制御不能
自衛隊による攻撃は、直ちに閣議決定された。
巨大ロボット怪獣の出現はマスコミ報道やSNSの拡散により、国民の大部分が知るところになっていた事。射出された爆弾的な攻撃により、入念な調査をせずとも国民の生命と財産に多大な被害が出ていると確信出来る事。体長(ロボットに生物で使う単位を用いるのも難だが)五十メートル以上と、警察組織が持つ装備や重機で対応可能な大きさでない事……それと現政権で不祥事が続出して支持率がかなり危険な水準になっている事……様々な理由が、事故発生から数時間での自衛隊派遣という早急な対応を後押しした。
無論、秀明達東郷重工業の経営陣が政府に対し積極的に情報を出したのも、判断が早く行われた一因である。それが評価される事は、恐らくないだろうが。
【ギ、ギキキィィ】
巨大ロボット怪獣は今も住宅地、だった焦土を歩いていた。出現してから今に至るまで、形態に大きな変化は見られない。今も変わらず二本の足で歩き、身体よりも長大な尾でバランスを取りながら、恐竜にしては小さな爬虫類的頭部で辺りを見回す。二本の長い腕も、背ビレのようなシリンダーも健在だ。
怪獣映画のワンシーンのように燃え尽きた家々を踏み潰す巨大ロボット。その歩みは、唐突にぴたりと止まる。
そして爬虫類染みた頭で空を見上げた。
空を飛んでいたのは、三機の戦闘機。細長く攻撃的な機体に、ペンギンの翼のようなオール状の主翼を左右に広げていた。機体の下部に巨大な『爆弾』を四つ装備しており、白い靄が見えるほどの速さで大空を駆けている。
航空自衛隊に詳しい者が見れば、その戦闘機が雷電という機体であると分かるだろう。二〇三七年に実用化された国産戦闘機で、主に地上戦力の支援……つまり空爆などの任務を得意とする。機体下部に装備されているのは強力な爆弾であり、直撃させれば戦車も一発で粉砕出来るという代物だ。勿論人間が至近距離で受ければ跡形も残らず、コンクリートで出来た柔らかな建物も簡単に破壊する。
巨大ロボットとはいえ、元を辿れば恐らく災害救助用の実験機。その装甲はミサイルも爆弾も受け止めて戦う戦車ほど分厚くないだろう。人間達はそう考え、この主力戦闘機を送り出したのだ。自国の市街地を爆撃する格好となるが、ロボットによって先に爆破された跡地となれば誰も文句は言うまい。
人間からすれば恐怖を覚える存在の接近。しかし巨大ロボットはそんな事など知らないようで、戦闘機をぼんやりと眺めるだけ。トンボを見つめる子供の如く無邪気なロボットに戦闘機達は近付き、やがて爆弾を切り離す。慣性の法則に従い、爆弾は飛行機と同じ速さで滑空しながら落ちていく。高度一千メートルの位置から落としたものを目標に当てるなど至難の業に思えるが、戦闘機内には高度なコンピューターが内蔵されており、正確な着弾位置を導き出す。時速七十キロで駆け回る戦車なら兎も角、棒立ちしている五十メートル級の存在を外す事などあり得ない。
三機の戦闘機から落とされた三つの爆弾は、寸分の狂いもなく巨大ロボットに命中した。
【ギガガキギィイイイ!】
果たしてそれは機体が軋む音なのか。空爆を受けるや、巨大ロボットは悲鳴染みた叫びを上げる。
舞い上がる爆炎と共に、金属の破片も飛び散った。装甲が爆風に耐えられず破損したらしい。頭も半分ほど欠けており、腕は一本千切れた。巨大ロボットは倒れこそしなかったが、爆炎が晴れた後には『中身』が露出していた。
――――此処にいる自衛隊は、戦闘機のパイロットだけではない。遠く離れた地上から、双眼鏡や望遠カメラを用いて巨大ロボットを観察している者達もいる。
彼等のように眺める者達は、ロボットの中身を見る事が出来た。
剥がれた装甲の内側には何か、四角い『機械』のようなものが無数に集まっていた。機械は厚みがなく、幅は(ロボットの全長からの目測のため精度は極めて低いが)一メートルの半分にも満たないぐらいか。更に黒い配線が無秩序に、まるで人間の血管のように張り巡らされている。そして四角い機械と配線の隙間を、銀色のどろどろしたものが埋め尽くしていた。
どろどろしたものは蠢きながら、破損した傷跡へと集結。すると段々と確固たる形になり……やがて一枚の、大きな装甲へと変化する。それは一ヶ所だけでなく傷が出来た全ての部分で起きていて、爆炎が晴れてからの数十秒ほどでほぼ全ての傷が直ってしまう。大きな腕だけは時間が足りないのか少ししか直っていないが、徐々に生えてきていた。いずれ完全な修復を遂げるだろう。
【ギ、ギギギギギギィイィィィィ……!】
だが傷がなくなっても、巨大ロボットの記憶から『痛み』は失われていなかったようだ。
唸るような音を鳴らしつつ、長大な尻尾を振るうような激しい勢いで巨大ロボットは振り返る。両腕を広げ、大きく口を開ける様は正に威嚇する大怪獣の姿だ。
とはいえ地上の人間ならば兎も角、空飛ぶ戦闘機は恐れない。
巨大ロボットに対空戦闘能力はないと判断しているからだ。これまで巨大ロボットは肩から爆弾を射出して市街地を焼き尽くしたが、あの爆弾は人間でも目視出来る速さでしかない。対して戦闘機は音速以上の速さで飛び、更にその高度は数千メートルを優に超える。最新鋭の兵器でも簡単には撃ち落とせないものが、巨大で未知とはいえ、地面に爆弾を転がすだけのロボットに落とせる筈がない。
これは合理的判断だ。故に戦闘機達は大きな弧を描いて旋回し、巨大ロボットに最接近。勇猛果敢に二度目の爆撃を行う。
【ギギャギィィィィィィィ!】
今度の爆撃も正確に命中。またしても装甲の破片が飛び散り、巨大ロボットからは悲鳴染みた雄叫びが上がる。
この戦いの光景は、自衛隊が引いた立ち入り禁止エリアから更に離れた地点、少し高い山の頂上で撮影しているマスメディアも見ている。勿論、彼等は野次馬ではなく『仕事』……映像を撮影するために此処に来ていた。撮影された映像は生放送で全国に放送されている。勇ましく果敢な自衛隊の攻撃、それを受けて砕け散るロボットの映像に、テレビやネットを閲覧している多くの国民が歓喜や安堵感を抱いていた。
だが、一部の者は違和感を覚える。
二度目の爆発で飛び散った破片の数が、一回目よりも明らかに少なくなっていると。
爆炎が晴れてみれば、確かに巨大ロボットは傷を負っていた。決して小さなものではない。しかし一回目と比べれば明らかに軽度の損傷だ。直りかけの腕も千切れておらず、傷が完全に消えるまでの時間も短い。
【ギャギャギギャギリィイイイイイイ!】
そして威嚇の咆哮は、一回目よりも激しく、強くなっている。
明らかに一度目の爆撃よりもダメージが少ない。命中の仕方が悪かったのか? その疑念を払拭するようにすぐさま戦闘機による三度目の爆撃が行われる。爆撃は遠目に見る分には正確に、巨大ロボットの身体に直撃しているのだが……飛び散る破片は殆どない。晴れた煙の中から現れるロボット怪獣の傷も、今までで一番少ない。
四度目の爆撃、つまり戦闘機に備え付けられた最後の爆弾が投下されるも――――最早破片は見えない。爆炎の中からゆったりと出てきた巨大ロボットの身体は、完全な無傷だった。一度目の爆撃で折れた腕も今では完全に直り、傍目には問題なく動いているように見える。
最早誰にも否定出来ない。自衛隊による空爆は失敗に終わったのだと。
【ギギリリィィ……】
唯一積み重なっているのは、巨大ロボットが抱いているであろう『怒り』ぐらいなものか。0と1で情報を処理するコンピューターに怒りなどある筈がないが、歯軋りのような音を鳴らす姿からは確かな怒りを人間達に感じさせる。
とはいえ戦闘機達は数千メートル上空を飛んでいる。爆弾を全て投下した今では身軽になり、機動力も大きく向上した状態だ。住宅地を焼き払った爆弾の威力は凄まじいが、速度が遅いため戦闘機に当てられるものではない。当たらなければただの球で終わりだ。
戦闘機達は次々とUターンしていく。帰還し、更に大きな爆弾を装備してくるために。
だが、ロボット怪獣はそれを許さない。
【……ギギギキキキ】
逃げる戦闘機達を見るや、ロボット怪獣が出したのは『笑い声』。次いで一回目の爆撃で千切れ、けれども今はすっかり直った片腕を戦闘機に差し向ける。
すると(人間で言うところの)上腕部分が、最初からそんな構造だったかのように三ヶ所開く。開いた場所の奥には鉛筆のように尖ったものが、一ヶ所に付き三本入っていた。
最初、その鉛筆モドキを見た人間達は呆けていた。一体あれがなんなのか、誰もが想像と推測を働かせる。あらゆる可能性を考えていき、そして思い至った者から順次顔を青くしていく。
あれはミサイルだ。
その可能性に気付いた者も、すぐには受け入れられなかった。全長五メートルのロボットすら特大と思われる現代で、全長五十メートルの巨大ロボットが暴れ回っている時点で常軌を逸しているのだ。腕からミサイルなんて子供向けアニメのような冗談を、どうしてすんなり認められるのか。
しかし巨大ロボットは、今更機械のような無機質さで行動を起こす。
鉛筆状の物体は高速で射出された。三ヶ所から三本ずつ飛び出し、白煙を噴きながら目にも止まらぬ速さで空を駆け抜けていく。向かう先にいるのは……三機の戦闘機。
戦闘機達も自分達に迫るものに気付いたらしく、急旋回を繰り返し、更にフレア ― 燃える火薬などをばら撒き、赤外線センサーに対する囮として機能する ― を展開して回避を試みる。だが飛んでいったミサイルは正確に戦闘機の後を追う。戦闘機の方が速ければ振り切れただろうが、ミサイルの方が数段速い。機動力も高く、パイロットの技量を小細工と嘲笑うかのように追尾する。
人間側の努力も空しく、ミサイルは全弾命中。一発一発の威力は小さいようで、当たったところが僅かに抉れた程度だが、しかし三発も当たれば機体に大きな穴が開く。翼がへし折れ、エンジンが大きな火を噴き、外れた部品が零れ出す。
三機の戦闘機はバラバラと崩れながら落ち、最後に爆発。パイロットは脱出したようだが、貴重な機体を三つも失われた。
【ギィィーギギャギャギャギャ!】
戦闘機を撃ち落として、巨大ロボットはまるで笑うように音を鳴らす。尻尾を左右にぶんぶんと無意味に揺れ動かし、鼓舞するように両腕を高々と掲げた。
その勝利宣言を、遠くから観察していた自衛隊やマスメディア関係者は呆然と眺めるばかり。
ミサイル。西暦二〇四〇年代にもなれば、どんな貧乏国家でも持っている武器だ。アニメにも映画にも漫画にも出てきて、ある程度巨大な敵に対して当然のように使われる代物。今時ミサイルを知らない人間なんて、生まれたばかりの無邪気な幼子ぐらいしかいない。
しかしそれを現実のロボットが使うなど、誰一人として想定していなかった。空爆であっさりと粉砕する予定が、逆に粉砕されるなんて想像すらしていない。自衛隊の現場は次の指示を求めて情報が錯綜し、マスコミは今後の対応を巡り右往左往する始末。人間達は混乱の渦中にあり、現場も、その現場の映像を見ている一般人の大半も、ろくに思考を働かせる事が出来ていない。
ただ『一体』、冷静に行動を起こす物がいた。
【ギャ、ギャギャギャギキィィ】
ロボット怪獣だ。
ぐるりと方向転換したロボット怪獣が見つめるは、住宅地の一画。遠く離れた山からその様子を撮影していたマスコミ達はロボットの『意図』を掴めずにいたが、やがて一人のカメラマンが発した言葉により事態を知る。
あそこには、ロボットを観察している自衛隊が集まっている。
ロボット怪獣はその場所を狙っていた。
【ギャキャキャアアアアキリリリィィ!】
錯覚だ、とマスコミ関係者の誰かが思う暇もなく巨大ロボットが吼える。続いて戦闘機に使ったのと同じ小さなミサイルが、ロボットの身体に開いた穴から顔を覗かせる。
そしてこの穴が開いた場所は、片腕だけではない。
全身のあちこちが開いたのだ。腕に何十と、胸部に何十と、足に何十と――――数えきれないほどの穴が開き、全てに三つのミサイルが詰まっている。そしてその全てが、自衛隊がいるであろう場所に弾頭を向けていた。
攻撃の意思は明白。
しかし自衛隊からの反撃はない。何故なら反撃を受ける前に、巨大ロボットの全身からミサイルが射出されたのだから。放たれたミサイルは満遍なく、等間隔に大地に命中。一発では戦闘機の翼を傷付けるのが精いっぱいの威力だが、何百もの数となれば広範囲を焼き尽くす。挙句一門辺り三つも放たれれば一千発以上の猛攻となり、数百平方メートルの範囲を爆炎で飲み込む事など造作もない。
撃ち出されたミサイルが自衛隊のいる一帯を焦土へと変えるのに、瞬きほどの時間も必要なかった。
轟音と炎と煙で包まれ、一帯は覆い隠されてしまう。だがそこに生存者が一人もいない事は、遠目に見ているマスコミ関係者であっても一目で理解出来る。
そしてロボット怪獣の『視線』は、地上から山へと向けられた。
マスコミ関係者達がロボットの視線に気付き、我先にと逃げ出す。大切な撮影機材を投げ捨てる者、マイクを握り締めて尻餅を搗く者、カメラが撮影している中で他者を突き飛ばす者……危機から逃れるため意識無意識問わず行動を起こすが、結果は何も変わらない。巨大ロボットの身体に開いたミサイル発射口には、既に次のミサイルが装填されているのだから。
撃ち出されたミサイルは戦闘機を超える超音速で、逃げようとする人間達に飛んでいく。距離が離れているため存在は目視出来るが、見えたと思った時にはもう目前まで来ているそれを躱す術などない。
ミサイルの爆風は人間達を飲み込み、その勢いで血肉を粉微塵に吹き飛ばす。この場所で巨大ロボットと自衛隊の戦いを中継していたマスコミ関係者は約五十人。対して撃ち込まれたミサイルの数は一千発以上。一人当たり二十発以上のミサイルに狙われているのだ。中には戦場カメラマンの経験があるのか樹木など遮蔽物に身を隠す者もいたが、物量で攻めてくるミサイルは全てを粉砕していく。
生き延びた者など、一人もいなかった。
【ギャリリリリリリリ! ギャリリリリリリリリィ!】
近くにいた人間を一人残らず灰に変えると、あたかも高笑いするかの如く巨大ロボットの身体から音が鳴り響く。
そうして一通り鳴いた後、巨大ロボットはゆっくりと住宅地を踏み潰しながら気ままに進み始めた。行く先に一体何があるのか、何処に向かうのか。人間達に知る由はない。
もう此処に、かの『怪獣』を監視している者は一人として生き残っていないのだから……
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