位な義妹を見て、私の拳は震え出した。
髪を振り乱し、焼けて変色した顔面のララは、魔獣めいた風貌になっていた。でも、醜いのは容姿ではない。彼女自身の、浅ましさだ――
ぱしっ。
私は、ララの頬を静かに打った。
「……いい加減にしなさい」
「……エリー、ゼ?」
「あなたはアクセサリーを奪うような気持ちで大聖女の聖痕を私から奪ったのかも知れないけれど、それはとんでもない大罪よ!? あなたの無責任な言動が原因で、国中に魔獣の被害が増えたの、……意味が分かる? 増えた数字の裏側で、命を失ったり、大切な家族を失くしたりした人がいるかもしれないって、考えたことはある!?」
呆然とするララを、私は震えながら断罪した。
「私利私欲にまみれて人々を欺き、国を混乱に陥れた罪を贖いなさい! ……私はもう、あなたたちみたいな家族は要らない!!」
全てを、吐き出した。
呆然としていたララが、やがて悲鳴のように叫び始めた。
「……あたしは、あたしは何も悪くない! 全部お母様とお父様がやらせたのよ! アルヴィンがあたしに聖痕を押し付けたのよ、あたしが決めたことじゃない。あたしは、あたしは――」
ギルが私の両耳をそっと押さえた。
「……エリィ、もう聞かなくていい。いくら話して聞かせても、分かり合えない者もいる」
ララは轡を噛まされて、騎士たちに引きずり出されていった。あまりにも惨めな末期だ。
震えが止まらなくなっていた私の体を、ギルがしっかりと抱きしめている。脱力して彼にもたれながら、私はぽつんと問いかけた。
「……ギル。どうして、あなたがここにいるの…………?」
「話せば長いことになる。……偶然性も高かった。君が無事で、本当に良かった」
「分からないわ。そんな説明じゃあ全然分からない……」
私はザクセンフォード辺境伯領で、普段通りに働いていたはずなのに。
気づいたら、こんな場所にいた。
何度も殺されかけて、怖かった。
あなたが来てくれて、嬉しかった。
家族と本当の、決別をした。
全部、訳が分からない。
「すべてを、必ず君に説明する」
安心させるような声音で、ギルは私に囁きかけた。私の左胸に刻まれている赤バラのような
「エリィ。……聖痕が戻ったのか」
分からない。なんで聖痕が戻って来たのか。
私はこれからどうなるのか。
「…………全部、分からないの。助けて…………ギル」
力が入らない。ひどく疲れてしまった。
――気が。遠くなる。
私は彼の腕の中で、意識を手放した。
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