【23*】「わたしが惨めな目に遭ってるのに、あんたが幸せだなんて…!」《妹視点》


なんでエリーゼが生きてるの!? わたしは完全に混乱していた。


エリーゼは死んだはずなのに。邪狼に襲われて、行方不明になったと聞いた。捜索隊が森に入っても死骸を見つけることはできず、森の奥深くに引きずり込まれて喰われたんだろうと言われていた。


なのに。どうして宮廷にいるの? どうして身綺麗にして、堂々と立っているの? どうして幸せそうなの? ……エリーゼの隣にいる、銀髪の男は何者なの? 黄金の瞳で、鋭く私を見据えているその美しい男は一体、誰?


何もかもわからず、わたしはワナワナと唇を震わせていた。


「お久しぶりでございます。王太子妃・ララ妃殿下」

礼儀正しくカーテシーをするこの女は、間違いなくエリーゼ・クローヴィアだった。わたしの、義理の姉。わたしが全てを奪って引きずり落したはずの、惨めなエリーゼ……


「あんた、死んだはずじゃあ……」

「あら。ご覧の通り、私は生きておりますわ」

美貌に冷たい敵意を乗せて、エリーゼは穏やかな笑みを浮かべている。


「いろいろございましたが、この通り息災です。ララ妃殿下もお元気そうで何よりです」

「っ……!」

なによ、その取り澄ました態度。わたしが大嫌いでたまらない、その態度。あんた、わたしを馬鹿にしてるのね? 毎日毎日、無能呼ばわりされて、疲れて醜くなってしまったわたしを。


「ふ、ざけないでよ……! 生きてたんなら、どうしてお父様とお母様のもとに帰らなかった訳? 行方不明になったあんたのせいで、わたしたちがどれだけ迷惑させられたと思ってるの?」


あら。と、冷たい美貌でエリーゼは首をかしげている。


「私が死のうと生きようと、あなた方にはどうでも良かったのではありませんか? 私は不出来で、氷のようで、誰からも必要とされない独りぼっちな人間なのだと……あなた方がおっしゃったでしょう?」

「うるさいわね! 口答えするんじゃないわよ、わたしを誰だと思ってるの!? 王太子妃よ? いずれこの国の王妃になる、この国で一番高貴な女なのよ? あんたなんか、いつでも首をはねてやれるんだから……!」


わたしが脅しつけても、エリーゼは眉一つ動かさない。隣の男と並んで、哀れな動物を見つめるような目で静かにわたしを眺めている。許せない、許せない許せない!


「あんた、わたしを舐めるのも大概にしなさいよ! 王太子妃の命令よ、今すぐクローヴィア公爵領に戻りなさい! あんたみたいな出来損ないは、お父様とお母様の監視がないとろくでもないことをしでかすに違いないわ!!」


「承知しかねます。私は二度とクローヴィア公爵領には戻りません。国王陛下より、ご承認をいただいております」

毅然としたエリーゼの態度に、わたしは逆上した。


「……ふざけんな、このクソ女!」

エリーゼの顔に爪を突き立ようとして、わたしはエリーゼに飛びかかった。でも、エリーゼを傷つけることはできなかった。


エリーゼを守る騎士のように、銀髪の男が身を滑り込ませてきたからだ。長身なその男は、わたしがぶつかってもびくともしない。

「……お下がりくださいませ、王太子妃殿下」

男は、汚らしい物を見やる侮蔑の眼差しで、わたしを見下ろしている。この男がエリーゼを愛しているのだと、そしてわたしを殺したいほど憎んでいるのだと、よく分かった。


無言の殺意に打ちのめされたわたしは、へなへなと膝から崩れ落ちた。


「行くぞ、エリィ」

「はい」

エリーゼは男を愛おしげに見上げ、男と寄り添いながらわたしの横をすり抜けていった。


「ごきげんよう。ララ妃殿下」


   ***



「あぁあああああああああ!!!」

わたしは怒りに任せて、自分の部屋の調度品を次々と床に投げつけた。ガシャン、ガシャンとヒステリックな音を立てて、ガラスも陶器も形を失っていく。侍女が青ざめて私を止めようとした。


「ララ様、どうか落ち着いてくださいませ!」

「うるさい! わたしに命令するんじゃないわよ!!」


黙れ。ふざけるな。どうして何一つ、わたしの思い通りにならないの!?


息が苦しい。胸がじくじく痛い。――左の胸が、おかしい。


左胸がじくりと痛んだ。傷が化膿したような、じくじくという不気味な痛みだ。ふと不安になり、わたしは自分の襟を解いて自分の胸元を露わにした。


「…………ひっ」


異変が起きていた。

左胸に刻まれていた赤バラに似た聖痕が、濁った黒へと変色していたのだ……

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