未来食卓

 かつて東京と呼ばれていた地域の縁に位置する、とある場所。崩れた廃墟ばかりが見える景色に混ざり、コンテナが無数に並ぶ区画があった。

 コンテナは幾つもあり、近くには車やガスボンベが置かれていた。いずれも傷は少なくないがよく手入れされており、並び方も整然としている。更にコンテナには『ドア』や『窓』も付けられ、まるで一戸建ての住宅のよう。事実そうである事を、コンテナ内を出入りする大勢の人間達の姿が物語っていた。

 コンテナ街と呼ぶべきこの場にいるのは、多くが三十~五十代の成人男性だった。少数の成人女性がいるぐらいで、子供の姿はない。彼等の誰もが迷彩服を着ており、『軍属』である事を衣服で示している。

 この場所にあるのはコンテナの家ばかりで、スーパーやコンビニなど、物資を買うための建物は見当たらない。それらを運び入れるのは、コンテナ近くに停められたトラックだ。トラックから荷下ろししているのは同じく迷彩服を着た者達。彼等は黙々と作業に勤しむ。笑顔がないとは言わないが、私語は全くと言えるほどない。もう時間は夜遅くであり、普通の企業であれば夜勤の時間帯に入るが……此処で働く者達は、交代こそすれども労働者は減らず。昼間と変わりない体制で職務に励む。

 此処は一体どんな場所なのか?

 その疑問に対する答えを一言で述べれば、自衛隊により管理・運営される『自衛隊基地』であり――――より詳しく言うならパンドラ監視のための拠点にして、今の千尋の自宅兼職場だった。


「やぁ、お帰り。今日はどんな様子だったかな?」


 そして自宅で彼女を待っているのは、かつての上司兼保護者の秀明である。

 彼も十年分の歳を重ね、今では七十代。流石に顔の皺は深くなり、身体も僅かに細くなったが、それでも歳からすれば十分逞しい。背筋は真っ直ぐであり、足腰も弱っているようには見えない。

 もう十年は問題なく生きそうだと思わせる元気さが、彼にはあった。十年で幾分鍛え上げられた千尋でも、まだ殴り合いの喧嘩には勝てそうにないと思う。


「ただいまー。今日は、危うく死ぬかと思ったよー」


「ははっ。三日ぶりに聞く台詞だ。こうも頻繁に聞くと、流石にもう心配する気にもならないね」


「うん、私的にも、嫌なお客さんがいたーぐらいな感じだもん。つまり、大体何時も通り」


「成程。じゃあ、特別気遣う必要はなくて、大体何時も通りの食事で問題ないね」


「だいじょーぶ。ちなみに献立は?」


「唐揚げとお味噌汁、それと付け合せの乾燥野菜サラダさ」


 帰ってきた千尋はコンテナ小屋の中央に置かれた小さなテーブルへと向かい、傍に置かれているパイプ椅子に腰掛ける。

 秀明は千尋の前とその向かいに、先程伝えた食事を置く。既に空腹な千尋はすぐにでも箸に手を伸ばしたいが、ここは一度我慢。秀明が向かいの席に座るまで待つ。

 互いに向き合い、顔を見合うのが一つの合図。


「いただきますっ」


「いただきます」


 二人は同時に食への感謝を伝えて、それから箸を持った。

 千尋が真っ先に齧り付いたのは唐揚げ。

 衣が分厚く、中の肉はあまり多くない。脂身たっぷりでジューシーなのは良いが、その脂も少々鳥臭い。端的に言って低品質の肉だ。

 米も保管方法が良くないのか、パサパサしている。サラダとして付けられた千切りキャベツなど甘さが微塵もなく、キャベツ的食感を楽しむだけのものと化している。

 お世辞にも、美食とは言えない。しかし唐揚げは濃い目の味付けで臭いを可能な限り消し、サラダも嫌な味がしない程度には鮮度を保っている。米については、あるだけで嬉しいものだ。あれこれ五月蝿く言おうとも、日本の食卓にはやはり米が欠かせない。

 何より、今時の日本……いや、世界でこれだけの料理を食べられるのは、比較的裕福な部類だ。これに文句を付けるなど、罰が当たるだろう。


「最近、仕事の方はどうだい?」


 美味しく食べていると、秀明がそう話を振ってくる。

 どう、というのは進捗的な意味ではなく、もっと抽象的な意味だろう。彼は千尋が参加している『プロジェクト』とは無関係な立場にある。そして千尋の今の仕事は、自衛隊と深く関わるもの。

 プロジェクトの存在自体は公表されているが、だからといってべらべらと喋れるものではない。秀明も、『元』ではあるが大きな組織を率いていた身だ。機密情報がどれほど取り扱いに注意しなければならないか、いくら十年離れていると言っても、忘れてしまう筈がない。

 単純に、親が子供に「最近調子はどう?」と訊くのと同じだろう。その程度の質問であれば答えようもあるし、答えるための取捨選択ぐらいは出来る。


「うん、今日もパンドラは元気だったよ。一週間前にやった作戦は効果なし。それと異常行動もないかなー」


「……聞いておいて難だけど、それ、話して良い情報なのかい?」


「これぐらいなら。東郷くんなら、勝手に話さないと思うし。大体みんな知ってるでしょ、これぐらい」


「知っているけどねぇ」


 建前は大事だよ? と秀明は窘めてくる。建前、と言ってしまう辺り、秀明も否定はしないのだ……誰もが知っている事、人類がパンドラに全く歯が立たない事は。

 ――――パンドラが現れて、十年。そして第三次世界大戦兼核戦争が始まり、終わってからも十年が経った。

 パンドラの手により世界中で操られ、思惑に乗せられて発射された核弾頭。何百何千と放たれたそれは、人類の生活圏の多くを焼き払った。核兵器により政治機構が壊滅した場所も多く、現在でも正確な数は把握出来ていないが……核兵器による推定死者数は全世界で五億人。しかもこれはたった一日で起きたものだ。その後行われた通常兵器による攻撃、避難時の混乱による死者を含めたら、あと何千万人か増えるだろう。

 幸い……と言えるほどのものではないが……核兵器の大量使用による核の冬は訪れず(これは昔から指摘されていた。世界中の核兵器を集めてもやや大規模な火山噴火程度のエネルギーしかない。『地球』は人類が思う以上に丈夫なのだ)、放射能汚染も地球を包み込むほどのものにはならず。パンドラの仕業である事が伝わり多くの国で翌日には停戦。最後の一人になるまで殺し合う事態は回避した。

 しかし戦争が終わっても、核兵器で破壊された土地は戻らない。放射能汚染により農地が使用不可能になった場所も多く、深刻な食糧危機が生じた。更に経済の低迷や将来への不安により、治安は著しく悪化。犯罪組織やテロ組織が勢力を強め、治安維持に予算が必要になって復興が遅れる。おまけにパンドラの仕業と分かっても、元々の不仲もあって戦争を続ける国までいた。そこまでいかずとも親類や友人を虐殺され、その虐殺者に「あれは私達の所為じゃないから仲良くしよう!」と言われて頷ける人間は滅多にいない。敵対はせずとも協力もしない国々は多く、『人類』の力は大きく削がれた。

 クーデターが成功し、テロ組織による政権奪取が起きた国も一つ二つではない。中には数百人程度の武装蜂起で制圧された国もあった。ろくな政治経験のない犯罪組織が、インフラの壊滅した国をまともに運営出来るのか? 答えは言うまでもないだろう。

 ここまで壊滅的被害から立ち直るには、普通は国際的な支援が必要となる。だが第三次世界大戦……世界中がこの様相では誰かを助ける余裕がある国など何処にもない。十年が経っても、第三次世界大戦から完全に立ち直れた国はない。むしろ情勢不安や内戦の勃発で、更に状況が悪くなるばかり。世界的に見れば余力のある日本も、東京壊滅の余波で大多数の地域が衰退した。発展したのは、新たな首都となった京都周辺ぐらいなものである。

 そして復興を何よりも阻害しているのが、パンドラの存在そのもの。

 核戦争を引き起こした『暴走ロボット』は、未だこの星に君臨している。人間がコンピューターを使う限り、パンドラが何かを仕掛けてくるかも知れない。最悪、軍事組織が乗っ取られたなら、また戦争が……第四次世界大戦が始まる恐れすらある。行政が電子機器を使用するには念入りな対策が必要であり、そのためには莫大なコストと大勢の人員が必要不可欠。体制やマニュアルの刷新も必要だ。ここにリソースを割かれ、復興に金と人手を割り当てられない。復興しないと資源が生産されず、改革に必要なリソースが得られない――――という負のスパイラルに陥ってしまう。そもそも苦労して対策したところで、人智を超えるパンドラに通じるか分からない。

 状況の打破には、パンドラの撃破が不可欠。

 かつての生活を取り戻すため、人類が再びこの星の頂点に返り咲くため、全世界が(少なくとも名目上では)団結してパンドラの撃破を試みていた。第三次世界大戦の影響をあまり受けなかった日本とアメリカが主導する形で、様々な作戦が行われている。

 千尋の仕事は、二つ。一つはパンドラが異常な行動を起こしていないか、何をしているかを観察する事。そしてもう一つは、世界の軍が行った攻撃がパンドラに通じているか、これまた観察して調べる事である。要するにパンドラに接近し、その行動を監視する仕事と言っていい。

 ロボット工学における元天才児であり、パンドラの素体となったロボットの枠組みを作った身であるがための抜擢だ。なので千尋はこれまで人類がどんな作戦が行い、どんな結果に終わったのかを知る立場である。

 結論を纏めると、パンドラは未だ健在。人類側の何一つ作戦は上手くいっていないようだった。


「(まぁ、五年ぐらい前にやった作戦以上に効果がありそうなもの、全然ないんだけど)」


 人類側も、ただ打つ手なしと嘆いてはいない。これまでの失敗を糧に、様々な作戦を立てている。

 例えば五年前に推進された作戦は、ウイルス投与――――マルウェア(コンピューターに有害な働きを起こすプログラムの総称)を感染させる事で、機能を破壊するというもの。

 十年前、パンドラは中露の核攻撃を予見したように動き、そしてミサイルの挙動を操作してみせた。当時パンドラに対し使われた核兵器は大陸間弾道ミサイルに乗せられており、この類のミサイルは音速の十数倍もの速さで飛んでいく。一秒で五キロ近い距離を飛んでくる物体を、目視で見てから対応するのは困難だ。

 そこからパンドラはインターネットなどを介し、情報を得ていると推測された。実際、先の核攻撃時には世界中の衛星通信がハッキングされており、画像データから核の使用を把握した痕跡がある。しかも絶え間なく情報を収集し、人類の戦略に対応し続けているようだった。

 つまりパンドラはネットに接続した状態だ。ならば情報の中にマルウェアなどの悪質なプログラム……それこそ全てのデータを削除するような……を潜ませ、感染させればパンドラを倒せるのではないか。相手が成長する人工知能であり、故に人類が生み出したどんなものよりも強力なセキュリティを持っているであろう事を鑑みれば成功率は高くなさそうだが、やってみる価値はあると判断された。そして五年前に世界中の叡智を結集し、作戦遂行のための研究を開始。

 残念ながら、実現不可能としてお蔵入りになった。

 パンドラは自分勝手で気ままながら、あまり危険を好まない『性格』をしているらしい。人工知能としてネットワーク内にいた時は、自らのスペックと米国の隠蔽もあって好き勝手出来たが……今や自分の存在が全世界に知られている。迂闊な外部アクセスをすれば危険なマルウェアを送り込まれる可能性があると知っていたのだろう。パンドラ本体はネットワークと接続していない、完全なスタンドアローン状態だった。

 これではコンピューターに直接流し込まない限り、マルウェアに感染する可能性はない。そしてパンドラの機体に、少なくとも現在までの観測ではUSBの差込口など見られない。マルウェアに感染させる事はほぼ不可能。作戦は、最初から頓挫していたのだ。

 ではパンドラはどうやって人工衛星などを制御出来たのか? スタンドアローン、外部からの接続が出来ない状態なら、外へと接続する事も不可能なのに。

 この答えは、子機を中継するというもの。

 子機とは背中から生えている背ビレの事だ。何十枚と生やしているこれは、艦船をも撃沈する特攻機というだけではない。世界中のネットワークに接続し、情報を得るための端末でもあるらしい。

 無論この背ビレと本体がネットワークで繋がっては、子機に流し込まれたマルウェアが本体にも感染してしまう。しかしパンドラはここに一手間入れていた。

 背ビレと本体の接合部分にライトがあり、このライトの明滅で本体と交信しているようなのだ。つまり光による『会話』である。背ビレから送られるのは光の明滅パターンだけであり、パンドラは光を解読する事でネットワークの情報を文字として得る。例えるならスマホが自分自身の機能ではなく、検索を行ったパソコン画面の文字から情報を取得するようなもの。これなら子機がどれだけマルウェア漬けになっても、本体には一個も伝染出来ない。

 それでも人類は諦めず、例えば明滅パターンを操作して偽情報を伝えるなどの作戦に使えるのでは、これを契機にパンドラのプログラム文が分かるかもと、解析を行った。だがこれも頓挫した。

 光の発信パターンはモールス信号に似た、つまり二進法の、しかし全く別形態の翻訳が必要な言語だったのである。また、どうやら『高級言語』の形で発信されているらしいという事も分かった。

 高級言語とはプログラミングで使われるもので、対義語は低級言語だ。低級言語とは機械語に近いプログラミング言語を指し、主にコンピューターが理解する二進数で作られている。

 コンピューターは電気のオンオフで0と1を認識し、この羅列を命令として処理する。低級言語はこの0と1を記載して、コンピューターを動かす。コンピューターにとって変換が容易で、メモリ操作に使えるなどの利点があるが……0と1で指示を作るというのは、普通の人間には途方もなく難しい行いだ。それも一桁二桁ではなく、処理によっては何万桁もやらねばならない。これが出来るのは余程の天才か、徹底的に教育を受けた者だけ。これでは作業員の数を集められず、生産性が低い。

 そこで作られたのが高級言語である。これは人間にとって分かりやすい言葉(例えば英語)でプログラムを書き、翻訳して機械に渡すというもの。これならば少し文字が読み書き出来れば、誰にでもプログラムが作成可能となる。

 パンドラと子機の通信はこの高級言語で行われていた。これだけ聞くと人間に理解しやすい言葉に思えるが……問題はその言語の書き方。どうやら一般的なプログラムに使われている英語ではなく、シュメール語やエラム語など、現在では使複数の言語の混合で書かれているらしい。おまけに文法は滅茶苦茶、抽象的表現が多数、そもそも文章としての意味を為さない有り様である。

 おまけにこれは高級言語。即ち、この文章を。この変換表はパンドラの中にしかなく、何よりパンドラのルールで作られている。普通のプログラムでは条件分岐を意味する『IF文』のような言葉も、パンドラがそう処理しているとは限らない。このため文章は読み解けても、どんな意味に直されるか全く分からなかった。マルウェアと言っても、要するにプログラム。動かすためには、そのプログラムが機能するようプログラミングしなければならない。理解不能な高級言語では、そもそもマルウェアを作れない。

 最も有力視された作戦ですら実行前にこの体たらく。他の作戦がろくな成果を出せる訳もなく……今に至る。


「(勝てないなら勝てないで、相応の暮らしをすれば良いと思うのだけど)」


 正直千尋は、諦めの境地に達していた。相手は知性でも『肉体』でも人間を超えた存在である。比喩でなくアリが人間に挑むようなもの。勝ち目がないのは当然だ。十年前の戦いは、その現実を突き付けられた形である。

 勝てない勝負で犠牲を出し続けるなど、最早滑稽ですらある。アリが人間に対しそんな戦いを挑んだら、恐らく大半の人間がアリの愚かさを笑う。しかし人間はパンドラに対し、この戦いを挑んでいる。人間の尊厳だとか、失われた命に報いるためだとか、

 勿論、パンドラは核戦争という人類滅亡の危機を引き起こした存在であり、言い換えれば人類滅亡の一歩手前(或いは現在進行系)まで追い詰めた悪魔的存在である。核戦争に匹敵する危機を、より巧妙な方法で引き起こす可能性もある。人類の存続のため、パンドラの存在自体許す訳にはいかない……こういった主張は至極尤もだ。そして人間はアリと違い、親族や友人を想う心がある。数多の人命を奪った凶悪なロボットを、どうして野放しに出来るというのか。


「いやはや、歯痒いねぇ。僕も力を貸したいし、深山くんの仕事がどんなものかも知りたいのだけど」


 ましてや『当事者』の一人である秀明は、誰よりもその想いが強い。

 けれども彼はそれを禁じられ、何も出来ない状態だった。


「……やっぱり、おかしいよ。東郷くんだけ、作戦への参加が禁止されているって。あれは東郷くんの所為じゃないって、みんな分かってるのに」


「いいや、あの判断自体は当然のものさ。実験を許可したのは僕。なら、責任を取って立場から退くのが役目だよ。お陰でなんとか会社も残せたし、遺族の方々への挨拶も出来た。ただ、個人的にはそれでは物足りないという話さ」


 あと何か仕事をしないとヒモになってしまうからねぇ、と笑いながら秀明は語る。少しふざけたような物言いは、先の言葉が本気ではないと弁明するためか。

 本気でないなんて、千尋は信じないが。

 秀明は今、パンドラ関連のあらゆる出来事に関与する事が禁じられている。法というよりブラックリスト的なものだが、コメンテーターすら許されていない。

 それは彼が東郷重工業、パンドラ誕生の切っ掛けとなった実験の許可を出したからだ。

 実験計画自体にはなんの瑕疵もない。正規の手続きに則り出された書類に、正規の方法で確認が行われ、了承された。事故が起きたのは部品不足を考慮せずに設計図を書き、それを隠して実験を強行した……千尋と工場側に原因がある。それだって、アメリカがパンドラを作らねば、或いはせめて世間に公表していれば、精々犠牲者数人程度の事故で済んだかも知れない。秀明は何も悪い事をしていない。

 しかし社会はそれを許さなかった。何より秀明自身が良しとしなかった。

 パンドラを生み出した責任は自分にある。そういって秀明は代表取締役を辞任、政府との取り決めにより対策委員会などにも加わらない事を約束した。対策に関わらないのは、当事者だと情報隠蔽の恐れがあり、可能な限り第三者に任せるためという『真っ当』な判断が理由である。

 結果として、今でも秀明はパンドラ対策に関われない立場にある。取締役の辞任で社会的責任は十分果たした筈だが、責任感と真面目さが取り柄の秀明はこれで納得出来ず。

 加えて被害者への賠償で私財も投げ売りした。妻は十二年前に他界し、子供達も裕福な立場にあるため、財産を残す必要がなく本当に粗方手放してしまう(流石にやる前に親族で話し合ったようだが)。そして今ではこうして千尋の『家』で同居している。本来自衛隊の作戦基地で行動するのは約束を鑑みると黒寄りのグレーなのだが、「保護者がいないと生活が儘ならない! あと知らない人怖い!」と千尋が恥も外聞もなく求めた事でどうにか許可された。もし千尋と同居していなければ一体どんな生活をしていたか、分かったものではない。

 千尋としてはあらゆる意味でもう十分だと思うのに、秀明も国も国民も、その責任を求め続けている。無実の人を永遠に責める事が、果たして正しい行いなのか。


「(あと、また東郷くんと一緒に仕事したいし)」


 十年前より大分しっかりしたとはいえ、未だ千尋は人見知り気質である。機材運搬など、人手が欲しい時には自衛隊員が一人か二人一緒に来るが、初対面の顔を見るとどうしても緊張してしまう。

 秀明相手であれば、そんな緊張とも無縁でいられる。加えて彼はもう七十超えの身であるが、普段の筋トレのお陰でかなり屈強だ。同年代と比べれば遥かに逞しく、千尋と同程度以上の運動能力があるだろう。瓦礫の山だって難なく歩いてみせる筈だ。

 一緒にパンドラ監視の仕事をしたい。これが千尋の正直な気持ちだ。

 ……言うまでもなくパンドラの監視は極めて危険であり、最悪死ぬ可能性がある。それは千尋も重々承知している事だ。仕事に同行した秀明がパンドラに殺されたら、千尋はそれこそ死ぬまで後悔する自信がある。

 が、秀明がパンドラに襲われて死んだなら、傍にいるであろう千尋も十中八九一緒に死ぬ。後悔する暇などないだろう。だから一緒に仕事をする事に、

 加えて千尋は、今のパンドラはそこまで危険ではないと考えていた。人間を見ても闇雲に殺さない事は、長年近くで観察してきた自分こそが証拠だ。

 それと、正直パンドラ退治にそこまで乗り気でない千尋は、真面目に『仕事』をする意欲が薄い。今でもこの仕事をしているのはパンドラという超越的存在、人智を超えた機械に対する純粋な好奇心だ。なので自分の行動を縛る規約に対し、ちょっと違反しても別に良いかなぁ〜と思ってしまう。

 何より秀明自身がパンドラ退治の作戦に参加したがっている。彼の友達である千尋としては、その気持ちは汲みたい。諦めるとしても、一度ぐらいその姿を直に見なければ気持ちの整理も出来ないだろう。


「(どうしたら良いのかなぁ。今の東郷くんは名目上私のお手伝いさんとして雇ってるから……)」


 あれこれと考えてみるが、一緒に行動するための『方便』は思い浮かばず。


「まぁ、出来ない事をあれこれ言っても仕方ないな。あ、そうそう。明日町まで買い物に行くけど、欲しいものはあるかい?」


 そうこうしていると、秀明から品物について尋ねられる。はて何かあっただろうかと、今の考えを保留しながら千尋は思い返す。

 そんな思考をしていたからか。ふと、二つの考えが千尋の頭の中で混ざる。買い物と、パンドラ調査の二つが――――


「あ、そうだ! 買い物に行けば良いんだ!」


「? 買い物?」


 突然の千尋の大声に、秀明は首を傾げる。千尋の閃いた案がどんなものか、彼には想像も付いていないのだろう。

 なので千尋はちょっと自慢気に話す。

 真面目で実直な秀明であれば、少なからず顔を顰めてしまうような『方便』を……

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