【29*】実父、義母と義妹の暴挙
とても幸せな夢を見ていた。
幸せでいっぱいの、とろけるような優しい夢。
凍える冬に体を温めてくれる焚き火のように。
暗い夜空で明るく輝く灯り星のように。
優しい金色の瞳で、あの人がいつも私を見ていてくれる。そんな夢。
――でも。今は、とても寒い。
***
私はぼんやりと目を覚ました。後ろ手に縛られて、絨毯の敷かれた部屋に転がされている。
……ここはどこ?
ぼんやりしていた視界が、徐々に鮮明になる。この部屋の壁紙や調度品には見覚えがあった。以前の私はここに何度も呼び出され、父の叱責を受けていた――「エリーゼ、お前の態度は氷のように冷たくて、不愉快だ」と。
ここが父の執務室だと気づいた瞬間、私の意識は覚醒した。
「おや。目覚めたのかいエリーゼ」
「仮死薬って、本当によく効くのねぇ。数日ずっと寝っぱなしなんて、おもしろいわぁ」
執務机に着く父と、父にしなだれかかってクスクス笑う義母が見える。
「エリーゼさんがこのまま死んじゃったらどうしようかと思っちゃった……ふふふ」
「それは困る。勝手に死なれたら、ララに怒られてしまうからなぁ」
何が起きているの? 理解できない。私は、ザクセンフォード辺境騎士団にいたはずなのに……。
「分からないか、エリーゼ。我が騎士団の精鋭たちが、親不孝者な
「……どう、して……」
私は、かすれた声で呟いた。
「私を連れ戻したですって……? どうしてですか、お父様!? 私がザクセンフォード辺境伯領で暮らすことを、国王陛下もご容認くださっていたのに。なのに、どうして!?」
「親が子を連れ戻して何が悪い? すべては、可愛いララのためさ。親の顔に泥を塗る愚かな長女と、王太子妃になった孝行者の次女、愛されるべきはどちらだと思う?」
「そうよ。エリーゼさんのせいで、ララが苦しんでるの。きっちり責任をとってね?」
義母が私に迫り、いきなり襟首に手をかけてきた。私は逃げようとしたけれど、手足を縛られているから抵抗することができない。
「エリーゼさん? あんたがララの聖痕を盗んだんじゃないの? ……隠してないで、見せなさい!」
義母は私を捕まえて、強引に私の胸元を開いた。私の左胸を凝視して、ニタァ、と狂気じみた笑みを顔面に刻んでいる。
「っ!? ……何をなさるんですか!」
「ほぉら。やっぱりあんたが、ララの聖痕を盗んだのね。この盗人!」
「何の話です!? この聖痕は、私の肌に勝手に浮かんだものです! アザなんて、盗めるわけがないでしょう!?」
父も義母も聞く耳を持たない。「やっぱりエリーゼのもとに戻っていたのか……」と納得した顔でうなずき合っている。父は、執務室の外に向かって呼びかけた。
「おいで、ララ。今度こそ聖痕をきっちり回収し、王太子妃の座を手に入れてごらん。お父様とお母様が、お前をしっかり支えてやるからね」
ぎぃ……と開いた扉から、入ってきたのは義妹のララだった。ララは血走った目を爛々と輝かせ、手には短刀を握っている。
「こんにちは、エリーゼ。……まさか、聖痕があんたに戻りかけてたなんてね。わたしに聖痕が宿らないせいで、わたしは出来損ない呼ばわりされてひどい目に遭ってるのよ? いい加減、私に聖痕を渡しなさいよ」
「ララ! 聖痕を渡すって、どういうことなの? 私は本当に、何も……」
「黙りなさい!」
ヒステリックにそう叫ぶと、ララは私の喉元に短刀を突きつけた。恐怖で思わず、身がすくむ。
真っ赤な剣身に古代文字の呪文が刻まれた、魔道具のような短刀だ。……初めて見るはずなのに、なぜだか私は、その短刀を見たことがあるような気がした。
「アルヴィンが作ったこの魔道具、ひどい欠陥品だわ! だから、聖痕を不完全にしか奪えなかったのね。もう一度、きっちりあんたの聖痕を奪い直してやるんだから!」
ララは私に馬乗りになり、真っ赤な短刀を掲げた。その刃を振りおろして私の命を奪おうとしているのだ。
「いっ、嫌……やめて、ララ!」
「怖がってるの? いつも澄まし顔で冷静ぶってたあんたが、ずいぶんな変わりようね」
ララは私を見下ろして、せせら笑っていた。
「ステキな彼に愛されて、可愛い女になっちゃった? 本当にムカつくわ、エリーゼ。聖痕もろとも、あんたの命を奪ってやる。こんな欠陥品の魔道具でも、きちんと生け贄を捧げれば機能するんじゃないかしら? 試してあげる!!」
ララは躊躇なく、私の心臓めがけて刃を振り下ろした。
――やめて!
瞬間。縛られていた私の手から、まばゆい光がほとばしる。「ぎゃ!」とヒキガエルのような悲鳴を上げたのは、ララだった。
「ぁ、ああああああああああ!! 目がっ、……あぁ!」
ララは短刀を取り落とし、両目を押さえて醜い悲鳴を上げている。短刀は床に打たれた瞬間、ガラス細工のように砕け散った――何が起きたの?
父と義母が同時に怒号を張り上げる。
「おのれ、エリーゼ! 貴様、ララに何をした!?」
「その指輪に細工があるのね!? よこしなさい!」
私は義母に引きずり起こされ、左手の指から指輪を奪われた――ギルに渡された、大切な指輪を。
「その指輪を返して! 私の大事な物なの!」
「お黙り。ただの安物の指輪だと思っていたのに……まさか魔道具だったとはね。こんな物、捨ててやる!」
義母は指輪を窓の外に投げ捨てた。光に目を焼かれて悶え苦しむララを助け起こしながら、義母は殺意に満ちた目つきで私を睨みつけている。
「よくも可愛いララを! この子は未来の王妃なのよ!? 死んで償いなさい。……あなた! エリーゼなんて殺して頂戴!!」
義母の声に、父が冷ややかな顔でうなずいている。
「ふむ。……血を分けた娘を殺めるのは後味が悪いが、仕方あるまい」
どうして……どうして、この人達はこんなに狂っているんだろう。
「お父様、いい加減にして!! どうしてお父様はいつも私に冷たくするの!? お母様が生きていた頃からそう……なぜあなたは、お母様や私をいじめるんですか!?」
「目障りだからに、決まってるじゃないか」
当たり前のような口調で、表情も変えずに父は言った。
「私はもともと、クローヴィア公爵家の婿養子に過ぎなかった。公爵家の正当な血筋は、私ではなくお前の母・カミーユだ。……だが、国法に則って私が当主となれた時点で、カミーユもお前も必要なくなった」
壁に掛けてあった装飾用の刀剣を手に取り、父はそう呟いた。
「私はこの公爵家を自分の色に染めたいんだ。だから、お前なんて要らない」
軽やかに刃を翻らせると、父は私に切っ先を向けた。
「ふざけないで!!」
私は泣きながら叫んでいた。
「公爵家も大聖女も王太子妃も、オモチャじゃないのよ!? どうしてあなたたちは、そんな当たり前のことが理解できないの!? その程度の認識で人の上に立とうとするなんて、あなた達はおかしい!」
「……そういう生意気なことを言うから、お前は目障りなんだ。お前の死骸は今度こそ、邪狼に食わせて消し去ってやる!」
父の刃が、私に迫る。一瞬の時間が無限に引き延ばされたように感じて、気が狂いそうになる。死が、目前に迫り来る。
――助けて。
大切なあの人の姿が、脳裏をよぎる。
「助けて、ギル!!」
私が叫びをあげた瞬間。
「エリィ!!」
彼の声と同時に響いたのは、激しくドアがぶち破られる音。ほとんど同時に、父の体は弾き飛ばされていた――
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