【11】辺境騎士団〜私の初仕事〜

「本日より我らザクセンフォード辺境騎士団の軍属となる、新たな成員を紹介する。雑役婦ざつえきふのエリィだ」


ここは、ザクセンフォード辺境騎士団の寄宿所。早朝、集合した騎士たちの前で、騎士団団長であるギルベルト様が私のことを紹介した。


「エリィと申します。皆様、どうぞよろしくお願い致します」


今日から私は、この寄宿所の雑役婦になる。雑役婦というのは掃除や料理などをする下働きのことで、主に平民階級の女性が就く職業らしい。ギルベルト様の役に立ちたい一心で考え続けた私が、ようやく思い至ったのが雑役婦として働くことだった。


ギルベルト様は最初、「公爵家育ちの令嬢がする仕事ではない」と難色を示していたけれど。ユージーン閣下が「雑役婦? いいじゃん、社会勉強みたいなもんだ。こんな辺境ドいなかじゃエリーゼ嬢の顔は割れてねぇから、絶対バレねぇよ」と快諾してくれた。


……これが私の、新しい生き方。そう思うと、とてもドキドキしてきた。


列席する数百人の騎士たち全員が、私を凝視している。頬を赤らめて熱い視線を注いでくださる方が大勢いるのは、どうしてだろう? ひょっとすると、新メンバーである私に期待してくれているのかもしれない。


たしかに、人員は多いほうが助かるに違いない。期待してくださっている皆さんのために、私も役に立ちたい。そう思い、私は精一杯のほほえみを浮かべた。……だって、出来ればもう二度と「氷みたいに冷たい無愛想な女」呼ばわりされたくないもの。


「私は、皆様に喜んでいただきたいです。ご要望がありましたら、何なりとお申し付けください。身を尽くしてご奉仕いたします」


私がそう言った瞬間、騎士の方々が激しくどよめいた。

「こ、こんな美人が、」

「ご、ご奉仕………………!? 身を尽くす……!?」

騎士たちは、なぜか生唾を飲み込んで真っ赤な顔になっている。……私、何か変なことを言ってしまったのかしら。


「だ、団長! こちらのお嬢さんは雑役婦を務めるような身分の女性には見えませんが!?」

「エリィさんは、いったいどちらの…………ひっ!」

浮き足立つ団員を一瞬で凍り付かせたのは、ギルベルト様の静かな一声だった。


「――――黙れお前たち」


威嚇する獣のような鋭い眼差しで、ギルベルト様が団員たちを睨んでいる。

「……言っておくが、妙な気は起こすなよ? エリィに関する余計な詮索は一切禁じる。彼女への不敬は俺への不敬と思え。――以上、解散せよ」


魔獣さながらの凄絶さでギルベルト様がそう言うと、総員がびしりと敬礼してから散開した……思いがけず、ギルベルト様の厳しい一面を見てしまった。私が気後れしていると、ギルベルト様は溜息を吐き出した。

「……不躾な連中で申し訳ない。気のいい奴らなんだが、羽目を外しやすいのが難点だ」


「い、いえ。あの……怒っていますか? ギルベルト様……」

「怒ってない。俺は普段からこの調子だ」

短く答えながら、ギルベルト様はすでに歩き始めている。


「雑役婦の業務は、厨房にいる婦長のドーラに聞いてくれ。……念のため言っておくが、雑役婦の仕事は料理と掃除と洗濯だけだ。それ以外のを騎士から求められても、絶対に応じるなよ? 万が一、不届き者がいたらすぐ俺に言え、そいつを懲罰房にぶちこんでやる」


……ギルベルト様はやっぱり、かなり機嫌が悪そうだ。立ち去る彼に向かって、私は深く礼をした。


「私のワガママを聞いてくださって、ありがとうございます」

「……不慣れな生活になるだろうが、無理はするなよ。分かったな?」

渋い表情をしつつも、私を気遣うような優しい口調でそう言うと、彼は去っていった。


「よし。私もがんばらないと!」

人生初の下働き。王妃教育や大聖女の修行には11年間耐えてきたけれど、掃除や料理は生まれて初めてだ。


……私に家事が務まるのだろうか? 少し不安を覚えつつ、私はやる気十分で食堂に向かった。


   ***


「きゃぁあああ!」


人生初のお料理は、炎上して消し炭になってしまった。


「……エリィ。あんた、もしかして料理は初めてだったのかい?」

鍋から出た火を馴れた様子で鎮火しながら、雑役婦長のドーラさんが大笑いしていた。


「…………はい、申し訳ありません……」

腰を抜かしてへたり込んでいる私を見て、ドーラさんは笑いながら私を引っ張り起こしてくれた。厨房にいた他の女性たちも、おかしそうに笑って「大丈夫~?」と気遣ってくれている。


「初めての子に、いきなり強火調理を任せて悪かったね。ここいらの郷土料理は、強火が基本なんだよ」


ドーラさんは40代半ばくらいの、ふくよかな女性だ。初仕事で大失敗してしまった私のことを、気さくな笑顔で許してくれた。この寄宿所には、ドーラさんを含めた19人の女性が雑役婦として働いているそうで、私が最年少なのだという。


「……ご迷惑をおかけしました」

「いいよ。じゃあ、そっちで芋の皮むきでもやってもらおうかね」


でも、皮むきも惨憺たる結果で終わった。包丁の扱いがつたないせいで、芋の皮と一緒に自分の手の皮までざっくり切ってしまったのだ。


「あんた血塗れじゃないかっ!?」

「す、すみません……」

聖女の儀礼用ナイフなら、これまで何度も扱ったことがあるのだけれど……。料理は儀礼より何百倍も難しいものなのだと、私は生まれて初めて知った。


手の怪我を治療してもらうのも、本当に申し訳ない。自分がここまで役立たずだとは思わなかった。


「……申し訳ありません」

私がしょんぼりしていると、ドーラさん達がからかうように囁いてきた。


「まぁ、料理なんて馴れればすぐ出来るから、気にしないことだよ。あんた、金持ち商人の箱入り娘とかだったんだろ、きっと。見るからに育ちがよさそうだもの!」

「駆け落ちで団長のところに転がり込んできたとか、そういう感じなんだろ? お若いねぇ!」


どきり、としてしまった。私が公爵家の出身であることは、絶対に隠さなければいけない……


「えぇと……いえ、その……、私は……」

「あ、答えなくていいよ!? 団長から、「エリィのことは詮索無用」って釘を差されてるからね」

「よっぽど気に入られてるんだね、エリィは! あの硬派なレナウ団長が、こんなにご執心になるとはねぇ」


私がギルベルト様に、気に入られている? それって、期待されているという意味かしら……


「あたしら全員、団長には恩があるからねぇ。エリィの面倒を見るのは、あたしらの使命ってもんだよ。あんたを一人前の女にしてやるから安心しな!」

「今日の晩飯は、あんたの手料理を団長にたっぷり食わせてやりなよ」

「初心者でも作れる煮込み料理を教えてやるからね」


彼女たちは豪快に笑いながら、娘か孫に接するような態度で私に話しかけてくれた。


「み、皆さん……ありがとうございます!」

そして私は、ドーラさん達の協力を得ながら夕食用の煮込み料理を作ったのだった。


 *


団員全員にまかなう煮込み料理は大鍋10杯という大容量で、作るのに8時間も掛かってしまった。時間も真心もたっぷり注ぎ込んだというのに、私の作った料理の出来は、とても残念な感じで……要するに、すごく不味かった。


「おや……、おかしいねぇ。どうしてこんなに不味いんだろう? どんなに雑に作っても、それなりに食えるモノが出来るはずなのに……」

「味付けがおかしいね。砂糖と塩を間違えたんじゃないかい? エリィ」


私は、がっくり肩を落とした。料理の才能が無さすぎて、泣きそうだ。


「ごめんなさい……。食材を無駄にしてしまいました。今日のお夕食、どうしましょう……」


「そりゃもちろん、全部食わせちまうのさ! 捨てたら食材がもったいないだろ?」

「え!? でも、こんなに美味しくないのに……」

「大丈夫、大丈夫! うちの騎士団はガサツな男ばっかりだから、味の違いなんて、どうせ分かりゃしないよ!」


などと言いながらドーラさん達は躊躇なく配膳をすませ、団員達に「失敗料理」を提供してしまった。一日の労働を終えた団員の皆さんは、勢いよく料理を口に運び込み……そして、同時に顔をしかめた。


「ん!? なんだこのメシ。妙な味だな」

「なんで煮込みがこんなに甘ったるいんだ……?」

「おいおい、今日の料理番は誰だよ!? なんでこんな味付けなんだ!!」


……あぁ。やっぱり皆さん、怒ってしまった。



「……申し訳ありません。本日の調理は、私が担当いたしました」

こうなったら、素直に自白するしかない……。私はビクビクしながら、皆さんの前に進み出た。


「作り間違えてしまい、すみません。明日からは、もっと慎重に作りま……」

非難の嵐が来ることを覚悟しながら、私が謝罪していたそのとき。


「2杯目を貰おう。まだ余っているか?」

と、よく響く声が投じられた。


「……ギルベルト様」


煮込み料理を平らげて、空っぽになった器を差し出してきたのはギルベルト様だった。

「……申し訳ありません。こんなひどい料理を食べさせてしまって」

「俺の味覚がおかしいのか? 美味くないとは思わなかった。腹が減っているんだ、2杯目を食いたい」


真顔でそんなことを言われたから……本当に涙がこぼれそうだった。

団長であるギルベルト様の応対に倣おうとしてくれたのか、他の騎士達も一人また一人と「美味いような気がしてきた!」「おかわり!!」などと声を上げ始めた。


恥ずかしいのと申し訳ないのとで、私は目を潤ませながらその日の料理を配膳し続けた。何か言いたそうな眼差しでじっと見つめてくれるギルベルト様に、何度も何度も頭を下げる。


――私は、あなたのお役に立ちたいんです。今日は失敗だったけれど、明日はもっと頑張ります。


胸の中でそう叫びながら、私は今日の仕事を続けた。

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