第20話 エピローグ

 宇宙港での戦いから、かなり時間が経過した。

 不思議なことに、俺は、まだ死んではいない。

 大気圏突入能力を有する連絡用シャトルの扉が開き、一歩外に出ると、水平線から顔を出した赤色矮星グリーゼ六六七Cの赤い光が、絹を裂いたような薄雲を暗いピンク色に染めていた。

 頬を撫でる風はひんやりして、ほんのり生臭く、気のせいか少しベタつく。

 その時の俺は、黒い詰襟の軍服でも、白銀の宇宙服でもなく、白い厚手のTシャツにブルージーンズ、白いスニーカーという、普段、なじみのない恰好をしていた。

 腰に俺の愛刀はなく、まったくの丸腰だ。

 さらに両手首には、柔らかい材質でできた手錠のような水色の拘束具まで付けられていた。

「地球標準時間で一八〇〇〇時間後に迎えに来る。それまでの間、捕虜の様子を地球標準時間で四十五時間おきに報告するように」

 背後で低く落ち着いたヒューマノイドの声がした。

 俺が話しかけられたわけではない。

 別の人間に対する指示だ。

 ちなみに、四十五時間といえば、この惑星の自転周期と同じだ。

 一日一回報告せよということらしい。

「一八〇〇〇時間って、ひどすぎるデス! 地球標準時間に換算したら約二年じゃないデスか!」

 俺の背後から若い女性の甲高い声が聞こえてきた。

 話し方は賢そうではなかったが、随分と計算能力は高そうだ。

 声の主はシャルロットだった。

「この惑星の『一日』は四十五時間なので、一八〇〇〇時間は、この惑星の『四〇〇日』に該当する」

「会話がおかしいデス! 私、そんなこと質問してないデス! 本国との通信遅延で頭おかしくなったデスか!」

「最高意思決定機関の決定には逆らえない。現地資材は有効に使ってかまわない。エネルギーは太陽光発電で十分に供給されるし、海水の浄化設備が完成しているので、真水にも困らないはずだ。おまけに、備蓄食料は成人男子の消費カロリーベースで一〇〇〇食分用意してある。不足分は現地調達するように」

「三人で二年分で一〇〇〇食なんて、ありえないデス! 現地調達って、一体どうするデスか!」

「食用植物の種子を提供する。説明は以上だ。速やかに上陸するように」

「いやデス!」

「賢人、行こう」

 俺の横に、シャトルの中から真田小夜が静かに現れた。

 俺と同じく白い厚手のTシャツにブルージーンズ、白いスニーカーといういで立ちだ。

 俺と同じように丸腰で、両手首には水色の拘束具を付けていた。

 しかし、なぜか、その表情は清々しい。

「ああ、行こうか」

 背後では、護送のヒューマノイドとシャルロットが、まだ何やらもめていた。

 俺と小夜は、シャトルから地上に伸びる十数段のタラップをゆっくりと降りた。

 そこは広大な滑走路だった。

 滑走路の横には、マヤ文明のピラミッドのような四角錐の上部を切り取った形の建築物が並んでいるのが見える。

 俺と小夜は、赤色矮星グリーゼ六六七Cの第二惑星エデンに降りたった大和皇国最初の人間になった。

「変な話、約束の地に降り立つという夢はこれで叶えちゃったな」

「予定とはだいぶ違う」

「そうだな」

 なぜか笑いがこみあげてきた。

 俺は、あの時、死を覚悟した。

 ヒューマノイドに感情というものがあったなら、俺たちは仲間の敵を討つために確実に殺されていただろう。

 しかし、そうはならなかった。

 俺と小夜は生きたまま捕らえられ、そして、惑星エデンの安全確認のためのモルモットとして活用されることになった。

 大気中の化学物質は分析装置を使えばすぐにわかる。

 しかし、地上に存在する細菌やウィルスについては、そうはいかない。

 惑星エデンは、もともと死の星ではなく、微生物や植物、節足動物といった先住生物が存在していた。

 そうした生物が人間の健康に悪影響を及ぼさないか調査するために動物実験は行っていたが、それだけでは不十分だった。

 細菌やウイルスは、宿主を選ぶ。

 マウスやラットにとっては無害だが、人間には有害なウィルスというのは、当然あり得る。

 人間への影響を確認するため、志願者や犯罪者の活用も考えたらしいが、志願者はおらず、ほとんどの人間が『個室』で惰眠と快楽をむさぼっている社会では、めぼしい犯罪者もいなかったらしい。

 そんな中、『侵略者』が現れ、捕虜にすることができたので、捕虜を被験者にする計画が進められたというわけだ。

 しかし、最初に確保した三人の捕虜はいなくなってしまった。

 俺たちのせいだ。

 そこで、新たに得た二人の捕虜と一人の裏切者を被験者とするよう、計画の変更がなされたわけだ。

「いい風だな」

「うん」

 そう言うと、小夜は俺の左腕にぴたりと寄り添った。

 柔らかい感触が、俺の心をやさしく包み込んだ。

「誰か、助けに来てくれると思う?」

「私、誰も助けに来てくれなくてもいいと思う」

 小夜は、そのおかっぱ頭を俺の肩口に預けた。

 風で揺れた黒く艶やかな髪が、俺の頬をやさしくなでた。

「そうだな」

 妙な形ではあったが、俺と小夜はその時、確かに『幸せ』を噛みしめていた。

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銀河宇宙のサムライ・ソルジャー 川越トーマ @kawagoetoma

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