【21】魔狼騎士ギルベルトの罪
魔獣討伐を終えた私たちは、その日の夜更けに辺境騎士団の基地に戻った。
「せっかくの休みだったのに、済まなかったな。エリィ」
と、ギルベルト様は私を気遣ってくれていたけれど。私よりもギルベルト様たちのほうが疲れているのは間違いない。魔獣を倒して死骸を運び出すだけでも大変なのに、住人たちから心無い非難まで浴びせられたのだから……
「この埋め合わせは日を改めて、またさせてくれ」
「お気遣いには及びません。ギルベルト様こそ、今日はお疲れ様でした。ごゆっくりお体を休めてくださいね」
彼は口元に小さな笑みを浮かべて、騎士団長の執務室へと向かっていった。今日の魔獣討伐の後処理で、まだまだたくさんの仕事をしなければならないのだろう。
お手伝いできることがあるなら何でも手伝いたいけれど……。そこまで申し出るのは図々しすぎる気がして、黙って背中を見送った。
「――はぁ」
誰もいない食堂で、私はうなだれながら溜息を吐き出した。……本当に、今日はいろんなことがあった。
ギルベルト様と、楽しい時間を過ごせて幸せだった。
誰ひとりの犠牲も出さず、魔獣を無事に倒せてよかった。
でも……クレハの街で出会った人々の心無い言動が、やっぱり許せない。
彼らは辺境騎士団のことを、偽善者とか人殺しとか罵って憎んでいた。とくにギルベルト様のことを、悪魔だとか、横暴だとか――
「おつかれさん、エリィ。せっかくの逢引きだったのに、災難だったね」
頭の上から中年女性の声が響き、顔の前にコトンとスープ皿が置かれた。
「……ドーラさん!」
「腹減ってんだろ? あんたの分だよ、食いな」
湯気とともに、おいしそうな匂いが鼻腔に入り込んできた。きゅる~っとお腹が鳴ってしまう。
「……いただきます」
「はいよ」
スプーンまで手渡してくれるドーラさんが、本当に温かかった。ずっと張りつめていた気が緩んで、なんだか目が潤んでしまう。
「……ぅ」
「出かけ先で魔獣に襲われたって? かわいそうに」
ドーラさんは、私を魔獣被害者のひとりみたいに思っているみたいだ。私が魔獣討伐に加わっていたことは、今日の作戦に加わった騎士以外の人は知らない。
「怖かったろう? あんたが無事でよかったよ」
「……いえ。私が怖かったのは、魔獣よりむしろ街の人たちのほうでした」
ん? とドーラさんは首をかしげている。
「騎士たちが魔獣を倒したあと、街の人たちは感謝するどころか酷い言葉を浴びせかけてきたんです」
――お前たちがした悪行を、オレらは絶対に忘れないぞ!!
――よくも、わたしの子を殺したわね!? あんたたちを呪ってやる!
――偽善者ぶった騎士団の奴らになんて、絶対に従うもんか!!
「とくに、ギルベルト様は憎まれているみたいでした。魔狼騎士とか、悪魔とか、本当に酷い言葉を……」
思い返すと悔しくて、涙がこぼれそうになる。ドーラさんは黙って聞いていたけれど、
「そいつら、サラヴェル村からの移住者だとか言ってなかったかい?」
と、表情もなくつぶやいていた。
「……そういえば。そんなことを言っていました。ようやく穏やかに暮らせるようになったのに、騎士団に追い出されるのは許せないとか」
「はぁ……バカな奴らだね。そいつら、あたしの同郷さ」
「え?」
「同じ村に住んでたってこと。サラヴェル村はね……メライ大森林との境界沿いにあった、割と立派な村だったんだけどさ。……6年前に魔獣に喰われて滅びちまった。生き残った村人たちは領主様の計らいで、領内に分散移住させてもらえたんだけどね。未だに、昔のことを引きずって辺境騎士団を逆恨みしてる奴も多いと聞くよ?」
ドーラさんは教えてくれた。
「森から湧き出てきた『
ドーラさんは、旦那さんを魔獣に殺されたときの悲しみを静かに飲み下すように、淡々と語り続けている。
「あたしらの村がとびきり不幸だったのは、二種類の魔獣に同時に襲われたことだよ」
「……二種類の?」
「魔狼の体にくっついて、目には見えないノミみたいに小さな魔獣が村に蔓延しちまったんだってさ。そのノミみたいな魔獣は、魔狼に喰われた人間の亡骸に寄生して……操っちまう能力があるんだってさ。あたしら生き残りの村人たちは、今度は死んだ仲間の亡骸に襲われたってわけ」
どうだい、胸糞悪いだろ? と、ドーラさんは吐き捨てるようにつぶやいた。
「暴れ狂う亡骸達にきっちりトドメを刺して火葬してくれたのが、レナウ団長たちだった。大した男たちだと思ったよ。うちの旦那だって、魔獣なんかに亡骸を乗っ取られるより、素直に眠らせてもらえて嬉しかったと思う」
「そんなことが……」
「でも、村人の中には逆恨みする奴らも多かった。『せっかく生き返った村人たちを、騎士団が殺した』って……無茶苦茶だろ? とくにレナウ団長はすさまじい働きぶりだったし、髪も目も邪狼みたいな色合いだから『魔狼が化けた』とか『悪魔だ』とか、ずいぶん罵られてたよ。……それでも黙って最後まで仕事をやりとげてくれたレナウ団長は、男の中の男だと思うよ?」
その後、魔獣を完全に殺すために、村ごと焼き払うことになったそうだ。生き残った村人たちは、聖女の浄化を受けたり心身の手当てを受けたりしてから、他の街や村での居住権をもらって移住したらしい。
「だから辺境騎士団のみなさんは何も悪くない。あたしだって未亡人になっちまったけど、こうして騎士団で働かせてもらえて毎日楽しいし、お給金で子供らに上手いメシ食わせてやれてるんだから。感謝しきれないよ!」
……だからあんたも、誇りを持ちなよ。と言って、ドーラさんは私の背中をポンと叩いた。
「あんた、大した男に惚れられてるんだからさ。もっと自信持って堂々としてなきゃ」
「ほ、惚れられ!?」
悲しい気持ちで話を聞いていたのに、いきなりとんでもない事を言われてしまった!
「な。なにを言っているんですかドーラさん!? 惚れ……?? ギルベルト様が?」
「あんたこそ、今さら何を言ってんの。どう見ても惚れられてんだろ? ……まさか気づいてなかったのかい!?」
惚れられる……?
「あり得ませんよ、そんなの。だって私、楽しいおしゃべりも出来ないし、かわいげもないし。家族からも嫌われて『氷みたいに冷たい女』って……」
「氷ぃ?」
ニタっと笑って、ドーラさんは首を振っていた。
「あんたが初めて来たときから、氷だなんて思わなかったよ? びくびくして可哀そうな子だとは思ったけど。でも、今のあんたはあったかい笑い方をするようになった」
だから、ほら、行ってきな! とエリィさんは私を立たせて背中を押した。
「行くって、どこへですか?」
「レナウ団長のところに決まってるだろ、励ましてきてやりな! サラヴェル村のバカな奴らのせいで、沈んだ気分になってるはずだよ。惚れた男を元気にしてやるのは、女の役目なんだからさ」
ギルベルト様を、私が励ます――? そんなことができるなら。
「私、行ってきます」
「あいよ。行っといで」
*
ずいぶん探し回った末に、ようやく私はギルベルト様を見つけた。屋上の床に腰を下ろして、一人で夜空を仰いでいた。
――ギルベルト様。本当に星を見るのが好きなのね。
遠い昔に大切な人と一緒に星を見たのだと、前に彼は教えてくれた。……誰と見たのかな? と思った瞬間、私の胸はちくりと痛んだ。
「……ギルベルト様!」
彼は『灯り星』に似た金色の目を、大きく見開いて私を振り返った。
「……エリィ」
「一緒に、星を見ても良いですか」
彼は優しく目を細め、ゆったりと腕を開いた。
「おいで」
胸の高鳴りに戸惑いながら、私は彼の隣に腰を下ろした。
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