【23*】堕ちていく大聖女《妹視点》
「大聖女様! なぜお役目を果たしてくださらないのですか!?」
「ララ様の『神託』に従った結果、すでに前年の5倍を超える魔獣被害が国内各地で出ております!」
――あぁ。うるさい。うるさい。うるさい。
私を取り囲んでしつこく責め続けるのは、宰相たち。国王陛下の重鎮である4人の宰相が、寄ってたかって私をいじめる。わたしは聖堂でうずくまり、頭を抱えて彼らの怒鳴り声に耐えていた。
「大聖女ララ様、我らをお導き下さいませ! ただちに聖女・聖騎士の正しき布陣をお定めください」
「全ての聖女のうち3割もの大人数を王都に集約させるなど、前例のないことです! その一方、国内東部の各領では、聖女がほとんどいない状態……こんな状態でもし東部に魔獣の大発生が起これば、甚大な被害は必至です! 万が一、東部が弱体化すれば、蛮族が攻め込んでくる危険性さえあるのですぞ!」
「なぜ、このような布陣になさったのですか!? 納得のいく理由をお聞かせください」
「ララ様のご神託は、誠に女神アウラよりお受けになったものなのですか!?」
――うるさい。
私はゆらりと立ち上がり、4人の宰相を睨みつけた。
「……わたし、体調が悪いの。あんたたちが毎日うるさいから、女神の声が聞こえないわ。わたしを非難する前に、自分達のバカさ加減を反省したらどう?」
わたしは宰相たちの間を通り抜けて、聖堂の出口に向かった。
「――そんなに
脇で控えていた大司教が、上ずった声で反論してくる。
「ララ様、それは無理というものです……。わたくしは、あくまで補佐。魔力素の流れを掌握し、聖女・聖騎士の布陣を決めて国防を担うお役目は、大聖女様にしか……」
「うるさい!」
私が声を張り上げると、大司教は震えあがった。もともと皺だらけだった高齢の大司教は、最近さらに老いさらばえて、枯れ木みたいに瘦せ細ってしまった。――こんな老人、全然役に立たない。
「
怒鳴る私のことを、4人の宰相が冷ややかな目で見つめていた――侮蔑の眼差しで。わたしのことを、出来損ないとか役立たずとか思っているのが、ものすごく伝わってくる。
――腹が立つ。
私は聖堂の外に出た。専用の馬車に飛び込み、そのまま宮廷に戻る。苛々して、無意識にガリガリと爪を噛んでいた。爪先から鉄の味がして、ハッと気づくと血がにじんでいた――こんな汚い爪、王太子妃としてふさわしくない。馬車の窓ガラスに映り込んだ自分の顔をみて、愕然とした。――なに? このガサガサの肌。目の下の濃いクマ。汚い顔……これが私なの?
――冗談じゃない。
大聖女としての務めを果たすことを決めて以来、わたしは毎日、聖堂にこもって『勉強』を続けた。王太子妃としての仕事は宮廷女官に代行させているから、私は大聖女の役目に集中し続けていた。一応、大聖女の役割というのは、理解できた。でも、理解するのと実行するのは別問題だ。
大聖女というのは、女神から能力を付与された特別な女。国内に数百人いる聖女の中で、一番偉いのが大聖女。大聖女だけが生まれつき『聖痕』を肌に持っていて、魔力素というエネルギーみたいなものを感じ取る能力がある。そして、その魔力素の流れや量を見極めて、魔獣や瘴気があふれ出す場所やタイミングを予測する。そして、希少な人的資源である聖女や聖騎士が、効率的に働けるように布陣を決める。
「……分かってる、分かってるわよ! でも、何なのよ、魔力素って!! そんなの、全然見えないじゃない」
血塗れになった爪で、私はヒステリックに左の胸を引っ搔いた。大聖女の白装束に、醜い血のすじが残る。
いくら頑張っても、わたしには魔力素なんて感じ取れない。だから、適当に布陣を決めた。――その結果は、散々だった。国内の各所で魔獣や瘴気の対策が機能しなくなり、所領を任されている貴族たちから怒りの声が上がっている。
民衆からも、「大聖女がきちんと仕事をしていないんじゃないか」あるいは、「大聖女は無能なんじゃないか」と非難が高まり始めている。
「……うるさい。うるさい!!」
私は、馬車の内壁をヒステリックに殴り続けた。
*
宮廷に戻り、お気に入りのドレスに着替えた。
侍女にお茶を入れさせて、ようやく少し気分が落ち着いてきたところで――
「がんばってるかい? ララ」
と、涼やかな声が聞こえた。
「アルヴィンさま!」
公務でずっと地方に出向いていたアルヴィンさまが、わたしのところにやって来た。わたしは笑顔で立ち上がり、彼にぎゅっと抱きついた。
「アルヴィンさまぁ。お会いしたかったですぅ!」
「……僕のララ。少し痩せたみたいだね。つらいことでもあるのかな?」
「そうなんですぅ! みんながヒドイの! わたしが大聖女の仕事を、ちゃんとやってないって言うんですよ!?」
わたしは彼に報告した。宰相たちが、わたしを無能呼ばわりすること。よぼよぼの大司教が『魔力素』とかいう、ありもしないモノを見ろと言って無茶苦茶な修行を押し付けてくること。みんなが、魔獣被害を大聖女のせいにして、全部の責任をおしつけようとすること。
「ね!? ひどいでしょ!? お願い、アルヴィンさま。あなたの力で、わたしを虐める奴らを――」
「困った子だね、ララ。お飾りの仕事くらいは、自分でうまくやってくれなくちゃ」
……え?
「魔力素だか何だかというものが、実在しないモノだということは僕にも理解できているよ? 結局、教会の老害どもが権威付けの道具として、不可視のモノを信じたいだけなんだろう?」
アルヴィンさまは、いつも通りの美しい笑みを浮かべていた。気品あふれる王太子としての微笑。でも、今日はどこか冷たい。
「大聖女である君の役目は、教会の老人を上手く使って情報を引き出し、聖女たちの布陣を決めさせることさ。教会の老人にも、民衆にも愛想よく接して、上手に転がしてやればいいんだよ?」
アルヴィンさまが何を言いたいのか、よく分からない。でも……わたしを非難しているのだけは、伝わってきた。
「それくらい、どこの令嬢でも出来ることだと思っていたけれど」
「!」
甘やかな顔でわたしを抱き寄せ、アルヴィン様は耳打ちしてきた。
「がんばってね、僕のララ。妻である君が無能だと、僕の評価まで堕ちるじゃないか。エリーゼから君に聖痕が移動したことを、怪しまれたら厄介だろう? ……だから、頑張ってね」
アルヴィンさまはにっこり笑って、去っていった。
「きぃいい!」
わたしはティーカップを床に打ち捨てて叩き割った。
――なんなのよ! それが、夫の言うセリフ!? アルヴィンさまがこんな最低な男だったなんて、思わなかったわ!!
頭に血が上ってクラクラする。心臓が不規則な脈を打っている。
左胸の聖痕のあたりが、じくじくと不吉な痛みを放っていた。
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