第13話 お嬢様、この手は、あなたの笑顔のために。

「デブに暗殺者アサシン! お似合いだよ! お前ら!」


 執事仲間、外ハネ茶髪なクスト・アッシェの、怯えながらの必死な皮肉だった。だが、


「お嬢様とお似合い! ああっ、嬉しゅうございます」


 灰色の短髪に銀のラウンドピアスをした変態執事デセオ・バーリッシュには、最高の褒め言葉だった。

 デセオは歓喜のあまり後ろによろけた。


「だっ、大丈夫ですかっ?」


 ピノ・アリーレンは、膨よかで寸胴体型だが、力があるわけではない。況してや、元暗殺者アサシンで、元から体つきよく鍛え上げられた男を支え切れるわけもなく、共に倒れそうになった。

 だが、


「これは失礼しましたっ。お嬢さまこそお怪我はありませんかっ?」


 倒れそうになる前に、デセオが体を反転させ、彼女を支えた。そして、肩や腰などを触り怪我の有無を確認していく。


「だ、大丈夫ですっ。ありがとう」


「それならよかった」


「……クストさん」


 ピノはデセオの横に立ち、クストを見据えた。


「何だよデブ! いや、お嬢様」


「…………」


 ピノは一瞬、悲しげに俯きかけたが、首を横に勢いよく振り、またクストを見据えた。


「デセオさんは、人を殺めたりしません。専属執事になる時に私と約束してくれたんです。もう二度と、人を殺めないと」


「——……」


 デセオは感慨深げにピノを見つめていた。


 彼は、首席で卒業し、アリーレン家に仕える権利を得た。そして、ピノの推薦により、専属執事になれた。

 専属執事として、ピノの部屋に入った時、彼女はデセオの両手をそっと握り、こう言った。



『デセオさん、約束してください。もう二度と人を殺めないと。だって、こんなにきれいな手なんですから。デセオさんの手は人を笑顔にする手なんです。だから、こうして首席で卒業してまで会いにきてくれた、努力家の手なんです』



 そして、彼女は優しく包み込むように、微笑んだ。

 だが、当時、足を洗ったとはいえ、執事専門学校を卒業したばかりのデセオは戸惑った。まだ、どこかに、心の隅に、暗殺者アサシンとしての自分がいたからだ。



『いや、しかし……』



 言い淀むデセオに、ピノは、



『これからこのきれいで大きな手は、美味しいお菓子を作って、美味しい紅茶を入れてくれるのに使ってください。私、食いしん坊だから大変ですよー?』



 と、照れ臭そうに言った。はにかむ彼女が可愛らしくて、つられてデセオも笑った。



『はい、かしこまりました』



 そして、誓った。二度と、人を殺めないと。


 この手は、彼女を笑顔にするために、使うと。


 だが、どんなに心を込めて美味しい茶菓子を作っても、紅茶を入れても、ピノは「ありがとう」と、礼は言うが、心から笑ってくれる事は、なかった。



「——……」


 デセオは、あの日の事を思い出していた。


 確かに、ピノの言う通り、彼女に仕え、笑顔になってもらいたくて、執事になった。首席で卒業した。


 けれど、ピノは心から笑ってくれず、理由を聞いて、彼女の父親カパル・アリーレンや、家の者全てに腹が立った。そして、彼女の笑顔が消えた原因の現場も何度も見た。

 その度に、暗殺者アサシンの自分が顔を出し、囁いた。


『殺せ』


 と。


 自分を暗殺者アサシンに仕立て上げた、大人のように、単調的に。


 だが、暗殺者アサシンの自分は、一瞬で消える。

 天使のような笑顔をしたピノが、暗殺者アサシンの彼を、淡く光る優しい手で包み込む。そして、暗殺者アサシンの彼は、涙を流し消え、執事のデセオ・バーリッシュが残る。


 彼は、心の中で、このような葛藤をし、いつも自分を正していた。

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