第14話 お嬢様、さぁ、行きましょう。
「ああ、お似合いといえば、クスト様、あなたのお名前もお似合いですね」
灰色の短髪に銀のラウンドピアスをした、変態異端執事デセオ・バーリッシュは、何かを思い出したように手を叩いた。
「お似合いって何がだよ」
執事仲間の外ハネ茶髪なクスト・アッシェは、デセオの
「雇い主はカスル様」
「カパルな……」
「そして、あなたはクソト」
「クストな!」
「カスとクソッ、まさに出会うのが運命だったかのようなお名前! いや! 出会う運命だったのです! お嬢様を中傷する者同士惹かれ合う運命だった! ああっ神は何という酷いことをなさるのでしょうか! アーメン!」
デセオはわざとらしく両手を組み掲げると、自分の顔の前まで下ろし、祈るように目を瞑った。
「……旦那様は、カパルで、カスとは一文字しか合ってないし、俺はクストな、ク・ス・ト、クソじゃない」
クストは口角を上げつつも、眉と口の端がピクピクと動いていた。
「なら、改名するとよろしゅうございますよ。この国では改名するのは、違法ではありませんから」
デセオたちが暮らす国、ファレンダーでは、改名は違法ではない。
性転換も
「クソはクソらしい名前に変えましょう。ああでも、クソの下がカス、そうなると、クソト様は旦那様より格上になってしまいますね。それはいけない、やはりあなたはカストにしましょうっ」
にっこり微笑むデセオとは裏腹に、クストは怒りで体を震えさせはじめた。
「クスト様のお名前は素晴らしいですね! クソにもカスにも慣れる! 羨ましいっ!」
「羨ましいとはこれっぽっちも思ってねぇだろー!」
クストは怒りを爆発させ、壁に刺さった小型ナイフを抜き取ると、デセオに向かって投げ飛ばした。
「デセオさん!」
肩までのウェーブがかった焦茶の髪で、寸胴体型ピノは、焦りと恐怖の表情を浮かべたが、
「大丈夫でございますよ」
だが、彼女の心配はすぐに消えた。
デセオは穏やかな笑みのまま、首を少し左に傾け、小型ナイフを交わした。
「なっ、何で避けられる!」
「自分の愛用しているナイフでございますよ? 軌道くらい覚えているに決まっているではありませんか。それに——」
デセオはゆっくりと目を開いた。瞳には
「こちとら小せぇ時に
「ひっ……」
冷酷な声にクストは怯えたが、自動スイッチによりデセオはすぐ執事に戻る。
「なので、小型ナイフを交わすのなんて、朝飯前でございます」
デセオは床に落ちた小型ナイフを取ると、胸ポケットから白いハンカーチーフを取り出して被せ、
「ささっ、いきましょうお嬢様」
そして、ピノの肩と手にそっと手を添えると、玄関へ向かうよう促した。
「えっ、でも支度は?」
「ランジェリーを含め、全て道中で買いましょう、こんな家で悩むよりはお店で悩んだ方がよろしゅうございます」
「う、うん……」
デセオはピノを誘導しつつクストの前を通り過ぎようとし、振り向いた。
「ああ、そうだ。筆頭執事のことだがな、なりたきゃいつでもなれ、いつでもくれてやる」
「は?」
「俺は筆頭執事になりたくて首席で卒業式したんじゃねぇ、お嬢様の専属執事になるためだ。筆頭執事になんざ未練はこれっぽっちもねぇからな」
「だ、だがいいのかよお前! 途方もない額を借金していると聞いたぞ!」
デセオが自分の体を担保に借金したのは一千万。だが、それはあくまでも執事専門学校の入学費。それから、教材費や寮での生活費など、さらに彼は借金を重ねていた。
「俺には天使が微笑んだんだよ」
「は?」
「お嬢様が口添えしてくださって、給与を上げてくださったのだ」
ピノはデセオが自分の体を担保に借金した事や、
「よって、借金は全て返済してある」
「なっ……」
彼の給与や賞与を上げてもらい、そのおかげでデセオは利息を含め、全て返済していた。
「だから、カスルにもこの家にも未練はない。お嬢様がいればそれでいい」
デセオはまたピノの方を向くと、
「じゃあなクソト、せいぜいカスルにこき使われて、他の執事をまとめるのにあたふたしていろ」
「ぐっ……」
クストを見ないまま、そう言って、ピノを玄関まで押していった。
靴に履き替え、ドアを開けると、二人は外に出た。
アリーレン家の屋敷の周りには、色鮮やかな可憐な花が咲いている。中にある庭園にはもっとたくさんの花が。
だが、アリーレン家に庭師はいなく、デセオが来るまではピノが愛情を込めて世話をしていた。そんな事も知らない父親のカパルは、客人に花を褒められると、いつも自慢げに自分が管理していると話していた。
デセオが来てからは、可愛らしい手を土などで汚してはいけないと、彼が世話をし、花を見て微笑み話しかけているピノを見るのが、彼の楽しみだった。
二人がいなくなると、この花々はあっという間に枯れてしまうのだろう。
「…………」
ピノは周りの花々、そして、自分の屋敷を見上げた。
「……お寂しいですか?」
「……生まれ育った家だからね。……でも」
「はい?」
「デセオさんがいるから、大丈夫です」
ピノは振り向くと、精一杯笑った。
「お、俺、いや、
デセオは股間を押さえようとし、手を震わせながら何とか触らずに耐えた。
「——では、行きましょうかお嬢様。このデセオ・バーリッシュは、いつ如何なる時もお嬢様の傍におります。何なりとご命令を」
デセオは胸に手を当て傅いた。
「ありがとうございます。素敵な婚約者を見つけて、必ず戻ってきましょうね」
「俺は別にずっと二人旅でもいいんだけどな」
「えっ……?」
「いえ、何でもございません。大丈夫ですよ、お嬢様ならすぐに、良い方が見つかります」
「だと、いいな……」
「見つかったら見つかったで、殺意を覚えるけどな」
「えっ……」
「ふふっ、何でもございませんよ」
「うーん……」
デセオの聞こえそうで聞こえない絶妙な呟きに、ピノは少し悩んだ。
「ささっ、早くいきましょうお嬢様。まずは今日の宿泊先を決めないといけません」
「うん、そうですね」
ピノはちらりと振り返り、屋敷を目に焼き付けると前を向いた。そして、二度と振り返る事なく、街中へと向かっていった。変態専属執事と共に。
✧あとがき✧
長くなってしまいましたが、第一章完結です。次は第二章、『まずは、手始めに国内から探してみませんか? お嬢様。まぁ、すぐに相手が見つからねぇ方が俺としてはいいけどな』です。あ、こんなタイトルではありません(笑)
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