歪な痕跡

「……………な、に、これ……」


 テレビを見ていた千尋は、ぽつりと呟く。

 事故原因の究明を行っていた会議室にあるテレビで、千尋は自衛隊と巨大ロボットの戦いを見ていた。一緒に会議をしていた部長や師匠、技術主任も此処にはいたが、誰一人としてまともな声を発していない。目を見開き、口を喘がせ、否定するように首を横に振るだけ。

 認められる訳がなかった。いくら生放送と言っても、それを認めてしまえば、もうなんでもありになってしまう。技術者として、ロボットの専門家として、『なんでもあり』は思考の放棄も同然だ。

 だがしかし、現実の否定もまた専門家としてやってはならぬ事。どれだけ非常識でも、どれだけ理論的に破綻していても、起きた出来事は正しく受け入れ、そこから事実を導き出すのが専門家の役割の一つではないか。

 時間は掛かった。それでもどうにか、なんとか千尋は自分が目にした光景を言葉として理解する。

 と。


「……さぁて、これは一体どう考えれば良いのか」


「訳わかんねぇ……」


「長く生きてきたが、まさか孫が見ていた映画のようなものが現実になるとはのう。長生きはするもんじゃわい。ひひ」


 師匠と技術主任は呆けながらもテレビで見た光景を受け入れ、部長は少し興奮した様子を見せる。部長の態度はやや不謹慎にも思えるが、しかし千尋も心の奥底ではその気持ちが分からなくもない。

 あのロボット怪獣に何故あんな事が出来たのか、専門家である自分達にも分からない。

 つまり、あのロボットには未知のテクノロジーがふんだんに盛り込まれている可能性がある。暴走したロボットに何故そんなものがあるのか? 全く以て謎であるが、こんな疑問は今や些末事だ。現に、そこに動いているものがあるのだから。好奇心が刺激されるのも仕方ない。

 勿論問題解決のために、仕組みを考察しなければならないという現実的な問題もある。やらねばならない事に差がないのだから、動機など小さな問題だ。会議の様子を一般に公開する訳でもないなら尚更である。


「ひとまず、一つ一つ解析していきましょうか。例えば、あのロボットの中身とか」


 最初のテーマを技術主任が提案。自分達が見たものの中でも最初に沸いた疑問でもあるそれから取り組む事に、千尋と他二人から反論はない。


「(確かに、あの中身はなんだったのかな……)」


 千尋は巨大ロボットの『大元』と推測される、実験中の災害救助ロボットの内部構造に詳しい。何しろその中身を設計した当事者なのだから。此処にいる三人の先輩技術者達も、先程設計図を見せた事で大体の中身は想像出来ているだろう。

 四人全員が思っているのだ。爆撃を受け、露出した中身にあんな四角い箱や配管、そして銀色のどろどろしたものなんて本来はなかったと。あくまでも頭の中で組み立てたイメージではあるが、長年技術者をしていれば図面一つで正確な内部構造をイメージするのは容易い。『職人』というのはそういうものだ。

 ならばあれは、未知の機構なのか?


「あの、四角い、やつ、ですけど……大きさ、というか幅が、五十センチぐらいだったと、思う、の、ですけ、ど……な、なんか、そういう部品って、ありました、か……?」


「あー……確かにそんぐらいか。厚みはもっと全然ない感じだったが」


「そうさねぇ、恐らく五センチぐらいかの」


「あんな映像でよく計算出来ますね、部長……でも幅四十センチで、厚さ五センチ程度の薄型のものって何か――――あっ」


 四人で考えていたところ、技術主任がハッとした顔になる。

 そしてその顔を、みるみるうちに青ざめたものへと変えた。

 何かに気付いた。それと同時に、悪い『想像』が働いているのだろう。即ち、彼の考えは現状を理解するヒントとなるかも知れない。


「ど、どうしたの、ですか? 何か、気付いた事が、あれば……」


「ノートパソコン」


「え? ぱそ……?」


「パソコンだよ! ノートパソコン! アイツの中にあるのはノートパソコンだ!」


 叫ぶように、訴えるように、技術主任は答える。

 いきなりノートパソコンノートパソコンと叫ばれ、混乱から千尋は身を縮こまらせながら後退り。師匠と部長も鬼気迫る様子の技術主任に僅かながら気圧されたのか、顔を顰めていた。

 しかし彼の言うノートパソコンという言葉、そしてその『意味』に気付けば、誰もが技術主任と同じような反応になるのだが。


「え、ま、まさか、ノートパソコンを……!?」


「そうだ! 恐らく、いや、きっと!」


 興奮を抑えきれないまま、技術主任は自身が考え付いた『シナリオ』について語り出す。

 配管の誤りによって起きた発電機の爆発事故。それにより発電機だけでなく管理コンピューターと制御コンピューターが壊れた。

 制御コンピューターの故障は軽度。それ故にナノマシンが暴走する形で動いてしまう。とはいえ本来なら管理コンピューターが破損した事でエネルギー供給が止まり、いずれ電池切れとなってナノマシンは停止する筈だった。

 ところが人間にとって不運な事に、或いはナノマシンにとっては幸運な事に、事故現場の近くにはパソコンがあった。

 作業員が持ち運んだものを置き忘れたのか、それとも管理が杜撰だったのか。なんにせよナノマシンの近くにノートパソコンが放置されていた。『材料』を求めていたナノマシンの大群はノートパソコン ― と認識していた訳ではなく手当たり次第だろうが ― を飲み込むようにして取り込んだと思われる。

 パソコンにはナノマシンが必要とするものが二つ揃っていた。

 一つは電気。ノートパソコンであればバッテリーが搭載されているもので、ナノマシンの活動時間を延ばすのに役立つ。ナノマシン自体はとても小さく、省電力なためパソコンの充電程度でも稼働上の問題はない。

 そしてもう一つはCPU……コンピューターに様々な働きをさせるための回路が組み込まれている。ナノマシンであろうとも現代のコンピューター技術から大きく逸脱はしておらず、CPUから渡された指示の通りに動く事が出来る。というよりパソコンでコマンドを書いて動かすというのは、一般的なナノマシン操作の方法だ。

 バッテリーにより寿命が延びたナノマシンは、ノートパソコンの充電で動き続ける。壊れた制御コンピューターの指示するまま、ナノマシンは異形の機体を形成。巨大化と共に新たなパソコンを取り込み、また電力を補充。更なる活動を行う。パソコンが尽きたら今度は工場内で製造している他製品のバッテリーを飲み込み、活動時間を更に伸ばしていく。

 そして並行して、CPUを増設。巨大な身体を動かすために必要な計算能力・解析能力を会得したのだ。

 やがて十分に機能を回復したところで、ナノマシンは管理コンピューターを修復する。ただし正常な直し方ではない。何しろ人型ロボットを怪獣型ロボットにしてしまうぐらい、制御コンピューターは壊れているのだ。どうして管理コンピューターを正しく直せるというのか。

 管理コンピューターが誤った形で修復される。機能不全の管理コンピューターは、全身の異常を検出出来ず「正常だ」と判断。稼働指示を出し、発電機は問題なく動き出す。こうなったらもう止められない。自前で電気が作れるならパソコンなどに拘らず、ナノマシンは周りにある金属も全て『餌』として活用可能だ。

 唯一懸念があるとすれば燃料であるガソリンが何時か底を付く事だが……これも大した問題ではない。ガソリンの原料は石油であり、石油は古代の微生物が長い年月を掛けて変化したもの。つまり有機物であり、そして。倫理観を持たなければ、人間だって貴重な原料となる。

 かくしてたった五メートルしかないロボットは、強大無比な五十メートル級の体躯を獲得したのだ。

 ――――というのが、技術主任の語った『予想』である。確かに、それなら電源の確保や今も動いている状況の説明は付く。

 説明は付くが……『現実的』かどうかは別問題だ。


「……流石に、それは、ちょっと……」


「ご都合主義が過ぎねぇか?」


 千尋が言い淀んでしまう言葉を、師匠は遠慮なくぶつける。

 そう、ご都合主義過ぎる。

 勿論どれだけご都合主義だとしても、それは『起こらない』証拠とはならない。この世のあらゆる出来事に明確な原因や意思を求めると、一般的には陰謀論と呼ばれる荒唐無稽な説になってしまう。技術主任の述べた推論は、実際説明は付くものであり、そして確率的には起こらなくもない話だ。「ご都合主義過ぎる」なんてものは感想でしかない。

 しかしあまりにも奇跡的(人間にとっては悲劇的)な確率だ。都合よく管理コンピューターを間違った形で直す? 追加したCPUのお陰で人間離れした姿でも動ける? どちらも都合が良過ぎる。

 もう少し、合理的な説明が可能なのではないか? 感情論ではあるが、そう思ってしまうのだ。


「ふむ。とはいえ他に説明出来ない以上、仮説としては採用した方がええかの。否定するのは、他の可能性や説明出来ない事象が出てからでいいじゃろう」


 落としどころは、部長が言うように仮説として認める事か。ここで『感情論』をぶつけあっても時間の無駄でしかない。師匠共々、千尋も口を閉ざす。

 それに、他にも考えたい謎はある。


「わしとしては、他にも気になる部分があるのう」


「あ、えと……う、受けた傷が、段々小さくなって、いた、事でしょうか……?」


「うむ。自衛隊が意図的に攻撃を弱めた訳でないのなら、ロボット側が対策した事になるのう。しかし、あのロボットに自己学習機能は搭載しておるのかね?」


 部長からの問いに、千尋は首を横に振る。

 ロボットに自己学習、つまり過去の経験を活かすような機能があれば、攻撃のダメージが段々小さくなる事は説明出来る。「爆弾の衝撃に耐えられる」ようにと考えた結果、再生前よりも装甲を厚くしたり、或いはより強度の高い構造にしたりすれば良いのだから。

 しかし第三工場で実験していたのは、あくまでも「単身で自己修復出来るロボット」だ。受けた傷を直す機能しか搭載していない。自己学習どころかろくな思考AIを搭載していないのが実情である。これでは学習など出来やしない。暴走したナノマシンによるランダムな生成が、偶々より強度の高い装甲を作り出したという可能性もあるが……それならロボットが安定した形を保っている事が説明出来ない。ナノマシンに、今の形を維持しようとする意思などなく、制御コンピューターがコントロール出来ているならランダム生成を許す筈がないのだ。

 他にも違和感はある。

 それは戦闘機に対する反撃、更に人間への攻撃だ。爆撃されたのだから反撃するのは当然、というのはあまりに人間的な考えである。コンピューター、厳密に言えばプログラムはそんな事は考えない。プログラムは組んだ通りにしか動かず、『反撃』をプログラムしていなければ自身が傷付けられても何もしない。AI搭載の車を蹴ったところで、人間を轢き殺そうとしないのと同じ事である。ましてや遠く離れた人間を、ミサイルで狙撃するなどする訳がない。

 そもそも第三工場の実験用ロボットにはまともな人工知能を乗せていない。自己修復機能を確認するためのものなのだから、そんな『無駄』なものを搭載する必要などないのだから。

 しかし反撃が行われたのは事実。何か、あのロボットが『思考AI』を得るような機能があっただろうか。千尋が覚えている限り、そんなものはない。だとしたら思考を獲得するには、もう外から入れるしか……


「……あっ」


「なんだ? 何を思い付いた?」


 ふと抱いた閃きが、声として出てくる。気付いた師匠に問われ、僅かに戸惑いながらも千尋は考えを明かす。


「……その、ネットワークから、何かされた、かも」


 昨今のロボットには、どれもネットワーク接続機能がある。

 理由はアップデートを行うため。ロボットを動かすプログラムに何かしらのバグがあった場合、迅速な修正が必要である。人命を脅かす危険なバグなら尚更だ。しかしその時わざわざ機体を回収するのは、ハッキリ言って莫大なコストが掛かり経営上好ましくない。利用者としても、今まで普通に使っていたロボットを「危険だから回収します」と言って『没収』されては困ってしまうだろう。

 ネットワークに接続していれば、バグが見付かれば遠隔で挙動を修正出来る。これなら企業は機体回収のリスクを抑え、利用者はロボットを失う危険を冒さなくて良い。双方にメリットのあるやり方だ。実験機にネットワーク接続機能は搭載されていないが、しかし万一制御不能に陥った際確実に止められるよう、有線のケーブルで工場内ネットワークと繋がっている。このため工場内のパソコンからであれば、遠隔で操作(といっても稼働のオンオフぐらいだが)が可能だ。

 しかし便利なものには相応のリスクがあるもの。

 ネットワークに接続すれば、外部の悪意ある人間……所謂ハッカーやクラッカーと呼ばれる者達に攻撃される可能性が生じる。個人情報の流出などの問題は、ネットワークで外部に繋がっているから起きる事故だ。ネットワークと完全に繋がっていない、スタンドアローンと呼ばれる状態であれば ― 勿論直接PCを操作されたなら話は別だが ― 外部から攻撃を受ける事はない。

 外部の何者かが第三工場のパソコンに侵入、第三工場のパソコンから実験機へと侵入。そしてこの時なんらかのAIを実験機に埋め込んだのではないか。「どうして?」という根本的な疑問はあるが、動機はこの際どうでも良い。可能性がある以上、検証する必要がある。

 侵入の形跡があるかどうか、調べればすぐに分かる事だ。


「あ、あの、アンドロイドさん。中継サーバーの、アクセス記録、を、出して、もらえますか? 今から、えっと、四時間前から、三十分間の、ものです」


「承知しました」


 アンドロイド秘書に頼み、四時間前から三十分……事故発生の前後十五分間にあった中継サーバーへのアクセス記録を探る。

 東郷重工業の機械がネットワークにアクセスする時は、必ずこの中継サーバーを経由するのが企業ルールだ。中継サーバーは接続が安全かつ正規のものであるか判断し、危険または不正であれば遮断する。これにより安全なネットワーク接続を担保し、セキュリティ事故を阻止する。また万一情報流出やウイルス感染が発覚した時には、犯行ルートの割り出しや感染したPCの隔離などを行う。

 もしも外部の人間が社内PCへのアクセスを行ったなら、ここに履歴が残る筈だ。勿論侵入を許したからには安全な接続と判断された事になるが、どんなプログラムやファイルを流したのか、判別出来る。仮にマルウェアなどが入っていれば、そこから解決の糸口が掴めるかも知れない。

 千尋はそう考えていた。だからアンドロイド秘書から印刷された履歴一覧に文字がびっしりと書かれていたのを見て、これは手応えありと考えた。

 内容を見た瞬間、ぞわりとした悪寒を感じる事となったが。


「……な、何、これ……」


「どうした?」


 履歴を眺めていた千尋が後退りすると、部長や師匠達も紙を眺め……誰もが顔を顰めた。

 履歴はあった。たくさんのアクセスが記録されている。

 そう、もの数で。同じアクセス経路を用いたものが。

 一秒で数百回もネットワークに接続するなんて、人間に出来る事ではない。マルウェアなどを流し込むにしても、接続を切ったり繋いだりする必要はない筈だ。それに何回も接続すれば中継サーバーに怪しい接続と判断される可能性が上がる。ハッカーにとってそれは好ましくない状況であり、避けるべき事態だというのに。

 何より不気味なのは。


「(なんで、これ、工場側からアクセスしているの……!?)」


 アクセス経路が外部から内部ではなく、内部から外部に向けて行われている点だ。

 何か情報を抜き出しているのか? そうも考えたが、アクセス先は普通のホームページなどのサイトであり、データベースへのアクセスや情報の送信は行われていない。本当に、ただ無暗なアクセスがあるだけ。

 一体、これはなんなのか。意味不明過ぎて、不気味さを感じてしまう。


「これは……事故後数分間で猛烈なアクセスがあるな。しかし、なんだこれは? 何故工場から外部にアクセスしている?」


「なんらかのプログラムが、バグで行っているのでしょうか?」


「どうかのぅ。その割には接続先がどれも異なる。同じサイトにはアクセスしていないようじゃな。それでいて存在しないサイトにアクセスしている訳でもない。ランダムではなく、明確な意思で検索しているように見える」


「一体なんのために?」


 履歴を眺めながら、部長達は議論を重ねる。真剣に交わされる彼等の言葉は、どれも一考の余地があるもの。

 自分も怖がっている場合ではない。勇気を振り絞り、千尋は履歴を過去へと遡る。事故発生時刻を機に不気味なアクセスは消え、普通のネットワーク接続履歴だけが並ぶ。

 ただ一件、さも自然な履歴のように記されたものがあった。


「(! 外部アクセスの記録……!)」


 外部からアクセスされた痕跡だ。

 しかもかなり大きなファイルをダウンロードしている。ダウンロード先も第三工場と、極めて怪しい。どうしてこのアクセスが許可されたのか、という疑問はあるが、恐らくこれが不正アクセスなのは間違いないだろう。

 このファイルがマルウェアで、事故を起こしたロボットに入り込み悪質な人工知能が宿ったのか。

 ……そうだ、と言いたいところだが、疑問は残る。ファイルのダウンロードは事故発生時刻の僅か数秒の間に行われている。この段階では、マスコミは勿論秀明や千尋達東郷重工業の社員だって事故が起きたと知らない。を起こしたロボットに、どうして侵入出来るのか。

 考えられる可能性は二つ。

 一つは犯人が、この巨大ロボット事変を計画していたというもの。つまり全てが仕組まれていた事態。配管の調達に関する連絡がなかったのも、壮大な陰謀が巡らされていたのではないか。

 そしてもう一つの可能性は――――


「深山くん、いるかい?」


 考え込んでいた時、不意に声を掛けられる。

 なんだ、と思い振り返れば、そこには秀明の姿があった。重役達や国との会議は終わったのか、すっかりやつれている。

 何時も力強い彼が見せた事のない姿に、千尋は少なからず驚く。しかしそれ以上に、そんな状態でわざわざこの会議室まで来た理由が気になる。


「と、東郷くん……ど、どう、したの……?」


 恐る恐る尋ねてみれば、秀明は一旦呼吸を整える。何度も何度も息を吸っては吐いて、胸に手を当て気持ちを落ち着かせていた。

 やがて彼は、真剣で真摯な顔と言葉でこう告げてくる。


「米軍が日本政府と我が社に接触してきた。こう言っている……あのロボットの設計者を呼んでくれ。そうすれば『奴』について教える、と」


 此度の事態が千尋の想像を大きく凌駕し、何より手に負えないかも知れない問題であると。

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