【27】覚えていません……

夜明け前。ふと目を覚ました私は、悲鳴を上げていた。


「ッ、きゃぁああ――――――――――――――――ッ!?」


膝枕を。膝枕をしてもらっていた……ギルに! 銀色の長いまつげを伏せて眠っていたギルは、私の絶叫で目を覚ましたらしい。


「……おはよう、エリィ。長鳴鶏ニワトリの鳴き声にしては変わっていると思ったが。今の鳴き声は、エリィのか?」


跳ね起きて口をぱくぱくさせて赤面している私を見て、ギルはおかしそうに笑みを漏らしている。

「身体の具合はどうだ?」

「え? あの……。え??」

これは、どういう状況なのだろう。どうしてギルが、私の部屋に? なんで私は、膝枕なんてしてもらっていたの??


「……覚えていないのか?」

ギルは説明してくれた……昨日、私がお酒を飲んで倒れてしまったことを。ぐでぐでに泥酔していた私を、ギルが運んでくれたことを。……私が、彼をお母様と勘違い(?)して、膝枕を要求していたことを。


「あぁ……私ったら、なんて破廉恥なことを……」

「破廉恥?」

ハハハ。と、こらえきれなくなった様子で、ギルは声を立てて笑い始めた。


「ギル……もしかして一晩中、膝枕していてくれたんですか?」

「あぁ。そのように求められたからな。だが、こんな固い膝の上で本当に休めたのか? かえって身体がガタガタに痛んでいるのではないかと思うと、気掛かりだ」

「いえ。こんなによく眠れたのは十数年ぶりでした……。でも、ギルはつらかったでしょう? 壁にもたれずに、一晩中座っていたんですから」


「軍人を舐めてもらっては困る。立ったままでも眠れるさ」

ギルは、笑いながら立ち上がった。


「今度から、酒には気を付けろよ」

「二度と飲みません……」

「飲むなとまでは言わないが。……他の男の前では、絶対にやめておけ」


ずっと愉快そうに笑っていたギルが、わずかに眉をひそめて私に忠告してきた。

それもそうよね、こんな醜態をさらしても笑って許してくれる心の広い人は、ギル以外には絶対にいないわ……。本当に、ギルは優しい。


「酒には飲み方があるんだ。……今度俺が教えてやるから、それまでエリィは禁酒だ」

言い聞かせるようにそう呟くと、彼は自分のおでこを私のおでこにコツン、とぶつけて覗き込んできた。

「っ……。ギ、ギル?」

真剣な表情をした彼の美しい顔が、金色の瞳が、唇が、私の目の前にある。このまま重なり合ってしまいそうなほど、すぐそばに。

「分かったな?」

「かっ、かか、かしこまりました」

私の答えに満足したのか、彼は扉の方に向かった。


「俺はこれから仕事だが、君はどうする? もし二日酔いがあるなら、休んでもいいぞ」

「二日酔いなんか休む理由になりません。皆さんに失礼です」

そうか。と軽く笑ってギルは扉を開く。


「それでは、今日も頑張ってくれ」


――ぱたん。

扉が閉じたあと、一人になった部屋で私はベッドに転がった。

「……私ったら。なんて破廉恥な………………」

火が出そうなほど顔を熱くして、一人で羞恥に悶え続けていた。





   *


ギルが部屋をでてからすぐ、私は自分の体の異変に気づいた。


「……聖痕が!」

仕事の前に、着替えていたときのこと。自分の左胸にぼんやりと、赤いバラに似たアザが浮かび上がっていることに気づいた。


「聖痕が……どうして、今さら?」

私の聖痕は失われ、代わりに義妹のララが聖痕を宿していたはずなのに。どういうことなのだろう。


でも、私はとても怖くなった。もし、聖痕が戻ったことがバレたら、私は名実ともに大聖女の役目を任されることになるだろう。そんなことになったら……


今すぐ、アルヴィン殿下のもとに嫁がされてしまうかもしれない。


(ーー黙っていなきゃ。絶対に、誰にも知られないようにしなきゃ)

私は必死に息を整えながら、急いで服を着た。左胸のアザなんて、黙っていれば誰にも見つからないはずだ。


(こんなこと……ギルにも、絶対言えないわ)


聖痕のことをギルに相談したら、きっと心配されてしまう。彼にこれ以上迷惑をかけたくないし、肌のアザのことなんて、そもそも口にするのも恥ずかしい。


(聖痕のことは……私ひとりの秘密にしなくちゃ……)


何度も深呼吸をして、私は自分にそう言い聞かせた。


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