第12話 お嬢様、これは暗殺者手品でございます。

「わかったんなら、他のティーセットを使って、他の超一流な執事に、美味い茶でも淹れてもらえよ」


 灰色の短髪に銀のラウンドピアスをした、異端執事デセオ・バーリッシュは、話を切り上げるように、吐き捨てると、主であるピノ・アリーレンに向き直った。


 すると、またしてもタイミング悪く、


「デセオさーん!」


 黒い燕尾服を着た、デセオより少し若めの、外ハネな明るい茶色髪の執事が涙目で駆け込んできた。


「お嬢様と出ていくって本当ですかー!?」


 そして、鼻水を啜りながら、デセオにしがみついた。


「ああ」


「そんなー! まだまだ教えてほしいことがあるんだからっ、行かないでくださいよー!」


 デセオを慕う活発な人懐っこい可愛い後輩、と思いきや、


「はっ、よく言うな」


 デセオは鼻で笑った。


「陰で俺のことをボロクソ言っていたの知ってんだぜ?」


「え……?」



『何であんなクソ貧民が筆頭執事になんだよ! 体から汚臭がするような街の出身だぞ! 人間のゴミが! しかも! お嬢様の専属執事! あー、まぁ、専属執事は別にいいな、あんなデブ』



「って、言っていたよなー?」


「あー、そんなことー、言いましたかねー?」


 後輩と見られる執事は、外方を向きばつが悪い顔をした。


「悪かったなー、汚臭がするゴミが筆頭執事になっちまってよー」


 デセオは髪をかきあげながら、ニヤリとわざとらしく笑った。

 それを見て、後輩と思われる執事は慌てて苦笑した。


「や、やですよー、ちょっとそん時ストレスが溜まっていただけですってー」


「ま、そういうことにしていてやるよ。それに汚臭がするゴミ貧民ってのも、事実だ、そこについてはどうこう言わねぇ、が。お嬢様がデブ、だとぉ!?」


 デセオは目をかっと開いて後輩らしき執事を睨んだ。


「はっ、ここに仕えれば、みんなカスルに染まるんだなぁ。あいつがお嬢様をデブと言えばデブ、醜いと言えば醜い。まぁ、雇い主に従うっつーのは、筆頭執事としてはいいのかもなぁ! だが」


 デセオは頭から手を離すと、穏やかな顔になった。自動スイッチがオンになったのであろう。


「残念でございましたね、色々と我慢してお嬢様にお仕えしてきたのに、わたくしが首席で卒業したばかりに、そう、首席で卒業したばかりに、全てが台無し。心中お察し致します」


 デセオは悲しげに眉を下げた。


 この世界の執事専門学校、首席卒業者の特権は実は二つある。


 一つが、仕える家を選べること、そして、もう一つが、仕える家が決まれば、自動的に筆頭執事になれること。


 どんな出生であれ、これは雇い主は拒めない。そして、その家に長年仕え、もうすぐ筆頭執事になるという優秀な執事がいてもしかり。


「まぁ仮に? お前は筆頭執事になれても、専属執事には一生なれねぇぜクスト。専属執事というのは、仕える令嬢たちを愛し、尊敬し、心身捧げるくれぇの気持ちがねぇとダメだからな」


「だからー、さっきも言ったけどー、そんなデブの専属執事なんか、なりたくないから別に悔しくねぇけどー」


 クスト呼ばれた執事仲間、クスト・アッシェは嘲笑した。


「…………」


 デセオの後ろで、悲しげにピノが俯き、


「——……」


 それを背中で感じたデセオが右手を振ると、


「ひぃわ!」


 何故か袖口から小型ナイフが飛び出て、クストの左頬ギリギリを通り、彼の髪を数本切って落とすと、壁に刺さった。


「何でナイフが出てくるんだよ!」


「だから、手品マジックでございますよ」


 デセオは自動スイッチがオンになったらしく、紳士的に何故か嬉々として微笑んだ。


「それもう! 手品マジックの域を超えているよな!」


「そうかもしれませんね、では暗殺者アサシン手品マジックとでも、名付けましょうか」


手品マジックで人を殺すな!」

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