【8*】「大聖女なんて、どうせお飾りでしょ?」《妹視点》

――あぁ、くだらない。大聖女なんて、どうせただの『お飾り』なのに。どいつもこいつも頭の悪いクズばっかり!


心の中で罵詈雑言を吐きながら、わたしは柔らかに微笑んで民衆たちを見つめた。老若男女の視線がわたしに注がれている。

「なんてお美しい……!」

「あの神々しさ……女神の再来に違いない!!」


はいはい、好きに褒めたたえてね。


純白の聖女装束に身を包み、わたしは就任式の式典会場をしずしずと進んだ。レースで編まれた長いヴェールの下で、慈母のような笑みを浮かべ続ける――心の中でわたしが「さっさと終わんないかなぁ」と思っていることを、誰も見抜けていないはずだ。


午前中が結婚式で、午後から大聖女就任式だなんて、本当にめんどくさい。結婚式だけでいいのになぁ。王太子であるアルヴィンさまの顔を立てるためだから、仕方ないけど。


ひざまずいたわたしの前で、老いた大司教が祝詞を上げた。

「大聖女ララ、汝に女神の祝福のあらんことを。汝が民を癒す光とならんことを。汝があらゆる聖女を束ね導く索条さくじょうとならんことを――」


しわだらけの大司教の口から出た言葉を、わたしは冷めきった気分で聞いていた。教会に所属する聖女は、国内に200人弱。すべての聖女のなかで一番偉いのが『大聖女』だ……わたしは今から、その大聖女になる。


――本当は、大聖女なんて全然やりたくないけど。でも、まぁ良いや……どうせ実際に働くのは、現場の聖女たちだもん。大聖女なんかいなくても、これまでこの国は十分に回っていたんだから……アルヴィンさまだって、そう言っていたもの。


『先代の大聖女――つまり僕の母が亡くなったのは、5年前だ。それ以来この国に大聖女は不在だったが、なにも問題は起きなかった。つまり、大聖女なんてただのお飾りだったのさ。実際に働いていたのは、大司教だ。あの老いぼれを上手く転がして、働かせるのが君の実務だよ』


大聖女就任式の直前に、アルヴィンさまはわたしを抱き寄せて甘く囁いた。

『……我慢してくれるよね? 僕のかわいいララ。王太子妃である以上、大聖女になるのが必須要件なんだ』


もちろん、何の異論もないわ。


司教が祭典用の聖杖でわたしの肩に触れた。その仕草はわたしに女神の承認が与えられて、『大聖女内定者』から本物の『大聖女』に昇格したことを意味している。民衆が大きな歓声を上げた。


「大聖女様! 大聖女様、ばんざい!!」

「ばんざい!!」


本当にバカな連中。体に聖痕アザがあるってだけで、わたしのことを崇め奉っちゃって。……まぁ、悪い気分はしないけど。


――ここにエリーゼが居ればいいのにな。エリーゼに、わたしが大聖女になる瞬間を見せて上げたかったなぁ。


わたしは初めて、エリーゼの死を残念に思った。もしも生きてたら、今日だけは軟禁を解いて大聖女就任式に呼んであげたかった。きっと、泣きながら悔しがったに違いない。


――まぁ、いっか。壊れたおもちゃにこだわったって、意味がないもんね。


わたしは気持ちを入れ替えて、大聖女らしく見えるよう演技し続けた。上席から就任式を見ている王侯貴族――そのなかに、アルヴィンさまを見つけて嬉しくなった。


わたしは、この国で一番高貴な女性。

平民生まれのわたしが公爵令嬢になって、実力で姉を引きずり下ろした。

すべてを勝ち取ったのは、このわたし。


「わたくしは、ララ・ヴェルナーク。アスカリテ王国の大聖女として、そして王太子妃として、臣民に身を捧げます――」


一層大きな歓声が、祭典会場に沸き上がる。この国のすべての人間が、わたしのことを祝福していた。


   ***


就任式のあと。わたしは早速、大司教とお近づきになろうとした。アルヴィンさまからも、「あの大司教おいぼれは利用できるから仲良くしておくんだよ」と何度も言われていたし。


「大司教さまぁ。わたしに色々、教えてくださいね?」

ちょっと艶っぽい猫なで声で、わたしは大司教に言い寄った。本当に枯れ木みたいな老人だ。60歳は余裕で超えてる……もっと若かったら、仲良くし甲斐があるのに。


皺だらけの痩せた大司教が、眉間の皺をさらに深くして私に問い返してきた。

「教える……とは? 大聖女ララ様は、ご自身の聖務をご理解しておられないのですか」

おごそかとも言えるクソ偉そうな態度で、大司教は私を見据えてきた。簡単な色仕掛けくらいでは、なびくつもりはないらしい。


機嫌の悪そうな顔で、大司教は分厚い書物をわたしに手渡してきた。……うわっ。なにこのカビ臭い本。すごく重いし……

「大司教さま? この本、何ですかぁ?」

「歴代の大聖女が為した、すべての神託が記録されている書物です。すべてを読んで、あなた自身の知識となさい。……本来であれば、大聖女に就任する前に暗記しておくべき内容です。急なご就任なので、不勉強なのも仕方ないかもしれませんが」


偉ぶった口調でそう言うと、大司教は聖堂の奥に引っ込んでしまった。感じ悪い……なんなの、あのジジィ。わたしは、思わずイラっとしてしまった。


(……だめよ、ララ。この程度のことで折れちゃダメ。だって、わたしは王太子妃なんだから。あんな面白みのないジジィでも、役に立つなら仲良くしなきゃ。時間を掛ければ、きっと飼いならせるわ)


とりあえず、今は気分を変えなくちゃ。これから宮廷に戻って、晩餐会があるんだから。王太子夫妻の結婚を祝う、大事なパーティ。主役のわたしが、こんなところで油を売ってるわけにはいかないものね!


大司教から渡された汚らしい本は、あとで侍女にでも読ませて、要点だけ教えてもらえば良いや。わたしはウキウキしながら、王家の馬車に乗り込んだ。


   *


このとき、わたしはまだ知らなかった――この先、大変なことが待ち構えているなんて。


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