【12*】大聖女ララの暗雲《妹視点》

大聖女なんて、ただのお飾りだと思ってたのに。王太子妃になりさえすれば、豪華でステキな毎日が待っていると思ったのに。……なんか、違う。


わたしは不満を感じながら、今日も馬車に乗り込んだ。宮廷から中央教会の大聖堂に向かう、王室の豪奢な馬車だ。


――あぁ、くだらない。何で王太子妃のわたしが、毎日毎日、お祈りなんてしなきゃならないのかしら。 


大聖女の白いだけの装束なんて脱ぎ捨てて、華やかなドレスに着替えたかったけれど。……でも、そんなことをしたら、またアルヴィンさまに心配されちゃう。体調不良を口実にしてこれまで何度か大聖女の仕事をサボってきたわたしに、アルヴィンさまは心配そうな顔で覗き込んで「僕の妻で居るのが、ツラいのかい?」と言ってきた。心配されるのはありがたいけれど、役立たずだと思われたら困るから……しばらくは、きちんと仕事しなきゃ。


中央教会に到着するなり、上位の聖職者たちが恭しく出迎えてきた。


「大聖女様。お待ち申しておりました」


馬車を降りて、無言で聖職者たちのあとに続く。大聖堂の扉口は、背中の折れ曲がった老齢の大司教が立っていた。しわだらけの顔面の奥で、小さな両目が静かにわたしを見つめている。


「大聖女様、祈りをお捧げ下さいませ」

――あぁ、かったるい。

不満を飲み下して、わたしは「はい」と笑顔で答えた。聖堂の祭室でひざまずいて、お決まりの祈詞のりとを数十分と唱え続ける。


毎日、大司教と会うのが本当にイライラする。アルヴィンさまからは、『大司教を味方に引き入れれば、大聖女の仕事を彼に丸投げできる』と何度も言われているけれど……この大司教ジジィ、全然私と親しくなる気がないんだもの。『自分で勉強なさい』の一点張りで、なにも手助けしてくれない……もしかしてこのジジィ、ただの無能なんじゃない?


心のこもらない礼拝を終えたわたしが立ち上がると、近くに控えていた大司教が声をかけてきた。

「大聖女様。本日は宰相閣下と、王国騎士団の団長閣下がお見えになっております」

「え?」

宰相と騎士団長が、どうして聖堂なんかに来るの? 政治の話題なら宮廷で話すべきだし、そもそも政治に王太子妃が直接関わることなんて、ないはずだけど?


わたしが首を傾げていると、宰相と騎士団長が現れた。

「大聖女ララ様にご報告申し上げます。国内各所で、魔獣の出没報告が寄せられております」

「取り分け、東部カラナダ伯爵領、南部アラントザルド伯爵領、南東部スルヴァ男爵領では大きな被害が出ております。大聖女ララ様に置かれましては、早急にご対処いただきたく――」


え? 対処って……何のこと?


「魔獣を倒すのはわたしではなく、騎士や現場の聖女たちでしょ?」

わたしがそう答えた瞬間、宰相と騎士団長は顔色を変えた。

「…………だ、大聖女さま?」

「ご乱心遊ばされましたか……?」


……は? なによ、その態度。一体なんなの?


「魔獣対策は、大聖女様の最重要任務の一つではありませんか!?」

「国内198名の聖女の最適な布陣を敷くことこそが、貴女様のお役目であるはずです! まさか、その程度の知識もお持ちでないと……!?」

愕然として青ざめている宰相と、怒気を噴き上げて真っ赤になっている騎士団長。2人の男たちが声を荒げる様子に、わたしは恐怖さえ感じた。


「……っ、な、なによそれ……」

わたしが反論しようとした瞬間、大司教が慌てた様子で割り込んできた。

「宰相閣下、団長閣下、どうかお鎮まり下さい……!」


「大司教、これは一体どういうことだ!」

「大聖女様がこのような有り様では、教会権威の失墜も避けられませんぞ!?」

狼狽している男2人に向かって、大司教は苦い顔をしながら反論していた。


「大聖女様はご就任直後であるため、まだ、実地経験がないだけです。今回の布陣決定に際しては、私が補佐をしますのでご心配には及びません。布陣を定め次第お伝えしますので、今はお引き取りください」


宰相と騎士団長は、失望も露わな眼差しでわたしを睨みつけてから、礼をして立ち去っていった。……今まで、どんな男でもわたしにチヤホヤしてくれてたのに。こんな侮蔑的な扱いを受けるなんて、許せない……


彼らが立ち去り、大司教とふたりきりに鳴った瞬間、わたしは怒鳴った。

「大司教! どういうことよ!? なんでわたしが下っ端の聖女たちの配置決めをしなきゃならないわけ!?」

「ひっ」


私の剣幕に驚いたらしく、今まで毎日エラそうな態度を取っていた大司教がひきつった声をあげた。……怯える大司教には威厳のかけらもなく、ただの痩せた老人にしか見えない。

「なによ! ビビってないでさっさと教えなさいよクソジジィ!」


「……ララ様。もしや、何もご理解いただいてなかったのですか? アルヴィン殿下から「全てよしなにせよ」と仰せつかっておりましたが……まさか一切の予備知識も無しに、大聖女になられたのでしょうか。……ご就任の日にお渡しした『神託の書』は、お読みになったのでしょう?」


「はぁ!? そんなのまだ読んでないし! わたしは王太子妃なんだから、毎日いろいろ忙しいのよ! あんな分厚い本なんて読むヒマないわ」

「……な、なんと」

よぼよぼ老人の大司教は、かなりのショックを受けたらしくその場でガクリと膝を突いていた。……冗談じゃないわ、ショックなのはこっちのほうよ。


わたしは大司教の胸ぐらを掴んで引きずりあげた。

「ひっ」

「ちゃんと説明しなさい! わたしの仕事って、一体何なの!?」

「あなたの最も大切な仕事は、『神託』です……」


神託? それって、女神のお告げのことよね……


「神託は本来『女神のお告げ』という意味ですが、この国では特別な意味を持つ言葉です。……すなわち、女神アウラの代理人である大聖女が能力を使いながら、国内すべての聖女と聖騎士を最適な配置で各領に派遣するための布陣をお決めになること」


「布陣……? さっき宰相たちが言ってた、配置決めのことね」


「派遣された各地で、聖女と聖騎士は瘴気を祓ったり、地方の騎士団と共闘して魔獣の討伐を行ったりします。しかし、瘴気や魔獣は流動的なものですから、布陣にはこまめな訂正が必要となります。それゆえ、大聖女は月に一度程度は『神託を下す』という形で、聖女らの布陣を決め直します」


「配置決めなんて、大聖女わたしじゃなくても出来るでしょ!?」


「いいえ。大聖女にしか出来ない役目です。大聖女の聖痕は、大気や生体などに内在する魔力素を感じ取るための「第三の目」のようなもの。第三の目を通して世界を見つめ、一つ一つの駒である聖女・聖騎士を最適に配置する才能こそが、大聖女様には求められるのです」


「は? 建前なんてどうでもいいのよ! 実際は大司教あんたが経験則で決めてたんでしょ? アルヴィンさまがそう言ってたもん! だから、今後もあんたがやりなさいよ!!」

わたしが叫ぶと、大司教は引きつった顔をしていた。

「先代の大聖女が死んだあと、あんたが代わりに神託をやってたんでしょ?」


大司教はすごく、うろたえている。

「なに困ってるのよ!? わたし神託なんて出来ないから、あんたに代わりを頼むって言ってるの!」

「………………できません」

「はぁ!?」


このジジィ、いい加減に……と怒鳴りつけようとしたその瞬間。絶望しきった顔で大司教が告白してきた。


「私には神託など下せません。先代の大聖女さまがお亡くなりになった後、代わりに神託を下していたのは、実は私ではありませんでした……。『優れたお方』の手柄を横取りする形で、私が名乗っていただけです」

「……なっ!?」


まさかの「役立たず宣言」に、私はパニックになった。


「ふざけないでよ、クソジジィ! じゃあ、その『優れたお方』ってやつを連れて来なさい、今すぐ!!」

「できません……」


そして大司教は、呟いたのだ。

「今まで密かに神託を代わりに下し、この国を影で支えてきたのはエリーゼ・クローヴィア様でした」


エリーゼが!?

死んだエリーゼの名を、こんなところで聞くなんて……私は呆然として、大司教の話を聞いていた。

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