【24*】国王への謁見と、落ちぶれた妹との再会
「エリィちゃんが生きてることが、国王陛下にバレそうなんだ」
と、執務机に着いたユージーン・ザクセンフォード辺境伯閣下が、深刻な顔でつぶやいた。
「国王陛下が疑ってる。オレが『重要人物』の秘匿に関わってるんじゃないか、ってな」
深い緋色の髪を掻きむしりながら舌打ちしている閣下の様子を、私は呆然としながら見つめていた。
*
今日の朝、ユージーン閣下の家令の方が騎士団本部に来た。「緊急の事案にて、騎士団長と雑役婦エリィは至急、参上せよ」と言われ、ギルベルト様と私は閣下のお屋敷に向かった。そこで聞かされたのが、『エリーゼ嬢がザクセンフォード辺境伯領に潜んでいるのでは?』と国王陛下が疑っているという話だった。
私の隣で話を聞いているギルベルト様も、緊迫した表情で閣下の話を聞いている。
「エリィちゃん、ごめんな。俺がいらん世話焼いて、君をクレハ市に行かせたせいで、悪目立ちさせちまった」
うなだれて謝罪してくるユージーン閣下に、私は慌てて言葉を返した。
「いいえ、私が独断で行動したのが原因です。……それでも、やっぱりあのとき魔獣を討伐できてよかったと思います。街の人々を死なせずに済みましたから」
――そう。私は『悪目立ち』しすぎてしまった。
先日のクレハ市での魔獣討伐のとき。非協力的な住民たちを、私は激しく叱責した。「命を救ってくれた辺境騎士団を、化け物呼ばわりするとは何事ですか!?」と。
私たちが帰ったあと、住民の間で話し合いがあったらしい。
『おれ達の行動は、間違えていたのではないか?』
『サラヴェル村で起きた不幸な事件のことも、逆恨みなどせず、辺境騎士団に感謝すべきではなかったのではないか?』
結果的に住民たちは非を認め、教会に懺悔をしに行ったのだそうだ。
『自分たちを叱ってくれた、あの聖女さんに懺悔をしたい』
と言ってきてくれたそうで……。しかし、私は教会所属の聖女ではない。
その女性は何者だ? という疑問を抱いた辺境教会が、中央教会に報告を上げたらしい。その結果、どんどん話がこじれていったそうだ。
ユージーン閣下は、眉間にしわを寄せている。
「君の活躍が裏目に出て、君の居場所がなくなるなんて冗談じゃない。良い働きをした者は、相応の報酬を得るべきだろう? ……なのに、クソっ。中央教会がクズすぎるのも、悪目立ちの原因になっちまった」
私に注目が集まってしまった、もう一つの理由。……それは最近、中央教会への非難が高まっていることだ。
中央教会の大聖女は、『国内のどの地域に、何人の聖女・聖騎士を派遣するか』を決定する義務を負っている。女神アウラの神託を受けるという名目で行われるその布陣決めは、国防に直結する最重要任務だ。……それなのに、大聖女ララがめちゃくちゃな布陣を行なったせいで、国内各地に混乱が起きているらしい。
「各地で魔獣被害が増えてるのに、ザクセンフォード辺境伯領だけ被害が減ってるから、すごく悪目立ちするんだ。『こんなに少ない人員なのに、どうしてお前の領地だけ被害がないんだ』って。被害状況は辺境教会が全例報告する取り決めだから、俺も情報に手を出せないんだよ」
クレハ市の一件から、『謎の聖女』の話題が上がったこと。
国内各地が混乱しているのに辺境伯領だけ無事なこと。
それら2つの理由から、国王陛下は『ザクセンフォード辺境伯が誰かを隠している』と勘繰っているらしい。
「取りあえず、陛下に問い詰められてもシラを切っといたが。バレるのは時間の問題だ。……どうする、エリィちゃん? 実家に連れ戻されるとやべぇんだろ?
「国王陛下に会いに行きます」
私はきっぱり言った。
「ここで逃げ出したりしたら、辺境伯閣下とギルベルト様にご迷惑がかかります。私は自ら、国王陛下に謁見を求めて事情を説明したいです」
隠れているのがバレて無理やり引っ張り出されたり、さらに逃亡して話をこじらせたりするよりも、自ら事情を説明しに行った方がいい。そのほうが、大切な人たちに迷惑をかけずに済むからだ。
「閣下やギルベルト様は、私の恩人です。命を救ってくれて、居場所も与えてくれました。恩をあだで返すような真似は、絶対にしたくありません。……国王陛下との謁見の機会を作っていただけませんか?」
「ならば俺の同行をお認め下さい、閣下」
ギルベルト様が、すかさず言った。
「……ギルベルト様?」
「俺がエリィに同行します。陛下にすべてを伝えたのち、エリィを必ず辺境伯領に連れて帰ります」
連れて帰る……? 私を?
「あぁ、うん。それいいアイデアだ。頼むわ、お前なら任せられる」
「必ずや」
騎士の礼をして答えるギルベルト様の姿を、私は呆然として見つめていた――
***
「……本当に、私を辺境伯領に連れて帰ってくれるんですか?」
宮廷に向かう馬車の中。私は、隣に座るギルベルト様に問いかけた。
「勿論だ」
短く答えるギルベルト様は、さほど緊張していない様子だった。一方の私は、緊張で指の先が小刻みに震えていた。
辺境伯領から王都へ向かう数日の移動はトラブルもなく進み、馬車はとうとう王都に入った。もうすぐ、国王陛下に謁見する。
「エリィ。怖いのか、震えているな」
「……平気です。アルヴィン殿下に婚約を破棄されるまでは、何度も国王陛下にお会いしていましたから」
国王陛下は聡明な方だ。行方不明から死者扱いになっていた私が、ザクセンフォード辺境伯領に隠れ住んでいたことだって……きちんと説明すれば理解してくださるに違いない。でも私は、もう二度と辺境伯領に戻れないのではないかと思うと怖くて堪らない。
彼の大きな掌が、私の手の上に重なった。
「心配するな。必ずエリィを連れて帰る」
そう言って、彼はゆったりと笑った。
――どうして、そんなに笑顔でいられるの?
「…………私を置いて帰らないでくださいね?」
「当り前だ。約束するよ、一緒に帰ろう」
馬車が到着し、私たちは国王陛下の待つ謁見の間へと通された。
*
「久しいな、エリーゼ嬢。そなたが息災であったこと、心より嬉しく思うぞ」
玉座に坐した国王陛下は、威厳ある笑みで私たちを迎えた。御年40歳になられる国王陛下は、銀灰色の髪も紺碧の瞳も
「ご無沙汰しております、国王陛下。今まで身をひそめて暮らしておりましたことをお詫びいたしたく、馳せ参じました」
私が淑女の礼をとると、国王陛下はゆったりと笑った。
「楽にせよ、すでに人払いは済ませてある。それに、久しぶりだなレナウ子爵。息災であったか?」
「おかげさまで息災に過ごしております」
「そうかそうか。それは良かった」
馴れた様子で淡く微笑むギルベルト様と、機嫌よく笑う国王陛下。もしかすると、ギルベルト様は陛下と親しい間柄なのだろうか? 雄々しい獣を思わせる大柄な体格のこの2人は、どことなく似た雰囲気がある。
「――さて、エリーゼ嬢」
不意に国王陛下の視線が、私を捕らえた。
「本題に入ろう。クローヴィア公爵領で行方不明となったそなたが、何故ザクセンフォード辺境伯領にいたのか。聞かせてくれるかな?」
私は話した。
実家であるクローヴィア公爵領で、移動中の馬車が邪狼に襲われたこと。
大森林の奥まで逃げ込み、危ういところでギルベルト・レナウ卿に救われたこと。
クローヴィア公爵領には戻らず、私の希望でザクセンフォード辺境伯領に赴いたこと。
「なぜ、クローヴィア公爵領に戻らなかった?」
「……実家に居場所がなかったからです」
私の肌にあったはずの大聖女の資格――『聖痕』が、あるとき突然なくなってしまった。同時期に、アルヴィン王太子から婚約破棄を言い渡された。大聖女にも王太子妃にもなれなくなった私は『公爵家の恥』と罵られ、領内の古屋敷に追いやられることになった。
「あのままクローヴィア公爵領に戻っていたら、不遇な暮らしを強いられていたはずです。だからレナウ卿にお願いして、ザクセンフォード辺境伯領に連れていっていただきました」
そのような事情があったというのか――と、国王陛下は何かを考えているようだった。
「王太子とクローヴィア公爵より聞いていた話とは、随分と異なるようだ。のちほど王太子らを問いただすとしよう。――ともあれ、大聖女の才能を持つエリーゼ嬢が存命であったことは、この国にとって救いだ。聖痕を失ってもなお、ザクセンフォード辺境伯領でめざましい功績を上げ続けているそなたを、余は高く評価している。大聖女ララとは、大違いだ」
国王陛下は、眉をひそめて続けた。
「そなたの妹ララは、大聖女の器ではない。当てずっぽうな神託をよこしたせいで、国中が混乱をきたしている。……今すぐララから大聖女の座を剥奪して、そなたに任せたいくらいだ」
「私を……大聖女に?」
戸惑う私に、国王陛下は身を乗り出して提案してきた。
「聖痕が無くてもかまわぬ、余はエリーゼ嬢に大聖女を任せたい。ぜひ、引き受けてくれぬか? その場合には、即座にララを廃妃としよう。アルヴィンの妻として、大聖女として、末永くこの国を支えてもらいたい」
――私が王太子妃? アルヴィン殿下の……妻に?
私は青ざめて震えた。
大聖女になって国のみんなを支えるのは、長年の夢ではあったけれど……それは同時に、王太子妃になることを意味している。王太子妃になんて、絶対になりたくない。
「陛下。俺は反対です」
きっぱりと。ギルベルト様の声が響いた。
「アルヴィン殿下ご自身が、エリーゼに婚約破棄を申し出たのです。それを反故にして無理やりエリーゼを嫁がせるなど、横暴ではありませんか? エリーゼは陛下の駒ではありませんよ。陛下のご一存で彼女を不幸に陥れるのは、おやめいただきたい」
明らかに怒った口調で、ギルベルト様が陛下に文句を言っている。
「ギルベルト様!? 陛下に向かって、なんて態度を取っているんですか!」
いつもはとても礼節正しいギルベルト様が、よりにもよって国王陛下に不平を言うなんて。王命で婚姻や処遇が決まるのは、ありふれたことなのに……!
「国王陛下! ギル……いえ、レナウ卿の非礼をお許しください! 彼は私に親身になってくれているだけなんです……!」
「何度でも言いますが、俺は断固反対です。俺は絶対にエリーゼを辺境伯領に連れ帰ります。大聖女になど、彼女はなりませんよ」
「ギルベルト様!!」
どうしちゃったの、ギルベルト様!? 私はすっかりうろたえてしまった。
私たちを興味深そうに眺めていた国王陛下は、やがて大声で笑いだした。
「レナウ子爵、お前がそこまで強情になる姿は初めてだ! なかなか面白いものを見せてもらった」
いまだ不機嫌そうに眉をしかめているギルベルト様を見て、陛下は意味ありげに目を細めている。
「お前がそれほどまでに気に入っていたとは、思わなかった。ならば奪うのは、いささか酷というものだな。……よし、分かった。大聖女の話は、保留としよう。しかし神託の代行だけは、エリーゼ嬢に任せるぞ? それさえ頼めるのならば、当面は好きな場所で暮らしてよい!」
ぽかんとしている私に、国王陛下は重ねて言った。
「クローヴィア公爵領に戻らずともよい。王都で抱え込むこともしない。そなたが望むのなら、ザクセンフォード辺境伯領で引き続き暮らすことを認めよう」
「……本当ですか?」
国王陛下がゆったりとうなずいている。ギルベルト様は、私の肩に手を置いて囁いた。
「約束通りだろう?」
「……!」
心の底から、喜びが沸き上がってくる。膝がふるえて、しゃがみこんでしまった。
「それほどに嬉しいか、エリーゼ嬢。以前とはずいぶん様子が違うようだ……朗らかになったな。アルヴィンには、そなたを支える度量がなかったと見える」
神託の代行の件はのちほど中央教会から通達させるから、両名とも下がってよいぞ――と、国王陛下は言った。
「「ありがとうございます、国王陛下」」
私達は深い感謝の礼をして、謁見の間をあとにした。
「……夢みたい」
私がぽつんと呟くと、彼は小さな囁きを返した。
「夢なものか。一緒に帰ろう」
「はい!」
嬉しすぎて、彼に飛びついてしまいたかった。ここは宮廷だから、そんなマネは絶対にできないけれど。
ウキウキして、身体が軽い。
帰れるんだ――本当に!
大喜びで、彼と並んで回廊を歩いていたそのとき。
「…………エリーゼ!」
「……ララ?」
私は、義妹のララとバッタリ出会った。
「「…………!?」」
お互いに言葉を失う。ララは、私が生きていることが信じられないとでもいう様子だった。
そして私は――
「あなた……本当にララなの?」
目の下に濃いクマを作り、病人のような顔色で背を丸めて歩いていたララ。いつも身綺麗にして艶やかに笑っていた彼女の変わり果てた姿を見て、私は愕然としてしまった……
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