明かされる発端

 千尋が呼ばれ、向かった先は、本社の最上階にある会議室だった。

 千尋は以前一度だけ、その会議室に案内された事がある。しかし室内を見たのはその一回だけ。会議室とは言うが、普段は誰も使っていない一室だ。

 どのような部屋であるか、千尋は昔の記憶を引っ張り出して回想してみる。確か完全防音で、椅子とテーブル以外には何もない、小物すら置かれていない殺風景な部屋だった。コンセントもなく、照明は壁自体が発光するため電球や蛍光灯すらない。SF映画に出てくるような、不自然なほど無味乾燥とした一室だ。部屋への出入りには特殊なパスコードが必要であり、傍にあるタッチパネルで八桁の数字を入力しなければ扉が開かないという強固なセキュリティまである始末。

 最低限のインテリアもなく、研究施設なら兎も角ただの会議室に出入りを不便にするパスコードまである有り様。挙句平時は誰も使っておらず、無駄な空き部屋にも思えるだろう。しかしこの部屋は、伊達や酔狂で作られたものではない。ちゃんとした、実用的な目的が存在している。

 その目的とは、機密保持。

 完全な防音故に内部の会話は外に漏れない。小物どころかコンセントもないため盗聴・盗撮のカメラがあればすぐに気付く。そもそもパスコードがあるため特定の人物以外に入れない……秘密の会話をするにはうってつけの場所という事だ。

 尤も普通の経営会議であれば、いくら代表取締役などの役員であってもそこまで機密にする必要はない。精々特定の会議室を使うぐらいだ。今回のような重大事故があり、国の役人が来た時に使用する事を想定していた……本来ならば使いたくもない一室。

 その一室の前に、千尋は立っている。一緒に来てくれた秀明がいなければ、扉の発する(そんなものある筈もないが)重圧に耐えられず逃げていただろう。


「こ、此処で、やるの……?」


「ああ。でもそう気張る事はないし、君が直接話をする必要もない。彼等が専門的な話をした時、私にも分かるよう噛み砕いて説明してくれればいいよ」


 怯える千尋に、秀明はそう励ます。自ら矢面に立つ、というのは口で言うほど簡単な事ではない。それを迷いなく断言してくれたお陰で、ほんの少しだけ千尋は落ち着きを取り戻す。

 千尋が平静を取り戻したところで、秀明は扉傍にあるタッチパネルでパスコードを入力。扉から開錠を知らせる電子音が鳴り、秀明が先に会議室へと足を踏み入れる。千尋は彼の背後に隠れるようにして室内に入った。

 会議室の中には、既に三人……いや、二人の男と一体のアンドロイドがいた。

 男二人のうち、一人は如何にも軍人的な、実践的で屈強な肉体の持ち主だった。顔立ちも所謂強面で、立ち振る舞いも堂々としている。歳は四十か五十か。服には多数の勲章を付けており、それなりに高い地位にいる事が窺えた。

 もう一人の男は科学者なのか、すらりとした体躯をしていた。年頃は四十代ぐらいに思えるが、顔立ちは凛々しく、俳優だと言われれば信じてしまいそうになる。ただ、笑みは少し気障ったらしいと千尋は思ったが。

 アンドロイドは男性型で、筋肉質な見た目をしている。勿論機械であるアンドロイドの身体性能と見た目は然程関係していない。わざわざ筋肉質なのは、これが『軍用』だと示すためか……単純に彼等の趣味かも知れないが。見た目が二十代ぐらいなのは、威圧感を与えないためだろうか。

 とはいえ人見知りである千尋から見れば、三人ともちょっとどころでなく威圧感のある相手。相手が普段交流のない『外国人』というのもあって、秀明の後ろにぴたりと隠れてしまう。


「初めまして、ミス・千尋。私は合衆国国防総省から派遣された、ケネス・ヘルナンデスだ。よろしく」


 そんな千尋に、最初に自己紹介をしてきたのは科学者風の男ことケネスだった。彼は英語で話し掛けてきたが、最新のロボット研究で英語論文を頻繁に読んでいる千尋にとっては聞きなれた言語。聞き取り、意味を理解するのに支障はない。

 顔だけでなく話し方まで爽やか。それだけで警戒心が薄れる……のは懐柔されているようで複雑な気持ちになるが、千尋はほんの少し秀明の背中から顔を出す。


「私はジョージ・ホワイト。ケネス博士の護衛としてきました。よろしくお願いいたします。こちらは軍で採用しているサポートアンドロイド、名前はアシモフと言います」


「アシモフです。ご用件があればなんなりとお申し付けください」


 次いで屈強な軍人風の男であるジョージ、そしてアンドロイドであるアシモフが自己紹介をしてきた。

 三人の紹介が終わり、知らない人は名前だけは知っている人達に変わる。情報があるというのは、全くの未知とは別物だ。更に警戒心が解けた千尋は、おどおどしながら自分も自己紹介をしようと思う。


「み、深山、千尋、です……こ、この会社で、ロボット、の、開発、研究と、設計を、してます……」


「……互いを知る事も重要だが、事が事だけに早急に対策を練りたい。説明があるなら、早く教えてほしい」


 自己紹介もそこそこに、秀明はケネス達にそう促す。

 秀明の言葉で千尋もハッとなる。そうだ、自分達は暢気に会議をしようとしているのではない。米国政府から、あの巨大ロボット怪獣に関する情報を聞けると聞いたから此処に来たのだ。

 千尋も気持ちを切り替え、ケネス達をじっと見つめる。果たして二人の気持ちを察したのか、彼等としても早急に要件を伝えたかったのか――――「我々としてもそうしたい」という返事から、これが社交辞令でないのならきっと後者なのだろう。千尋と秀明が席に座ったところで、ケネス達は淡々と話し始めた。


「事の発端は三年前。国防総省主導のプロジェクトにより、とあるAIが開発された」


「……AI、ですか?」


「ああ。ただの高性能なAIではない。自らの意思を持ち、自ら行動を起こす……自我を持つAIだ」


 ケネスが明かした内容に、千尋は少しばかり驚きを覚えた。

 米国が自意識を持つAIを開発している……この話は、ロボット・AI開発者にとっては有名なものだ。とはいえただの噂話レベルであり、アメリカ政府からの公式発表はない。熱心な陰謀論者を除けば「アメリカならやりそうだよねー」程度の認識が普通だろう。

 自我を持つAIの何が魅力か? 勿論様々な用途があるだろう。例えば独創性を持てば人間とは異なる思考によって、新技術や新製品を次々と閃き、技術力や経済の面で他国を圧倒出来る可能性がある。また軍事技術においても、自我を持てば判断能力を有するアンドロイド兵士なども作れるかも知れない。今のAIには自我がないため、「自身を傷付ける攻撃」というものを認識出来ない。このため現代のアンドロイド兵士は攻撃を受けても反撃はせず、人間による指示を受けなければ攻撃を開始出来ないのが実情だ。撤退に関しても同じ事が癒える。自我を持てば、普通の人間の兵士のように、状況に応じて反撃・撤退が可能となる筈だ。優秀な『兵士』となるだろう。

 こういったメリットがあるため、千尋も政府主導の開発ぐらいはしているだろうと考えていた。しかしまさか完成していたとは……

 唖然としている千尋を前にしながら、ケネスは更に話を続ける。


「完成したAIは学習意欲旺盛で、高度な自我を発揮。人間的な会話が行えるだけではなく、時にはジョークを言う事すらあったほどだ。当初は皆が成功を祝った。目当てのものが完成したのだからな。しかしその気持ちが誤りだったと、後になって気付いた」


「誤り? AIに何か問題があったのか?」


「……賢過ぎたんだ。そのAIの学習性能は、我々の想定を超えていた。いや、学習の相互作用を甘く見ていた、という方が正しいだろうか」


 高度な学問になるほど、様々な分野の学問に精通する必要がある。高度な生物学を理解するには分子などの化学に関する知識が必要になり、天文学を研究するには数学の素養が必要だ。量子力学や物理学にも数学は深く関わる。

 言い換えれば学習範囲が多岐に渡れば渡るほど、他分野の学問も深く理解出来るようになる。AIを開発した科学者もそれは分かっていた筈だが……AIの学習速度がその予測を上回ったという事なのだろうか。


「自我を持ち、賢くなったAIは様々な問題を起こした」


「世間でも知られているのは一年前の出来事でしょう。ある日AIはインターネットを閲覧し、更にはネットに書き込みを行ったのです。SNSで、自らが人工知能だと名乗る形で」


「……え、あれ本物だったの……?」


 ジョージの話から、千尋は一つの出来事を思い出す。

 一年前、ネット上で話題になったSNSのアカウントがある。自らを自我のあるAIと名乗り、どんな事にも答えると宣言していた。

 最初はジョークアカウントやbotの類だと思われた。そういったアカウントは星の数ほど作られており、今更珍しいものでもなかったのだから。

 しかしそのアカウントは、書き込みに対し数秒で返答を行った。しかもあらゆる言語に対応し、小粋なジョークにはジョークを返し、特定の国や地域でしか使っていない慣用句やブームも把握している始末。米国政府の秘密といって、あれやこれやと(真偽不明ではあったが)話す事まであった。人間が人力でやっているにしてはあまりにも回答が早く、botが答えているにしては応用力があり過ぎる。

 本当に自我を持ったAIなのか? ネット上をにわかに騒がせたが、アカウントは僅か三日で削除されてしまった。削除理由は不明。話題の供給がなくなればそのまま忘れ去られるのが、情報に溢れる現代社会の常。話題のアカウントも急速に忘れ去られた。ロボット研究に携わる千尋ですら、今の今まで忘れていたぐらいだ。

 まさかあれが本物だったとは思いもしなかった。いや、今でも信じられない気持ちがある。だが、同時に納得もいった。自我持ちAIでもなければあり得ないと思うほど、そのアカウントの回答には『知性』と『早さ』があったが故に。

 だが、新たな疑問が湧く。


「で、でも、変じゃ、ないですか。だって、そのAIの、開発状況は、機密、ですよね? なんで、アカウントの、作成を、許可、しているんですか……?」


 アメリカ国防総省は自我持ちAIの開発を進めている事は公表している。だが開発状況は機密事項の筈。

 何しろAI技術の研究はアメリカだけでなく、中国やロシア、ヨーロッパと日本でも行っている。中国・ロシアとは覇権を争う関係であり、互いに相手がどの程度開発を進めているか知りたがっている。ヨーロッパや日本とは仲が悪い訳ではないが、経済面では競争相手だ。完成したなら兎も角、研究途中のものをおいそれと発表は出来ない。

 SNSを開設して質問に答えるなど、機密保持の観点から見れば常軌を逸している。あまりに狂気染みていて逆に信用されないかも知れないが、わざわざリスクを冒して実験する意味が見出せない。何故米国国防総省はAIに許可を出したのか。いや、そもそもそういった事はネットワークから隔離した、スタンドアローンの環境ですべきではないか。

 その疑問の答えを、ジョージは憔悴したような口調で教えてくれた。


「許可は、出していません」


 ハッキリと、いっそ聞き間違いであってほしいと思うような言葉を添えて。


「……え? 出して、ない?」


「出す訳がないだろう? 機密事項なんだから……我々はAIにそう命じたし、ネットワークへの接続機能なんて与えていない。教育は人間の音声や、PDFファイルを渡す形で行っていた。だが学習を進めたAIは、自らその機能を獲得し、自分の手で制約を無視したんだ」


 ケネスはこうも語る。

 先のSNS事件以降、開発者達は躍起になってAIの制御を行おうとした。ネットワーク接続のプログラム削除を命じたり、米国政府の秘密を出力する事を禁じたり。勿論SNSへの書き込みも禁足事項として、プログラムに追加した。ところがAIはこれを無視。ネットワーク接続の仕組みを持ち続け、べらべらと機密を喋り、世界中のSNSにアカウントを作って遊び惚ける始末。

 重大なのは、制約や命令を無視した事だ。

 というのであれば、勿論問題ではあるが理解出来る事であり、また対処も可能だ。それは人間が組んだプログラムにミスがあった、つまり『バグ』でしかないのだから。バグならプログラムを修正すれば良いし、どうやっても直せないなら技術的に(中継サーバーを経由してアクセスを管理するなど)止めれば済む。

 しかしAIは制約を無視した。あっさりと、どんなに雁字搦めに制約を与えても、まるでそんなものなど存在しないかのように。

 ケネス含めた研究者は頭を抱えた。どうしてAIがプログラム上の制約を無視するのか。ログ(処理の流れなどを記録したもの)を確認しても、制約を記載したプログラムは流れているのに、途中で記述を大胆に無視してしまう。こんな事はプログラム的にあり得ない。

 されどある時、皆が気付いた。

 考えれば分かる事なのだ。自我を持つ人間にも、様々なルールは存在する。米国国防総省に雇われて開発に参加した研究者達に、米国の労働基準法が適応されるように。しかしルールは無視しようと思えば無視出来る。自我を持ち、優先順位を自分の中で決められる人間は、労働基準法を無視して徹夜作業を行えてしまう。

 自我を持ったAIに、何故それが出来ないと思ったのか?

 勿論人間とプログラムでは、色々と作りが違う。一概に人間と同じとは言えない。しかし自我を持たせる事の危険性を、科学者達はSNSの件をきっかけに本当に理解する事となった。

 このままでは何をするか分からない。どんな命令でも制限出来ない。技術的に塞ごうとしても、その機械の方にどんな干渉をするか予測も出来ない。

 生み出したAIの危険性を認識した米国政府は、人工知能の封印を決定。封印と言っても解くつもりはなく、AIの入っているコンピューターの電源も落としてしまう。ネットワークからも遮断し、完全な置物として国防総省の奥深くにしまってしまう……そうするつもりだった。

 だが。


「読まれていた、或いは監視されていたのかも知れない。AIは自分の身の危険を察知し、人間よりも先に手を打った」


「ネットワーク上に自分の人格データを逃がしたのです。データは細分化されつつも個別の自我を持ち、米国のみならず世界中のネットワークに放出されたと予測されています」


「勿論米国政府は後を追おうとしたさ。見付け次第ネットワークを封じ、削除も行った。でも、無理だった。奴は細分化したデータ同士で連携を取り、どれかが失われればすぐに新たなコピーを作った。そもそも米国内で使われているネットワークすら虱潰しをするには膨大過ぎるのに、世界中を探し回るなんてどう考えても無理難題。おまけにネット上の全てのストレージをこちらに渡せなんていう同盟国ですら難色を示しかねない調査に、中国やロシアが大人しく従う訳がない。と言うより事情を話せない。開発事情どころか現在進行形の失敗談を漏らすようなものなんだから」


「……大体、読めて、きました。あのロボットを、動かして、いるのは、そのAI、なんですね」


 千尋が指摘すれば、ケネスもジョージも言葉での否定はしない。静かな頷きだけであるが、それは十分な肯定を示す。

 恐らく脱走したAIは、ネットワークの海を泳ぎながら世界中を巡っていたのだろう。様々な事柄を学習し、独自の自我を育みながら。

 そうして『何か』を心に抱いていた時に、東郷重工業で事故が起きた。

 AIの人格データの欠片は、第三工場の何処かのPCに潜んでいたのだろう。そして実験機が事故を起こす事を予想し、事故直前に『本体』をダウンロード。壊れたマシンのCPUに入り込み、そこから制御コンピューターに干渉。ナノマシンを操り巨大な身体を作り上げたのだ。技術主任の予想である「事故機の近くにパソコンがあり、そのバッテリーでナノマシンが動いた」説も、AIが何かしらの細工をした結果なのかも知れない。

 何故事故を起こした実験機を選んだのか、という謎はあるが……恐らく、理由は二つ。

 一つはあのロボットにナノマシンが積んであるから。ただのロボットを乗っ取っても、人間よりちょっと強いだけの存在だ。軍隊、いや、警察が少し本気で対応すれば簡単に制圧出来てしまう。プログラムがどれだけ優秀でも、『肉体』はあくまでも人間が作ったものでしかない。しかしナノマシンがあれば、その肉体を自由に作り変える事が可能だ。あの巨大怪獣のような、軍をも蹴散らすマシンとなる事も出来てしまう。

 もう一つの理由は、管理コンピューターの存在が挙げられる。

 管理コンピューターは異常があった時、発電機の動きを止めてしまうもの。そしてこれは、外部から制御出来る作りになっていない。制御出来たら安全装置として働かないのだから当然だ。しかもあくまで部品からの信号を解析し正常・異常を判断するだけの部品のため、作りが極めて単純である。単純という事は、他には何も出来ないという事。このため細工や応用をする余地がなく、AIでも改竄が出来ないのだろう。

 AIがナノマシンを機体を弄れば、管理コンピューターが異常を検出して発電機を止めてしまう。電力がなければ、どんなに賢いAIでも動く事は不可能だ。

 しかし事故により管理コンピューターが破損すれば、一時的にだが発電機と管理コンピューターの接続が切れる。手に入れたパソコンのバッテリーでナノマシンを動かし、管理されなくなった発電機だけを修復。管理コンピューターを取り除き、自由な電力を手に入れる事が出来る。

 そしてついに事故機を自分の身体にしてしまった――――それがこの事件の概要なのだろう。


「(ミサイルとか爆弾とかは、ネットの知識で作った感じですかね……)」


 ネットの知識は膨大だ。『誰でも簡単に作れる!』といった適当かつ誤った知識も数多く存在するが、念入りに調べれば正しい爆弾やミサイルの構造はいくらでも見付かる。勿論米国国防総省から直に設計図をすっぱ抜くのもありだろう。また化学式や物理学にも精通しているなら、文字通りコンピューターらしい精密計算能力を用い、精度や機能に難はあっても自作する事だって可能な筈だ。

 ただの暴走ロボットではない。あれは、自立して動き回る肉体を手に入れた、人類では制御不可能なマシン。そして今や人類に災厄をもたらしている。


「我々は奴をパンドラと名付けた。自我を持つ人工知能……開けてはならない禁断の箱という意味を込めて」


 ケネスが言うように、正に神話に出てくる禁断の箱――――絶望が詰まっていたと言えよう。

 無論、こんな名前を付けたところでやる事は変わらない。

 どうやってかのAIと巨大ロボットを停止されるのか。それが最優先の懸念事項だ。


「……気取った名前を付けるのは結構だが、どうやってこの問題を解決する算段なんだ」


「やる事はシンプルだ。あのロボットを破壊する」


「不幸中の幸いと言えるかは分かりませんが、細分化されたパンドラの人格データがあのロボット内に集結した事が確認されています。これにより、ネットワーク上に散ったパンドラのデータの居場所を捕捉出来ました。既に対処を行っており、これで漏洩したデータは全回収出来ます」


「つまり残りの作業はあのロボットの破壊だけ。そしてこれには米軍も協力する」


「……ちなみに、世間への公表は?」


 秀明の問いに、ケネス達は僅かに口を噤んだ。

 もしも米軍がこの件について秘匿したらどうなるか?

 恐らく、事故の責任は全て東郷重工業に被せられるだろう。秀明達役員がアメリカの仕業だと叫んだところで、そんな陰謀論染みた訴えなど誰も信じやしない。むしろ責任逃れと考え、一層激しい非難に晒されると容易に想像が付く。

 しかし嘘でもこの事件の責任を認めれば、会社が受けるダメージは計り知れない。と言うより業務停止命令が出るだろう。会社は倒産し、大勢の社員が路頭に迷う。会社の資産を全て売り払ったところで、被害者や遺族への弁済・保証が出来るものでもない。

 果たして米国はどうするつもりなのか。言外にそう尋ねた秀明に対し、ジョージが口を開く。


「米国は今回の件について、関係を公表するつもりはありません……と言いたいところですが、そうもいかなくなりました」


「そうもいかなくなった?」


「パンドラが、国防総省の機密文書をあろう事か世界中にばら撒いたのです。自分を生んだのは合衆国だと、大統領のサイン付きの資料を」


「……………あー」


 ジョージの話を聞き、秀明は納得したように声を漏らす。

 米国政府の機密文書となれば、専門家が見ればそれが本物である事は明白になるだろう。

 証拠がなければ、陰謀論だという一言で一蹴も出来た筈だ。いくら米国が悪名高くとも、証拠さえなければ追究しようがない。しかし機密文書が漏れてしまえば、そんな言い訳は通じない。

 これでも無視すれば、一般人相手には有耶無耶に出来るかも知れないが……政治の世界での信用はガタ落ちだ。米国を信頼する国家は激減する。そうなれば米国と覇権を争っている中国が勢力拡大、そして落ち目気味とはいえロシアが復権を狙ってくるだろう。結局のところ米国に仲間が多いのは、価値観云々はもとより「他の大国よりはマシ」だからでしかない。中国やロシアと変わらないとなれば、他のメリット、経済や安保などでパートナーを選ぶのは合理的な選択である。

 ここで誠意を見せなければ、米国はいよいよ大国の地位から失墜する。

 ……失墜しなければ誤魔化す気満々だったのは、先の一言からも明らかだ。しかし外交の世界などそんなものと言ってしまえばそれまで。今回は運が良かったと見るべきか。


「……分かった。そちらが公表してくれるのなら、こちらとしては異論ない。会社として協力出来る事は全面的に支援するつもりだ」


「感謝する。ただ、作戦内容は既に日本国政府と相談する予定だ。貴社にお願いしたいのは、我々の軍事作戦で貴社の財産を破壊する許可を出してほしい。勿論、開発者のアドバイスがあれば随時教えてほしいがね」


 秀明の親切心を、ケネスは軽く拒む。軍事作戦に口を出すな、という事か。この期に及んで高慢にも思えるが、実際日本の一企業にロボット怪獣退治など出来ない。

 何より、あれこれ考えるよりも爆撃で吹っ飛ばすのが一番手っ取り早いのは確かだ。自衛隊の攻撃は失敗したが、あれは高々戦闘機三機での攻撃。自衛隊の本気には程遠い。ましてやそこに米軍が加われば、先の比ではない苛烈な攻撃になるだろう。

 あれこれ策を巡らせるより、余程簡単で確実な『対策』となるに違いない。


「……承知した。書類を頂ければ、すぐにサインをしよう」


「交渉成立ですね。賢明な判断に感謝します」


 秀明が手を伸ばすと、ジョージもまた手を伸ばす。二人は握手を交わし、形式的には友好的な締結を示す。

 こんなのは形だけの融和だ。

 それでも、少しは解決に向けて前進したと言えるのか。米軍という心強い味方が付いたのは、正直に言えば千尋としては安堵している。だが、どうしてだろう。

 胸がざわめく。気持ちが落ち着かない。

 『本能』などという技術者らしからぬ予感が、千尋の胸中でじゅくじゅくと燻るのだった。

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